第6話 猫人、誘われる
俺は、近隣でキャンプを張るという「
狼の
三匹が三匹とも、レベル三桁の超一流だ。さすがはSランクパーティー……というより、Sランクの魔物たち。
「ギュードリン自治区の魔物はとんでもないのしかいないって噂だったけど、本当なんだな……」
「私たちは自治区所属のパーティーの中でも中堅程度だ。勇者を
呆気に取られながら俺がこぼすと、アンベルが焚き火に枯れ枝を入れながら言った。火の中でぱちりと音がする。
その火を見ながら、ヒューホがぽつりとこぼす。
「ふむ……しかし、興味深いね」
そうしみじみと声を発したヒューホに視線が集まる。すると見た目以上に年長者の彼が、俺に視線を向けながら口を開いた。
「ビト君が
その発言に、俺は力なくうつむいた。今まで気が付かなかったというのもおかしな話ではあるが、明らかになってしまえば呆気ないものだ。
「ずっと……おかしいとは思っていたんだ。どれだけ魔法を勉強しても、どれだけ魔法を使い込んでも、全然スキルレベルが1から上がらなくって」
「なるほどな」
俺の発言に、アンベルがあぶった
「無意識のうちから人間状態を維持しようと、苦手だという人化転身を絶えず使い続けていたのだ。気が付かないのも道理だろう」
彼女の言葉に、俺の視線はさらに下がる。
確かに俺は、ずっと人化転身を使い続けようとしていたし、不意に
と、兎らしく草食のエルセが、俺が魔法で落とした木の枝の葉をかじりながら話し始める。
「でもさー、なんで?
エルセの問いかけに、ますますうつむく俺だ。
彼女の言葉も間違いではない、
だが、俺は視線を落としたままで答える。
「小さい頃から、母さんに言われてきたから……人間の中で生きるなら、人間らしい姿で生きないとなりませんよ、って。特に、俺は……見た目が
そうこぼしながら、俺は自分の足元を見た。履いていたブーツから伸びた、人間のものとは似ても似つかない俺の脚がある。毛むくじゃらで、太ももが太くて。足の甲にも毛が生えているから、ブーツの中が正直きつい。
アンベルが肉を飲み込みながら、すんと鼻を鳴らして言った。
「母、か。身内の教えと言うなら、それを頑なに守ろうとするのもうなずけるが」
「あ、いや。本当の母さんじゃ無いんだ……俺の本当の母さんは……」
とっさに、彼女の言葉を否定する声が漏れる。だがその先は、どうしても言えなかった。
俺は孤児院育ち、育ててくれたのは当然実の母親じゃない。俺が母と呼ぶのは、孤児院の院長先生だ。だから身内とは、どうしても言えない。本当の母がどうなったかは、院長先生から二言三言聞いただけだけれど。
言いよどんでますます口をつぐむ俺に、エルセが不思議そうに顔を覗き込んできた。
「ビト?」
「エルセ、追求してやるな」
そこに口を挟んできたのはヒューホだった。難しい表情をし、むっちりと太く短い腕を組みながら話す。
「亜人系の魔物が、人里や商隊を襲う。物品を略奪し、人間は
その言葉に、エルセがハッと息を呑んだ。
そう、ヒューホの言う通りだ。俺の本当の母親も、そうして猫の獣人に襲われ、無理やり俺を産まされた。生まれた時から猫の頭をして、尻尾の生えた俺を見て、本当の母親は半狂乱になって、どこかに行ってしまった、と院長先生から聞いている。
俺がそのことを話すより先に、エルセが信じられないという表情で声を漏らした。
「そんな……」
「自然発生する方の大概の亜人はそういうものだ。なまじ知恵だけはあるからな、そこに肥大化した本能が加われば、略奪に走るのは当然と言えよう」
焚き火で焼いていた肉を一つ取り、焼き加減を確認しながらアンベルが話す。同じ獣人の彼女としても、俺みたいな
獣人に捕まって慰み者にされた人間の中には、獣人の血肉を取り込まされて
沈鬱な気持ちになっていると、アンベルが手に持っていたブラッディライノの肉をこちらに差し出してきた。表面が良く焼けて、いい香りが漂っている。
「聞くに、ビト。君がパーティーを組んでいたというマヤ・ベルリンギエーリも、その孤児院出身で、君と同じく
こちらに肉を差し出しながら、アンベルはまっすぐに俺の方を見てくる。おずおずと肉を受け取りながら、俺は素直に理由を話した。
「それは……マヤは、もっといいパーティーに行けば、絶対にもっと活躍できると思ったんだ。転身も上手いし、俺のお守りばかりしてちゃ、もったいないって」
「ふむ」
俺の答えに、アンベルが納得したのかそうでないのか、どちらともつかない風に口を結んだ。しばらくそのまま肉を食べ進めていると、二つ目の肉を半分食べたところでアンベルが視線を仲間の二人に向けた。
「言いたいことは諸々あるが……今更解散したパーティーを再結成するよう頭を下げに行け、とも言えはしない。それにこれは我々にとっても大きなチャンスと言えよう。エルセ、ヒューホ、異論はあるか?」
突然の話に、俺が目をぱちくりとする。そんな俺をよそに、エルセもヒューホも一緒になってうなずいた。
「全然」
「あるものか」
二人とも二つ返事で同意を返している。俺だけがさっぱり状況を飲み込めていない。恐る恐る、隣のアンベルに声をかけた。
「お……おい? 三人とも、何の話を――」
「うむ、改めて話をしよう」
すると、俺の方を向いたアンベルが、肉が無くなって空になった手をこちらに差し出してきた。
「ビト・ベルリンギエーリ。君を、我ら『
「え……えぇっ」
その言葉に、驚きのあまり俺は手にしていた肉を取り落としそうになった。
もう一度言うが、彼らは並大抵のパーティーではない。全員S級の
あまりの事態に二の句を継げないでいる俺に、アンベルが手を差しだしたままで言う。
「君のあらゆる属性の魔法を扱える技量は大きな魅力だ。我々には魔法による攻撃手段が要る。それに我々と一緒にいれば、君は獣化度を高くしていても文句を言われないだろう。どうだ?」
彼女の、毛に覆われていながらもすらりと長い指を持った手が、俺に改めて差し出される。
それを取るべきか、取っていいものか、悩みながら俺は、彼女の手をじっと見つめ返すのだった。
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