九章 「彼のいない時間」

 それから、たくさんの人がいろいろな話をしにきてくれた。

 ある日、水篠さんが買い物に行くと、出店を離れる日があった。

 いつも用意周到な水篠さんなのに、珍しいなあと最初はそれぐらいしか思わなかった。

 私も一緒に行きたかったけど、店をすでに開けていたからどちらかが出店にいなければいけない。

 私達の事情関係なしにお客さんはやってくるのだから。

 だから、私は一人出店で待っていることにした。

 最近ずっと二人でいたから、一人で過ごすのは久々だった。

 すぐに帰ってくると言っていた。きっと30分ぐらいだろう。

 でも一人でいると、時間は長く感じる。

 一人で声掛けをし、その後席に座ると、出店が広く感じる。

 お客さんも何人かやってきた。私一人でなんとか対応できた。暇だったわけではない。

 でも、なんだか寂しいなあと思った。

 一人でいるのが辛いわけではない。一人でいることには慣れている。

 水篠さんがいないことが寂しかったのだ。

 そんな中、私はあの日のことを思い出していた。

 サプライズ好きな夫の話を聞いて本気で人を愛したいと思った時、水篠さんの顔が頭に浮かんだのはなぜだろう。

 確かに水篠さんとは、最近出会ったばっかりだけど仲がいい。

 信頼もしている。

 私にはないものを持っていて、尊敬できる部分もたくさんある。 

 性格も穏やかなで優しい。

 そういえば、出会ったときから、水篠さんとは話がしやすかった。

 私はもしかして、水篠さんに恋をしているのだろうか。

 そう思った瞬間に、今まで当たり前に見えていた世界ががらっと変わった。

 水篠さんに会えると思うと、行く前の化粧をする時間が長くなった。

 店で会って挨拶するとき、なんだかドキドキして恥ずかしくなった。

 前よりも笑うことが多くなった。

 なんてない水篠さんの行動一つ一つが、愛おしく思えた。

 お客さんの話を聞いている時、隣にいる水篠さんの顔をじっーと見つめてしまうときがあった。

 お客さんがいない時は、水篠さんと話するのがいつもより楽しく感じた。

 店を閉めて、一日が終わると無性に寂しくて胸がきゅーっと痛くなった。

 一方で、肝心の涙する話は未だに聞けていない。  

 店を開けて一ヶ月が経つ。

 順調にお客さんは増えている。

 確かにいい話はたくさんあった。

 同調し、心が温かくなり、発見もあった。

 私の心も涙に近づきてきている気はしたけど、まだ何かはっきりとしたものはつかめていなかった。

 もちろん、出店をだしてから私は一度も涙を流していない。

 私の心は冷たいのだろうか。

 私が涙を流したいのには、ちゃんと理由がある。

 それでも、たくさんの話を聞けるということは、それだけ涙を流す確率が高くなるということなのだと思っている。

 私は粘り強く待つことを決めたのだった。

  

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