第20話 貴族令嬢VS餃子の王将

「餃子……? 下品な食べ物を出す店は店構えも客層も品が無いわねぇ、この……王将という店は」




「いらっしゃっせー!!! お一人っすか!!!!」


 いきなりの気合いの入った接客。しかし貴族は動じない。


「ひとりですわ。あと瓶のおビールとお餃子二人前」


 席につきながらまず注文。メニューは見ない。

 即座に店員がビールとグラスを持ってくる。


「はいこちらビール!!! お疲れ様です!!!」


「あどーもどーも」


 トクトクと注がれるビール。とりあえずは冷えたやつを一杯飲み干す。


「あ゛あ゛!! うまいっ!!」


 最近気温が上がってきた。暑い外仕事帰りにビールが染みる。


「えい! リャンガーコーテー!!」


 店員がキッチンスタッフに絶叫する。エコーが店内に響き渡った。


「このコールを聞くだけでも来る価値がありますわねぇ……」


 グビグビと、店員のシャウトと店内のラードの焼けた香りをつまみにビールをあおる。

 客入りはコロナにしてはボチボチ。夕方の餃子の王将は、今日も熱く燃えていた。


「はい餃子二人前!」


 最速で最短で真っ直ぐに運ばれてくる餃子。これぞまさに餃子の王将の魂というべき根本だ。


「王将は『餃子のタレ』が置いてあるのですわね。関東出身の私としてはタレは醤油ラー油などでつくるもの、あらかじめタレがあるなんてと驚いたものですわ」


 王将の餃子は王将の食べ方がある。マリーは餃子のタレに酢多めがマイスタイルだ。


「王将の餃子……常にハイスピードで出てくるまさに王将の魂ですわ」


 より早くよりうまく。あまねく餃子に飢えるものたちのために、餃子の王将は今日も焼かれる。

 一口、餃子を食べる。野菜そして肉。それらにニンニクの香りがまとわれ一体となる旨味。


「今時はにんにくのない餃子も増えましたが……やはりこのにんにくが利いてる王将の餃子はいいものですわね。そしてビール」


 ぐいとコップのビールをあおる。餃子とビールという完璧なコンビネーションに、マリーはしばし沈黙した。

 

「ノスタルジィ……」


 昭和から変わらない街中華の原風景。日本人にしかわからない、日本人のための中華料理。ただ貴族としてマリーは敬意を表するのみ。


「さて、次手はなにをすべきか……ここはやはりジャストサイズを活用したいですわね」


 王将ジャストサイズ。豊富なラインナップの王将の中華を、少なめお手頃価格で注文できるシステムである。


「ニラレバ、エビチリ、ジャストサイズで。あと鶏の唐揚げお願いしますわ」


「あいよー!!!」


 豪快な挨拶。キッチンへ注文を絶叫する。


「中華メニューの充実レベル、やはりその辺は日高屋とは比べものにならない高さですわね……昔は関東でも鶏のチューリップ頼めたのに、今はもうダメなのはちょっと気にくわないけれど」


 エビチリが食べたい。バンバンジーが食べたい。ゴマ団子が食べたい。もし真夜中にそんな欲望にかられたら、人はどうする?

 王将ならば、そんな人も癒やすことができるのだ。


「それにしてもまただんだん仕事が落ちてきましたわねぇ……コロナ自粛復活から上がったテンションが落ちてきたような」


 なんともいえない倦怠ムードが社会を包み込んでいる。こればかりはいかに貴族といえど払拭はできない。


「Uber EATSもあまり稼げなくなってきたし、やはりなにかべつの副業か転職を……」


 だが、正社員の就職活動はまだ成功していない。


「ダメですわ……呑んで、呑んで不安を忘れるのよ!」


 餃子を食いビールで洗い流す。いまはこの快感だけでいい。


「はいご注文の品お待たせしましたー」



「きたきた。色々な品を少なめに頼めるのがジャストサイズの良いところですわ……あ、ビールもう一本お願いしますわ」


 まずはエビチリ。ぶっくりとしたエビに絡むチリソースが光る。嬉々として貴族令嬢は口にぶち込んだ。


「エビチリ! 甘辛のソースにエビの旨味…超大好きですわこれ!」


 そして追ってビール。快楽が舌と喉を灼く。


「大好物のニラレバ!! レバーの旨味とニラもやしの香ばしい歯触り、ビールを呼んでいる!」


 レバーの味、そしてニラやもやしの歯触り。止まらない。もうマリーは暴走列車だ。


「はいお客さんビールです!!」


「あらありがとう……でもすぐになくなりそうね。三本目も、いやここはチューハイにしとくべきかし」


「……もし、あなたは?」


 不意にかけられる声。思わず声の方向を見上げる。


「え」


 思わず、呆けた声を出すマリー。懐かしい人物が、二度と忘れられない人が、そこにいた。


「あ、ああ、」


 言葉がうまく出ない。まさかこんなところで会えるとは。

 いまこの瞬間が、夢なのかもしれないとさえ思えてくる。

 

 流れるような、輝く銀髪は柔らかに揺れている。整った顔立ちにどこか憂い眼差し。慈母のように穏やかな笑みと、気品溢れる振る舞い。高い身長とマリー以上に均整の取れた体型を、金の刺繍が飾る絹のドレスで包み込む。

 それはまるで月下に咲く一輪の白菊のような。

 

「あなたは!」


 伯爵家という高位の家柄に生まれた貴族令嬢マリーでさえ、どこか引け目を感じてしまうほどの高貴を超えた血筋と品位を感じる。

 変わっていない、なにもこの人は、あの頃と変わっていない。



「あなたは……お姉さま、コニーお姉様ではありませんか!?」


 コランティーヌ、愛称はコニー。貴族子女工業高校時代にマリーを可愛がってくれた先輩令嬢だ。


「ごきげんようねマリー」


 思わず立ち上がる。ドレスの裾を持ち上げ、敬意をこめて挨拶を返す。いかなるときも貴族は礼儀を欠かしてはならない。例えそれが数年ぶりのどれほどに嬉しい再会であっても。


「ごきげんようですわお姉さま……!」


「こんなところで会うなんて……一体いつぶりでしょうか」


 懐かしい。懐かしさがなかなか言葉にできない。やっと一息つき、マリーは喋り出した。


「お姉さまが貴族子女工業高校を退学になられて、実家に帰って以来……五年ぶりですわ」


 貴族子女農業高校への殴りこみ、もとい交流が発端となりコニーは退学になったのだ。マリーも問われたその責は、コニーが全て指示したと自ら背負った結果である。

 その後に祖父母のいる関西に帰ったと聞いたが、連絡を取っていなかった。


「もうそんなに経ったのね。あなたの綺麗な金髪ですぐに思い出した。変わっていないのね」


 マリーの金髪を撫でながら、コランティーヌは微笑む。変わらない。貴族子女工業高校で姉妹の契りを交わしたころからなにも、変わっていない。


「お姉さまもお変わりなく……あれからどうしていたのですか?」


 どうしても気になる。コニーはなにをして過ごしていたのか。


「実家の関西に帰って家業を手伝っていたのよ。岸和田の」


 岸和田? たしか聞いていた話しでは。


「お姉さまはたしか実家は神戸のほうだと」


 コニーの微笑みが、止まった。


「……ええ、神戸よ、岸和田は家業の支店があるほうね。すこし間違えてしまったわ。オホホ」


「そ、そうでしたの。神戸と岸和田では偉いちがいですものね!」


「そうねマリー。神戸と岸和田ではね!」


 しばし笑いあう。だが、コニーの笑い方はどこか固かった。


「というわけで、実家が関東に支店を出すことになって、その準備にこっちに戻ってきたのよ。懐かしいわね、東のほうは……」


「まあ! お姉さまのお家の家業とはどんなお仕事ですの?」


「そうね、解体業よ……いろいろなものの」


 一体なにを解体しているのか、


若頭カシラ! 逃げた社長の居場所つかみましたで! あのタコオヤジどないイワしますかいな!?」


 突然、コニーの後ろから大柄の中年が寄ってきた。ダブルのスーツに、ごま塩頭。そして顔には刃物の傷跡がある。


「な、なんですのこちらの方はお姉さま……?」


「外じゃカシラじゃなくて専務と呼べいうたろうがこのホンダラがぁ!」


 コニーの手が卓上にあった空のビール瓶を掴み、一閃。同時に中年の男がのけぞる。

 今までの慈母の微笑みではなく、激怒の形相を浮かべる先輩令嬢コニー。


「アダッ!!?」


 ガン、という小気味よい打撃音。

 マリーも言葉を失う。


「昔のツレん前で恥かかすなやボンクラがぁ!!!」


 さらに殴打、殴打、殴打。中年の男が腕で必死にガードしている。


「せ、専務! 堪忍して下さい!」


「お、お姉さま、ここは店の中ですので……」


 マリーの制止にやっとコニーの動きが止まる。表情に慈悲の微笑みが宿った。


「はぁ、はぁ、……イヤだわはしたない、つい故郷の神戸の喋り方がでてしまって……恥ずかしい」


「神戸ってそんな土地でしたっけ」


 思ってた神戸と違う。


「ごめんなさいねお見苦しいところをお見せしてしまって。それでは仕事が入りましたので、名残惜しいですが今日はここまでで、ごきげんようマリー」


 ゆっくりと優雅に別れの一礼をし、たおやかに店を去っていくコニー。その振る舞いは貴族子女工業高校の頃からなにも変わっていない。


「いくぞグズ!」


 中年を蹴って、起こす。


「へ、へい専務!!」


「あ、はいごきげんよう…」


「……」


 なんというか、言葉が出ない。とりあえず座り直す。


「……唐揚げおいしいですわ」


 もぐもぐと口に運ぶ。バイオレンスの後でも中華はおいしい。



「ショッキングなことがあっても美味しさは変わらないですわ、さて締めに頼むのは、醤油味の焼きそば、大盛で…!」


 △ △ △

「はい大盛り醤油焼きそばおまち」


「この醤油とオイスターソースの香りがたまらないですわ!」


 一口すする。香ばしさと旨味が炸裂。ビールが進む。


「そこに酢を足してさらにサッパリ加減をアップ!」


 ダクダクと酢をぶち込む。小瓶の半分まで入れるのはもはやノルマだ。


「焼きそばを飲み込みながら、追ってビール!

ベストコンビネーション!!」



 最後の一杯を、高らかに飲み干した。


 △ △ △



「ありやとやっしたー」



「ふぅ……王将、日高屋並みに店舗が関東にあったらこちらのヘビーローテーションしてしまうところですね。私の分の会計を払っていてくれたのね。ありがとう、コニーお姉さま……」


 トボトボと街を歩く。生きていれば、歩き続ければ、懐かしい相手とまた出会えるものだ。


「……お姉さま、お仕事頑張っているのでしょうね。なんのお仕事かよくわからないですけれど」


 コニーの仕事は、マリーにはよくわからない。


「あ、あっちに新しいやきとん屋開いてる。ちょっとみてこ」



 終わり

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