第17話 猫人、労られる

 崩れ落ちた坑道から鉄食い鼠アイアンイーターの死体を掘り出すのは、思っていた以上に骨の折れる作業だった。

 崩落の勢いで旧1番坑道側に吐き出されてきたものはいるが、それだけでは討伐実績を証明するにはとても足りない。結果として俺たちは、崩れてきた岩や土をどけて、比較的形の整ったアイアンイーターの前歯を探さないとならなくなったのだ。

 拾い集めた小さな前歯の数を数えて、アルチデがうなずく。


「よし……とりあえずこれだけやれば、討伐実績は証明できるだろう」

「討伐と言っても、ビトが全部、一発でやっちゃったことですけれどね」


 彼の言葉に、カールラがいたずらっぽく笑いながら俺の方を見た。その視線に、びくりと俺の身体が固まる。

 確かに俺の魔法一発で、このクエストには片が付いた。しかしC級の、レベル30そこらの魔法使いソーサラーがそれをやったなどと、一体誰が信じてくれるだろう。

 こんな鉱山の奥深くまで、冒険者の監視役である物見鳥リトルバードがいるはずもない。「跳ねる猫ガットリンバルザ」の面々がここにいなかったら証明のしようがなかった。

 そんな、俺の盛大な実績の立ち合いをする形になったパルミロが、俺に笑顔を向けてきた。


「ああ、おかげで助かったよ。君は凄いな、ビト」

「いや……その……」


 その手放しの賛辞に、言葉が出てこないでまごつく俺だ。こんな、大っぴらに褒められ続けることなど孤児院でも無かったことだ。この間の人食い獅子イーターライオン討伐の時といい、今回といい、褒められっぱなしで何とも居心地が悪い。

 だが、そんな俺の頭をアンベルが撫でた。三角耳をくしゃりと曲げながら、苦笑しつつ俺に告げる。


「こういう時は素直にお礼を言うものだぞ、ビト」

「う……」


 その言葉を聞いて、俺はますます言葉に詰まる。

 まるで母親が子供に言うような言い方だ。いつからアンベルは俺の保護者になったのか、と思わなくもないが、保護されているのは全くもって間違いではない。

 それにお礼を言うのは大事なことだ、と母さんからも教えられている。視線をそらし、頬を赤く染めながらも、俺は「跳ねる猫ガットリンバルザ」の三人に向かって口を開いた。


「……あ、ありがとう」

「ああ、こちらこそ」


 ぎこちないながらも発せられた俺のお礼の言葉に、パルミロが口角を持ち上げながら言った。その優し気な視線に、ますます恥ずかしくなってフードの裾を引き下げる俺だ。

 恥ずかしがって縮こまる俺をよそに、カールラが楽しそうな口調で言ってくる。


「この調子なら、案外すぐにB級には上がれるんじゃないですか?」

「そうだろうな。今までC級だったことが信じられないくらいだ。Sランクパーティーに所属している、ということも手伝ってだが」


 アルチデも一緒になって、俺がどれ程までにすごいのかを口々に話している。ここはまだ旧坑道の中だというのに、すっかり仕事が終わった気分のようだ。

 またいつどこでアイアンイーターが湧いてこないとも限らないから、そういう話をするのだったらさっさと坑道を出てほしいというのに、俺の気持ちはまるっと無視だ。

 批判めいた視線をアンベルに向けるも、その視線を受け止めて微笑みながら彼女は言う。


「そうだな、我々もなるべく早く、ビトには昇級試験を受けてもらえればと思っている。受験資格を得られたら、すぐにでも受けさせるだろう」

「ああ、応援しているよ。あとどのくらいで受けられるんだ?」


 アンベルの発言を受けて、アルチデが俺に視線と言葉を向けてきた。跳ね上がるように俺の顔が上を向く。

 どのくらいだったっけ、とっさに出てこない。確認するようにアンベルへと水を向けた。


「B級の受験資格って、確か……」

「レベル32以上、保有スキルのレベル合計が25以上。ビト、今のレベルは?」


 彼女に淡々と言われ、目を見開く俺だ。

 保有スキルのレベル合計は、連鎖解放のレベルを調整すれば余裕で越えられる。25が必要なら、スキルレベル2にするだけでも十分だ。問題は俺のレベルの方である。

 既に俺の「連鎖開放」のことは話しているからいいだろう、ステータスを開く。俺のレベルのところを確認すると。


=====

 ビト・ベルリンギエーリ(魔法使いソーサラー

 年齢:17

 種族:猫人キャットマン

 性別:男


 レベル:34

 HP体力:1720/1720

 MP魔法力:1630/11050

 ATK攻撃力:146

 DEF防御力:219


 STR筋力:108

 VIT生命力:130(+60)

 DEX器用さ:181

 AGI素早さ:217

 INT知力:672(+150)

 RES抵抗力:370(+50)

 LUK:132(+30)


 スキル:

 魔獣語2、炎魔法10、水魔法10、風魔法10、大地魔法10、光魔法10、闇魔法10、根源魔法10、結界魔法10、連鎖解放10、人化転身、獣人の血、暗視3、魔物鑑定1、人間鑑定1、道具収納1

=====


「34……」

「ああ、ならすぐにでも受けられるじゃないか。プラチドの町に戻ったら、そのまま昇級試験を受けるといい」


 堪えきれずに言葉を漏らした俺の肩に、ヒューホがひょいと飛び乗ってきた。そのまま俺のフードを優しく叩く。思っていたよりも重たく感じないのは、彼が体重が特別軽い妖精竜フェアリードラゴンだからだろう。

 B級。俺が。とうてい手の届かないランクだと思っていたのに、今はもう、それが目の前にあることにようやく気付いた。


「俺が、B級……」

「そうだ、ここまで来れば、冒険者として大手を振って歩けるようになる。君のことをあなどる者も、より減るというものだぞ」


 アンベルがにこにこと笑いながら、自信に満ちあふれた声色で俺に話した。

 冒険者として、B級に上がって銀色のタグを持つことは一つの重要な到達点だ。力のある冒険者として尊敬されるようになり、大型の魔物を相手取る大規模戦闘レイドにも積極的に参加していけるようになる。魔王軍の魔物を相手に出来るようになるのもここからだ。

 つまり、C級まではせいぜい体のいい便利屋扱いだったのが、B級になってようやく魔王軍に対抗できる戦力として認められるのだ。

 なので、B級への昇級試験は非常に難易度が高いと、俺も噂には聞いている。


「大丈夫かな……だって昇級試験は基本的に、一人で受けないとならないだろ」

「なんだ、心配か?」


 不安がる俺に、アンベルが小さく目を見開いた。その表情には不安や心配といったものは、ちっとも見られない。

 ふと視線を「跳ねる猫ガットリンバルザ」の三人に向けてみる。そうしたら三人が三人とも、満面の笑みを見せてうなずいていた。カールラがきっぱりと言う。


「大丈夫ですよ、だってビトは第十位階まで、魔法を使えるじゃないですか」

「そうだ。そこまで魔法を問題なく使用できるのなら、試験問題は軽々とクリアできるだろう」


 パルミロもすぐさま断言して見せた。既にB級を経験し、A級に上り詰めて金色のタグを手にしている彼らのこと、信憑性は無いわけではないが。

 言い返せないでいる俺に、畳みかけるようにアルチデが言った。


「ビト、恐れることはない。君は素晴らしい魔法使いソーサラーだ。そしてその才能に溺れることはないだろうと、俺は思う。その魔法の練度は、自身の才能に溺れるような魔法使いの操るものでは、決して無い」


 彼の言葉に、俺は目を見開く。A級冒険者の太鼓判、普通だったら誇らしいとか思うものなんだろうが、俺はどうにも素直に受け取る気になれない。

 どうしても今までの「俺は誰にとっても役に立たない落伍者らくごしゃ」だ、という意識が抜けないんだろう。何とかして変えていかないとならない。

 悩みながら視線を落とす俺に、エルセとヒューホが寄ってきた。身体を俺に寄せながらはつらつと言う。


「そうそう。だってずーっと、苦労してきたんだもんね、ビト!」

「君はこれまで苦難の道を歩んできたんだ。その積み重ねが、今ここで、間違いなく活きている。そこは自信を持っていい」


 二人の言葉に、閉じかけていた目がもう一度開いた。

 俺は落伍者だった。でも落伍者なりにあがいて、もがいて、努力を重ねてきた。そこは間違いない。否定されるものでもない。ヒューホの言う通りだ。


「みんな……」


 思わず目の端が熱くなる。涙がこぼれ落ちそうになるのをぐっとこらえて、俺はもう一度前を向いた。ようやく、俺の心に「なんとかなる」という希望の光が点る。

 俺が前を向いたことに満足そうにうなずいて、アルチデがさっと手を動かした。


「よし、それじゃ残りの坑道も確認してから帰ろう。先程の一発で大半はやっつけられただろうが、念の為だ」


 そう言いながら、アルチデは魔法ランタンを掲げて坑道の中を進み始めた。スカンツィオ鉱山の旧坑道はなかなかに広い。旧8番坑道を通り過ぎた奥にも何本も坑道が伸びているし、その先から分岐する坑道もあったはずだ。

 MP魔法力の回復ついでにもうひと頑張り。そう思いながら俺が歩き出すと、後方からすっと俺の前に入ってくる人物がいた。パルミロだ。


「ビト、君は休んでいていいぞ。後のアイアンイーターくらいなら、僕の魔法でもやれる」

「あ、ああ……いいのか?」


 キッパリと話す彼に、俺はすぐさまうなずいた。自分以外の魔法使いソーサラーに、こうして自分より前に出られたら、正直言って魔法の撃ちようがない。

 魔法使いソーサラーとは重装兵ガード以上に、戦闘中の位置取りが重要になるジョブだ。目まぐるしく動く戦場で他の仲間と干渉しない位置を見定め、敵と自分の間に障害物がない状況を作り、魔法を放って仕留める。それが何よりも大事なことだ。

 こういう坑道などの狭い場所では、必然的に冒険者が列になって動く。後方に回った魔法使いソーサラーに出来ることは、付与魔法か結界魔法での戦闘補助くらいだ。

 当然パルミロもそのことを分かっている。俺の頭上に浮かぶ簡易ステータスを示しながら目を細めた。


「第十位階だぞ。MP魔法力の消費もばかにならないはずだ。無理をしてはいけない」


 彼の言葉に、俺は苦笑して返すより他になかった。

 実際、俺のMP魔法力は1割程度しか残っていない。低い位階の魔法は使えるし、徐々にMP魔法力が回復していくとは言え、しばらくは威力の高い魔法は使えないだろう。

 アンベルがぽんと俺の肩に手を置いた。


「パルミロの言うとおりだぞ。ここは言葉に甘えさせてもらえ」

「そうか……そうだな」


 その言葉に素直にうなずき、俺はパルミロの後ろにつく。ここは、彼に甘えさせてもらおう。

 陣形が組めたところでアルチデがもう一度こちらを振り返った。


「よし、残りの坑道をチェックしに行くぞ。皆、へばるなよ!」


 そうして俺たちは旧1番坑道を、奥に向かって歩き出す。しかし俺の足取りは、既に軽やかだった。

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