第4話 猫人、気がつく
しばらく泣きはらして、月が天頂を過ぎて徐々に傾き出したころ。
念の為に1時間くらい更に走って、サバーニ村から大きく距離をとった俺は、大平原に立つ木の上で息を整えていた。
「はぁっ、はぁっ……!」
大平原をうろつく魔物から、逃げていたことは否定しない。正直先程までも追われていて、何とか使える数少ない魔法の
「ここまで来れば……もう、大丈夫、だよな」
俺を探しているのか、草原をうろうろと動き回る魔獣系の魔物をちらと見つつ、村の方に視線を向ける。マヤは村に戻っただろうか、それとも別の村に向かって移動しているだろうか。
どのみち、もう一緒に行動することもないだろう。二人で組んでいたパーティーも最早意味はない。
「ああ……パーティー解散の手続き、しなくちゃか。マヤがやってくれる、とは、思うけど」
そう零しながら、俺は視線を南に向ける。その方角には西シャンドリ郡で一番大きな、プラチドの町がある。郡内の冒険者ギルドの支部もそこにあるから、パーティー解散の手続きはそこでやらなくてはならないのだ。
とはいえ、俺たちのパーティー「
「でも……なぁ」
そうこぼしながら、俺は木の幹にもたれかかった。
パーティーを組んでいなくても、単独で冒険を行うことは出来る。しかし、俺は後衛職の中でも特に
今までは、マヤが前衛に立って、俺を守ってくれていた。マヤが攻撃を引き付け、その間に俺が魔法で各個撃破する、というやり方でこれまでやってきたが、その戦い方はもう、使えない。
手持ちの財布の中に入れていた銀貨や銅貨の数にも不安がある。とりあえず村の酒場で二回三回食べる程度の残金はあったはずだが、稼がないと餓え死にだ。
今更ながらに、逃げ出してきたことを公開するが、後の祭りだ。
つい、と空中に指先の肉球を這わせる。そしてつぶやきながら、俺は深くため息を付いた。
「『ステータス』……あーあ、こんなスキルで、この先どうしようって――」
そう言いながら、今更目を通すまでもない、俺のステータスを眺めつつぼやく。
と。
「ん?」
俺は自分のステータスの違和感に気が付いた。表示された俺のステータスとスキルの様子が、いつもと違うのだ。
=====
ビト・ベルリンギエーリ(
年齢:17
種族:
性別:男
レベル:29
スキル:
魔獣語2、炎魔法6、水魔法6、風魔法6、大地魔法6、光魔法6、闇魔法6、根源魔法6、結界魔法6、連鎖解放6、人化転身、獣人の血、暗視3、魔物鑑定1、人間鑑定1、道具収納1
=====
「6……だって?」
俺は驚きに目を見開いた。木の枝の上から落ちなかったことを褒めてもらいたいくらいだ。
今までずっと、さんざん鍛えても勉強しても依頼をこなしても、1から上がらなかった魔法のスキルレベルが、6まで上がっているのだ。基本の六属性の魔法だけでない、根源魔法に結界魔法まで、軒並み全てである。おまけに
スキルレベルが上がったことを喜ぶよりも、どうして今になってこんなに上がったのかが、さっぱり分からなくて俺は大いに混乱した。
「どうなっているんだ、この
ステータス画面を食い入るように見ながら、俺は声を漏らした。確かに、冒険者として登録した時から持っている「連鎖解放」のスキルも、一緒に6までレベルが上っている。
このよく分からないスキルについて、冒険者ギルドで調べてもらったことは、当然ある。アンブロシーニ帝国冒険者ギルド本部に照会してまで分かった事実は、「他のスキルのレベルを、何かしらのきっかけによって連動して上げるもの」ということだ。それ以上のことは、冒険者ギルドにも分からなかった。何かしらのきっかけも、「自分で見つけるしか無いですね」としか言われなかった。
これで、俺の「連鎖解放」のスキルが俺の魔法系のスキルと連動していたことが分かった。今までずっと魔法系スキルのレベルが1だったのも、そこで連携していたことが理由だろう。
「……もしかして」
魔法のスキルレベルが上がった。ということは、今なら。
ふと、思い立って俺は木の上から飛び降りる。ちょうど近くで
「爆炎よ、この世の悪の一切を焼き払え!
炎魔法第三位階、
と、今まで詠唱を何度唱えても発動しなかった魔法が、炎となって俺の手から放たれた。同時に
「できた……」
出来た。今までちっとも使うことの出来なかった魔法が、出来た。
もしかしたら。そう思って俺は身体を反転させた。先程まで乗っていた、木の枝に向かって手を伸ばす。
「その刃、何人も止めること
風魔法第二位階、
これも出来た。それならば、ともう一度振り返る。魔物がいるかどうかはこの際気にしない。
「闇の帳よ来たれ! 暗黒のうちにかの魂を沈める!
闇魔法第四位階、
これも出来た。第四位階は中級魔法だ。C級冒険者ならちょっと鍛えたら軽々と使える程度のレベルとは言え、こんな魔法、勉強こそしてきたが今まで発動させることなど、ちっとも出来ていなかったと言うのに。
「はは……はははは!!」
思わず笑い声がこぼれた。ここまで来ると本当に笑うしか無い。
今まで、ちっとも出来なかったことが、途端に出来るようになったのだ。不思議でしょうがない。
思わず俺は背後の木の幹を拳で叩いた。出来るようになったのは嬉しい。しかし、今でなくてもいいだろうに。もし、もう少し早く出来るようになっていれば、マヤと別れることを選ばなくても良かったのに。
「なんだよ……なんなんだよ、急に! 俺に一体何が――」
誰に言うでもなく叫び、木に怒りをぶつける俺の瞳から、はらはらと涙がこぼれ落ちた。
分からない。どうしてこんな時に、こんな力に目覚めたんだ。
何がきっかけで「連鎖解放」スキルのレベルが上がるに至ったんだ。
そこまで考えて、俺はふと自分の手を見つめる。そこにあるのは、毛に覆われ、出し入れできる鋭い爪を備えた、
「はは、まさか、な」
今まで、人化転身が解けないようにと常々意識していた。冒険者の前で転身が解けて
しかし、今は人化転身が中途半端に解けたままの状態だ。スキルレベルが変動する原因など、これしか考えられない。
試しに、俺は人化転身を完全に解除した。元々低い方だった背丈がさらに低くなり、人間の子供より少々背が高いくらいになる。脚の形も変化する。鼻はさらに前に伸びて、細いひげが幾本も生えてきた。
完全な猫獣人の姿になってから、俺は手を前に伸ばす。
「よし……これで。『ステータス』」
そうしてもう一度ステータスを表示させた。その結果が、こうだ。
=====
ビト・ベルリンギエーリ(
年齢:17
種族:
性別:男
レベル:29
スキル:
魔獣語2、炎魔法10、水魔法10、風魔法10、大地魔法10、光魔法10、闇魔法10、根源魔法10、結界魔法10、連鎖解放10、人化転身、獣人の血、暗視3、魔物鑑定1、人間鑑定1、道具収納1
=====
「なんだよ……そういうことか」
それを目にした俺は、深く深くため息を付いた。
やはり、そうだ。思っていた通り、
「『連鎖解放』のスキルレベルと……魔法のスキルレベルと
一人つぶやきながら、俺はすっかり猫のようになった自分の手を見つめた。
人間らしさを捨て去った、丸みを帯びた猫獣人の手。俺が人間から遠ざかれば遠ざかるほど、俺は強くなるということなのか。
しかも、魔法のスキルレベル10。その数値を手に出来たということは、
「もしかして、これなら……」
俺は、強くなれるのではないだろうか。というより、既に強くなっているのではないだろうか。
俺は一人、自分の手をぐっと握りしめた。
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