第2章 ビトの研鑽

第11話 猫人、一員になる

 俺が「眠る蓮華ロートドルミーレ」に加入することを決めた夜の、その翌日夕方頃。

 俺はアンベル、エルセ、ヒューホの三人と一緒に西シャンドリ郡の中心都市、プラチドの町の冒険者ギルドにいた。

 アンブロシーニ帝国冒険者ギルドの西シャンドリ郡支部であるここでは、クエストの報酬受取や素材の売却の他、パーティー編成も行える。先の人食い獅子イーターライオン討伐の報酬受取は既に済ませて、俺たちはパーティー編成の手続きに来たわけだ。

 俺とアンベルがサインした書類を受け取って、ギルドの窓口に立つ職員がこくりとうなずく。


「はい、これでビトさんのパーティー移籍は完了です。『眠る蓮華ロートドルミーレ』の一員として、頑張ってくださいね」

「あ、ああ」


 その言葉に、少々言葉に詰まりながらも俺は返事を返した。これで正式に、俺はアンベルたちの仲間になったわけだ。


「滞りなく移籍が済んでよかったじゃないか、ビト君」

「そうだよねー、普通もっと面倒な手続きが色々あるでしょ」


 ヒューホとエルセが俺の腰に手を触れながら言うと、カウンターに向かい合っていたアンベルが自分のあごに手をやりながら話した。


「一人パーティー状態だったのが大きいだろうな。移籍元パーティーリーダーの欄に自分の名前を書けるから」

「そ、そうだ」


 彼女の言葉に、俺はハッとしたようにカウンターに両手をついた。

 そう、俺は今回一人パーティー・・・・・・・の状態で「眠る蓮華ロートドルミーレ」と合流し、加入申請を行った。

 冒険者は大抵複数人でパーティーを組むが、たまに単独行動する冒険者もいる。その場合も、ギルド側の見方では一人でパーティーを組んでいる扱いになるのだ。

 パーティーの移籍には移籍元パーティーのリーダーと、移籍先パーティーのリーダーのサインが両方とも居る。先日にシルビオがマヤを「銀の鷲アクィラダルジェント」に移籍させようとした時にあれだけ強気だったのも、「放浪者ヴァカボンダッジョ」のリーダーであるマヤのサインがあれば、移籍が成立するからだ。

 次の仕事に取り掛かろうとする職員に、俺は言葉をぶつけていく。


「あのっ、『放浪者ヴァガボンダッジョ』は解散した扱いになっていたんだよな!?」

「ええ、そうです。昨日に解散手続きが取られていますね」


 少しつんのめるようになりながら職員の女性に問いかけると、彼女はこくりとうなずいた。なるほど、やはりプラチドの町の支部で、マヤは解散手続きを行ったらしい。

 それなら、と俺はさらに質問をぶつけていった。


「じゃあ、昨日ここにC級の斥候スカウトの女性が来なかったか!? マヤ・ベルリンギエーリっていう……」

「マヤ・ベルリンギエーリ……ああ」


 俺が告げた名前を聞いて、職員が手元の資料をパラパラとめくる。恐らくは対応記録だろう。その記録を数枚めくったところで、彼女が声を上げてうなずいた。


「いらっしゃいましたよ。彼女が解散手続きをなさいました」

「そうか……じゃああの、彼女がその後どこのパーティーに所属したとかは」


 その言葉にホッとするような、不安になるような微妙な心境になりながら、俺はさらに質問を投げた。こんなに矢継ぎ早に職員に質問をして、うっとうしいと思われないかが不安だが、知りたいのは確かだ。

 手元の資料に目を落とした職員の女性は、しかしゆるゆると頭を振った。


「この町では特にどこにも所属されなかったですね……そのまま一人パーティーの状態で、帝都ザンテデスキへ向かわれました」

「そ……そうか」


 あっさりと告げられた言葉に、肩を落としながらカウンターから手を離す俺だ。

 パーティーには所属しなかった。そしてそのまま一人でアンブロシーニ帝国の首都、ザンテデスキに向かった。それでは、この町ではこれ以上分かることはない。

 アンベルが、落ち込む俺の肩に手を置きながら言う。


「まあ、いいだろうさ。プラチドの町からザンテデスキの町までは乗り合い馬車も出ている。この町で探すよりは首都で探した方が募集も多いだろう」


 彼女の言葉に顔を上げるも、俺は口から出るため息を抑えられなかった。さっさと別のパーティーに所属してもらえたら、俺としても安心が出来るのだけれど。こればかりは仕方ない。


「まあ……そうか」

「そうだよ。パーティーメンバーを探すんだったら帝都に向かう方が人も多い。その方がいいパーティーと出会えるはずだ」


 ヒューホも俺のローブの布地を引きながら言った。反対側でエルセが両腕を広げて俺に言ってくる。


「大丈夫でしょ、ビトのお姉ちゃんならきっといいパーティーと出会えるよ!」

「そうだと……いいんだけど」


 エルセの言葉に、何とも言い切れず俺はこぼした。

 煮え切らない表現だと思う。俺もマヤはいいパーティーに所属できると思うし、所属してもらいたいと思うが、こればかりは巡り合わせだ。俺がどうこうできる問題ではない。

 もう一度アンベルが俺の肩を叩き、そしてそっと移動をうながした。確かにここは窓口の真ん前だ。


「そうだろうさ。さ、行こう。あまり窓口を占有してもいけない」


 そうして俺たちは歩きだし、冒険者ギルドの中を進んでいく。支部と言っても大きな建物だ。他にもたくさんの冒険者パーティーが集まっている。

 その冒険者の間を進みながら、ヒューホが口を開いた。


「次はどうする? ビト君のレベルアップが先決だろうと思うけれど」

「そうだな。とりあえず32までは上がってもらおう。魔物討伐の依頼は何かあったか?」


 彼にそう言葉を返して、アンベルが目をまたたかせた。ギルドには大きな掲示板があり、そこで発行されたクエストが貼り出されている。

 これらのクエストはそれぞれの村の出張所にも貼り出されるが、出張所にはその村周辺でのクエストしか出ない。それに対し、支部では郡内のクエストが全て出ている。冒険者は本部や支部のある町を活動拠点にして、そこから現場の村まで馬車で移動するのが通例なのだ。


「見に行ってみよう。ちょうどいい依頼があるといいんだが」


 ヒューホの言葉に従い、俺たちはクエストの貼り出される掲示板に歩み寄った。既に何組ものパーティーが集って依頼を物色する中、俺とアンベルもクエストを見るべく視線を上に向ける。


「ねー、何かいいのある?」

「僕たちにはどうしても手が届かないからな。アンベルには迷惑を掛けるが」


 子供程度しか上背のないエルセとヒューホには、どうしてもクエストの内容が見えないし、貼り出されている紙にも手が届かない。こうして貼り出されるクエスト内容を掲示板からはがし、サインをして受付窓口に持参してクエスト受注となるのだ。二人には手が届かない以上、アンベルが紙を取るしか無い。

 そしてアンベルは気にする様子でもなく、クエストの紙の一枚を掲示板からはがしつつ言った。


「気にするな。町の中でヒューホに空を飛んでもらうわけにもいかないだろう? 二人とも小さいのはいつものことなんだからな」


 そう言いながら、アンベルは手元でクエストの内容が記載された紙をひらひらとさせる。ここからはクエストの内容を確認し、受注するかどうか決める段階だ。もし受注しないことを決めるなら、また掲示板に戻せばいい。

 とはいえSランクの三人だ、よほどのことがない限り受注はするだろう。

 アンベルがギルドの中に置かれたベンチに腰を下ろした。続いてベンチに座るエルセとヒューホに、優しい視線を向けながら言う。


「それに、小さいからといって戦えないわけではない。むしろ君たち二人がいるからこそ私は防御に専念できる」


 その言葉にエルセもヒューホも嬉しそうに笑った。攻撃役のエルセ、回復役のヒューホ。役割分担がはっきりしているからこそ、アンベルも壁役としてしっかり働けるわけだ。

 ここに、魔法攻撃役として俺が加わることになる。俺の役割も明確だろう。ベンチの端っこに座る俺にも、アンベルは視線を向けてくる。


「だからビト、君にも期待しているぞ。このパーティーで、君が最大火力を叩き出せるのだからな」

「あ……ああ。頑張る」


 彼女の言葉に少しどもりながらうなずいて、俺はアンベルが手に持つクエストの内容に視線を落とした。

 パーティーを組んでの初仕事、その内容が魔物のランクの中でもかなり上位、Aランク・・・・人面獅子マンティコア2体の討伐だと知って、俺は小さく腰を抜かすのだった。

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