第14話 貴族令嬢VSもんじゃ

「もんじゃ焼き……? なにこの……これはまるで……下品だわ!!」





「ふぅー」


 リュックを置き、続いて疲れた体を席に投げ出す。一息つく彼女へ、店員のおばちゃんが近寄った。


「いらっしゃいませーおしぼりどうぞー」


 冷たいおしぼりをもらい、メニューを見ながら貴族令嬢マリーは今日の注文を呟く。


「えー、カレーもんじゃにシーフードのトッピングで。あと鳥バター焼きと枝豆。それとビール」


 流れるように注文。今日もマリーは欲望のまま、食欲のままに生きる。それが高貴なる者の宿命だからだ。


「はーいビールは瓶でいいですか?」


「瓶でお願いしますわ」


 力強く答える。生と瓶、その日によってカジュアルに使いこなしてこそ、上流の貴族なのだ。


「はいはーい」


 背を向ける店員を見送りながら、マリーは冷たいお絞りを広げだ。


「ふぅぅぅ」


 ゴシゴシと顔を拭き、続いて首筋まで拭いていく。


「やっぱりおしぼりで顔を拭くのはやめられませんわねぇ……」


 こればかりは止められない。


 フルタイムで働いた午後五時。汗ばんだ体には冷たいお絞りが効く。効きすぎる。


「はい枝豆でーすビール御注ぎしまーす」


「あドーモドーモ」



 コップに注がれた黄金の液体。今日もマリーを労ってくれる優しさを、一気に飲み干す。喉を通る刺激、そして快感。苦味、酸味、やがて爽快が踊る。


「あ゛あ゛っ!! うまっ!」


 思わず声が出た。続いて小鉢の枝豆を摘まむ。


「やはりあからさまな冷凍の枝豆……でももうすぐ生の枝豆がでてくるからそれまでの辛抱ですわね」


 そろそろ初物の枝豆が出る。根つきの枝豆を買って家で茹でるのが貴族令嬢の毎年の楽しみの一つなのだ。


「それにしても、仕事が増えてきたはいいですけれどどこもスケジュールの遅れを取り戻すために焦っていますわね、安全が第一というのに……」


 コロナで遅れたスケジュールを取り戻すため、現場は忙しい。だが働く人間の安全をないがしろにすることは許されない。マリーは人道系貴族令嬢なのだから。


「なにごとも安全は第一…そうこんなもんじゃ焼きを焼くときでさえも……」


 優雅な動作で鉄板に火をつけ、油を塗り込む。そして前回の悲劇を繰り返さぬ為に、ビール瓶は手元から離して置いた。


「はいお待ちどうカレーもんじゃ焼きのシーフードトッピングと鳥バター焼きでーす」


 やってくるカレーもんじゃ、そして鶏ももとバター。マリーの脳が即座にどうやれば最適かを計算する。

 知略こそが貴族の武器である。


「もんじゃ焼きをかき混ぜながら十分温まるのを……待つ……!」


 カチャカチャともんじゃの入った丼を優雅にかき混ぜる。むろんはみ出すような不作法はしない。


「貴族たるものあらゆる作法に通じていなければ恥をかくだけ……もんじゃを焼く程度は出来て当然ですわ」


 マリーに隙はない。もんじゃの焼き方に戸惑うような少女ではないのだ。


「今回は両面作戦ですわ。鉄板の片面に鳥バター焼きの鶏肉を並べる……」


 皮目を下にして、手際よく並べられる鶏肉。油が爆ぜて音を出す。


「もう片側にはもんじゃ焼きの『具』のみを投入し、まずはコテで炒める」


 丼からもんじゃ焼きの具の部分だけを鉄板に入れ、炒める。カレーの匂いが広がった。

 具材を炒めたら、ある程度火が通った所で中央を開けたドーナツ状に形成する。これを通称『土手』と呼ばれる形状である。


「そして中央の穴にもんじゃの汁を流す……汁を流さず火を入れながら土手をゆっくりまぜていく……」


 ドプドプともんじゃの汁がドーナツの穴に注がれる。汁に火が入ることで粘り気が生まれ、それを土手になった具とゆっくりかき混ぜていく。


「汁が粘性を帯びてしっかり固くなってきたら全体を混ぜて」


 グジュグジュと混ぜられるもんじゃ。あのもんじゃ焼きの姿になってきた。


「軽くしょうゆをかけて味を足す……もんじゃ好きはソース派としょうゆ派でわかれますわ。私はしょうゆ派」


 目の前に、黄金の海があった。鉄板の上に、少年のたちの思い出がある。

 端のほうを、マリーは薄く小手で鉄板にのばしておく。これが後からものをいってくるのだ。


「さあ出来上がり……、おっと鳥バター焼きも片面をひっくり返しておきましょう」


 ヒョイヒョイと鶏肉を返す。あとすこしだ。


「さてもんじゃ焼きを食べ……」


 ちびりと、小手でアツアツを一口。


「追ってビール!」


 一気にグラスを開ける。


「下町が舌の上で踊る…! 安い冷凍のシーフードミックスも、カレーで匂い消しされて旨味のみを存分に楽しめますわ!」


 これこそがマリーの狙い。やはりカレー味は偉大である。


「もんじゃ焼きのいいところはチビチビと食べれるの持ちの良さ……そして駄菓子でトッピングの幅が広がる自由なカスタマイズ性も魅力…懐の深く付き合いのいい男はモテるのが当たり前ですわ」


 ベビースター、キャベツ太郎にうまい棒。もんじゃと相性のいい駄菓子は数知れずにある。この懐の深さに子供も大人も見せられるのだ。


「そろそろ焼けてきた鳥肉に、上からバターを乗せてかるく醤油」


 最初に鉄板にバターを溶かして焼くと最後にバターが焦げ付くのでマリーはバター後のせ溶かし派である。


「バター醤油なんて酒に合って当然…!」


 グビグビと、ビールを空かす。楽しい。やはり鉄板焼きは、もんじゃ焼きは楽しい食べ物だ。



「店員さん、レモンサワーお願いしますわ」


「あいよーはいレモンサワー!」


 二杯目。今日もマリーの肝臓はベストコンディションだ。


「そしてもんじゃ焼き最後にして最大の楽しみは」


 マリーの視線は、鉄板の端に向く。


「この最初に薄く伸ばして放置していた部分……!」


 小手で薄くしたもんじゃ焼きをはがす。熱によりパリパリとしたもんじゃせんべいといえるものへ変わっていた。


「これこれ、このもんじゃ焼きのせんべいを楽しまないと話が終わりませんわ…!」


 パリパリと、そしてグビグビと、マリーは童心に返りもんじゃを楽しんだ。


「十万円給付まであと一週間、ここが耐えどころですわね……しかしどんなときも日々を楽しむことが貴族が貴族たる証……私は負けませんわ」


 空を、というか店の天井を見上げる。思い出すは、マリーにいつだって優しく接してくれたアラン男爵、アランの叔父様の笑顔だ。


「『楽しむということを忘れなければ、いつだってそこは天国になる』」


 それは、アラン男爵が言っていた言葉。


「実家から帰ってきた奥さんに小遣い減らされて昼食代が1日120円になったときも、叔父様はそういっていましたわ…」



 △ △ △



「まいどー」


 店員に見送られ、マリーは店を出る。外はほの暗かった。


「ふぅ……久々のもんじゃ焼き、堪能してしまいましたわ。まあ明日は休みですからゆっくりと」


 檸檬堂でものみながら、撮りだめしていたゴッドタンを見ようか、そう思っていた時。


 ピルルルル ピッ


 携帯が、鳴った。

 

「え、仕事っスか? 板橋? 朝8時から? ……遠いっスね。人手がない? あーはいはいわかりましたわかりました行きます行きますチィース」


「ふー、…とりあえず稼げる時に稼いでおきますか!」

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