ビトは隠れて暮らしたい~低レベル魔法しか使えない故に放り出された猫人の魔法使い、特殊スキル『連鎖解放』の真の力に目覚めたので全属性の最強魔法で無双する~

八百十三

第1章 ビトの別れ

第1話 猫人、追われる

 思えば、ずっとずっと劣等感を抱えていたんだと思う。

 俺は人間ウマーノではなく、人間と魔物の混血である半人間メッゾ――正式には半人間メッゾ・ウマーノ――の猫人キャットマンであることに。

 半人間メッゾの中でも特に魔物の血が強く、ほとんど魔物、猫の獣人ファーヒューマンと変わらない姿をしていることに。

 パーティー「放浪者ヴァカボンダッジョ」に所属する相棒で幼馴染み、同じ孤児院育ちの親友の半人間メッゾ犬人ドッグマンのマヤがいつも俺をかばって、守ってくれることに。

 マヤが俺より何倍も、人間らしい姿に変身する人化転身じんかてんしんのスキルを使い慣れていて、人間を装うのが上手なことに。

 いつ人化転身が解けてしまい、尻尾や耳や、魔物みたいな姿を晒してしまうのかが怖くて、フードの付いたローブと顔を隠すスカーフが手放せない俺の隣で、フードを外して堂々と姿をさらけ出しているマヤに。

 炎、水、風、大地、光、闇の基本六属性だけではない、根源、結界という扱える奴の少ない魔法スキルをも習得しているのに、そのスキルレベルがどれも1よりなかなか上がらず、結果として魔法のランクで一番低い第一位階だいいちいかいの魔法しか扱えず、魔法使いソーサラーなのに器用貧乏と笑われる俺自身に。

 だから。


「ビト、お前は要らねぇ。マヤを置いてとっととここから出ていきな」


 アンブロシーニ帝国、西シャンドリ郡、サバーニ村。酒場「安寧あんねいの麦わら亭」で、Sランクパーティー「銀の鷲アクィラダルジェント」のリーダー、シルビオ・デ・モルからそう言われた時、俺、ビト・ベルリンギエーリの胸には怒りよりも先に、あきらめがあった。

 ほら、やっぱりだ。どうせ俺は、誰にとっても無価値なんだ。

 だがそうは言っても、俺にだって少しばかりはプライドと根性がある。シルビオをフードの下からにらみつけて、きっぱりと言ってやった。


「断る。マヤは俺の幼馴染みで、親友で、相棒だ。奪うと言うならそれなりの理由を見せてみろ」


 気丈にも言い返しながら、俺はシルビオの前に立つ。対して彼は下卑げびた笑みを浮かべながら、俺へと手を伸ばしてきた。


「理由だぁ……? おいおい、自分でも分かってるんだろう、そんなこと」


 そんなことを言いながら、シルビオの手が俺の深く被ったフードを掴んだ。そのフードの下にあるのは、短い体毛に覆われ、鼻が短く突き出した猫のような顔をした・・・・・・・・・、俺の顔だ。


「こんな『猫みたいな顔・・・・・・』したお前とは違って、マヤはちゃんと『ニンゲン・・・・』していられるからだよ」

「っ、さわるな!」


 反射的にシルビオの手を跳ね除ける。手足の人化転身も解けてしまっていて、鋭い爪がきらめいた。猫の爪が当たって、シルビオの手の甲に数本、赤い筋が走る。


「ビト、だめ!」


 シルビオの腰ぎんちゃく、「銀の鷲アクィラダルジェント」のテーア・コルリとイッポリト・ドッシに腕をつかまれ、拘束されたマヤ・ベルリンギエーリが栗色の髪を揺らし、悲痛な声を俺に向かって上げた。

 理由は分かる。冒険者ギルドの規定では、冒険者同士のトラブルはご法度だ。どの国のギルドでもそれは変わらない。だからこの騒動が明るみに出たら、俺はギルドから厳重に罰せられるだろう。

 この状況、傍から見たら悪いのは俺だ。だからシルビオも、俺の爪に引っ掻かれてもどうせ痛くもかゆくも無いはずなのに、大げさに手を押さえて痛がってみせた。


「おー、いてえ……そんなとがった爪光らせて、人間取りつくろうったってそうはいかねえぞ、化け物・・・


 馬鹿にするように笑いながら、シルビオが俺を見下ろした。明らかに俺を侮っている。それはそうだろう、S級冒険者のシルビオと、C級冒険者の俺。普通に考えれば歯向かうなんて考えられる実力じゃない。

 だが、安全な位置からどんどんあおってくるのは見過ごせない。フードが外れたままであらわになった、俺の頭の上の・・・・片耳が一部破けた『三角耳』が震える。

 猫らしい鋭い牙をむき出しながら、俺はシルビオに噛み付いた。


「化け物って言うな! 半人間メッゾ人間ウマーノの中に含める、どの国でも常識だろう!」

「ビト、落ち着いて、大丈夫だから、あたし大丈夫だから!」


 物理的にも噛みつきそうな勢いでわめく俺を、マヤが何とかしてなだめようと声を張る。だが、大丈夫だ、といくら言われても、マヤは二人がかりで抑え込まれている。全く大丈夫そうには見えないのが現実だ。

 と、俺の両腕を「銀の鷲アクィラダルジェント」の残り二人がつかんで抑える。マリオとファビオのベルルスコーニ兄弟だ。


「それはマヤみたいに、人間ウマーノにちゃんと化けられるようになってから言うんだな」

「そう猫みたいにフーフー言うんじゃねぇよビト。お前、銅のタグを持ってるんなら、シルビオさん傷つけたらただじゃ済まねぇこと、知ってるだろう」


 二人は強い力で俺の腕を取り、身体を床に抑えつけてくる。その動きはシルビオを守るためでもあり、俺を止めるためでもある。

 ただでさえ魔法使いソーサラーの俺だ。戦士ウォリアー重装兵ガードの二人には力では敵わない。身じろぎすることも出来ない。


「くっ……!」

「いいかビト、このS級冒険者、『銀翼ぎんよく』シルビオ・デ・モル様が特別に教えてやる」


 抑え込まれて身動きのできない俺に、近付いてきたシルビオが触れた。俺のふわっとしたあごの毛に、シルビオの指が埋もれる。


「第一に、お前は弱い。いくらC級ながら全属性の魔法を……根源魔法こんげんまほう結界魔法けっかいまほうまで使えるからって、そのスキルレベルは軒並み1。第一位階の魔法しか使えないんじゃ、話にならない」


 シルビオの言葉に俺は奥歯を噛んだ。それを言われると言い返しようがない。

 そのままあごを持ち上げながら、シルビオが笑う。その指がついと持ち上げられ、口から鼻に指先が移動した。


「第二に、お前は半人間メッゾだ。それも魔物の血が濃い、ほとんど魔物と大差のない半人間メッゾだ。人間に化けることも出来ない魔物は、人間社会で受け入れられるはずもない……そうだろ?」


 次いで言われた指摘に、ますます言葉に詰まる俺だ。

 確かに俺はほとんど魔物と大差のない見た目をしている。おまけに人化転身が得意ではない。その点、シルビオの言葉にも一理はある。だが俺だって転身を維持する努力はしている。全く人間らしい姿を取れないから排除される、とまで言われる筋合いはない。

 と、シルビオが俺の頭をつかみ、床に押さえつけて挙句踏んだ。顎が酒場の床に押し付けられる。痛い。


「そして、第三に……」


 俺の頭を踏みつけにしながら、シルビオが口角を吊り上げる。そして彼は手を伸ばしてマヤの手を掴んだ。


「同じ半人間メッゾでも、女のマヤならそっち・・・の『使い道』があるからなぁ!! ひゃっははははは!!」

「て、めえ……!!」


 その物言いに俺の縦に割れた瞳孔が、猫のように針のように細くなった。

 もう我慢ならない。シルビオはマヤを手籠めにした上で、女として慰みもの・・・・にするつもりだ。

 魔力を練り上げる。魔法使いソーサラーは杖などの補助具がなくても魔法を扱える。この距離なら、第一位階の魔法でも、それなりに威力は出るはずだ。魔法の訓練は欠かしていない、最下級の魔法だとしても威力と精度には自信がある。

 だが、そこでマリオとファビオが俺の腕をねじりあげた。鋭い痛みに、集中が途切れて魔力が霧散する。


「あぐ……!」

「おっと、そこまでだビト」

「ここで魔法をぶちこんだりしたら、お前……分かってるよな?」


 そのまま二人が俺の身体をロープで縛り始めた。もがこうにも二人掛かりでは手も足も出ない。たちまち、俺は両手両足を封じられてしまった。


「ビト!!」

「くそっ、離せ、離せよ!!」

「マリオ、ファビオ、その猫を村の外に放り出せ! 俺はこれからマヤに、パーティー移籍の書類を書かせないといけないからなぁ!」


 シルビオがマヤの両手をつかむ。そのまま酒場のテーブルに押し倒した。彼のそばにいるテーアの手には、ギルドに提出する用のパーティー移籍申請書がある。

 パーティーを離脱し、別のパーティーに移籍するには、移籍元と移籍先のパーティーのリーダーがサインした移籍申請書をギルドに提出する必要がある。「放浪者ヴァカボンダッジョ」のリーダーはマヤだから、マヤとシルビオのサインがあれば書類は作れる。

 だが、こんなやり方で書類を書かせるなんて、ギルドの奴らが見たらシルビオだってタダじゃ済まないだろうに、しかし俺にはどうすることも出来ない。


「マヤ!!」

「ビト……!!」


 マヤの目の端に涙が浮かぶ。そのまま、俺はマリオとファビオに担がれるようにして、酒場の外へと連行されてしまった。

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