なろうケイ

愛と正義の美少年戦士

第1話 始まりの場所、帰れない場所

 目を開けると少女の顔が映る。近距離で吐息のかかる距離。雪のように白い肌と、艶めかしい唇。繊細で整った小さい顔はまるで人が作ったかのようにのように美しい。さらさらとした短い黒髪が顔にかかっている。


 心臓が飛び跳ね、一瞬頭が真っ白になり、飛び起きる。車酔いに似たふらつきと吐き気。それに、動機もする。最後のは原因が違うような気がする。


 周尾見渡すと、床に謎の紋章が書かれた窓ひとつない薄暗い石造りの部屋の中でたくさんの人が僕たちを囲んでいる。黒いローブを来た人々と、王冠をかぶった人。英語でも韓国語でもフランス語でもない聞いたこともない言葉でざわざわと話している。


 少しの戸惑いを感じていた。だが、考えられるのは一つ。この状況は異世界だ。起きたら急にこんな場所に居るなんて。それに、知らない言語に魔術師っぽい服装と王様っぽい服装。異世界確定だろう。心の内から出てくるにやけ顔が止まらない。頭には次々と思い浮かべてくる。転スラに、スマホ太郎に、デスマ次郎。だが、盾の勇者や、リゼロなどを思いだすと、そのにやけ顔も固まってしまう。


「うっ・・・・・・。

 ここはどこ・・・・・・?」

 

 少し彼女の顔色が悪い。僕と同じ車酔いならぬ、異世界転移酔いなのだろうか。

 僕は肩をすくめる。


「そう」


 彼女もきょろきょろとまわりを見渡し、にやけ顔になってから、若干表情が凍り付く。僕と同じことを考えていたのだろう。それに、現実的に異世界に行ったからと言って特殊能力など手に入るのだろうかという疑問もある。

 

 戸惑う僕たちなどお構いなしで、王が僕たちの目の前に歩いてくる。歩き方で堂々とした威厳を放ち、一国を背負うという責任に満ちた目をしていた。一瞬にして空気がひりつく。これが統べるということなのだろう。そして、彼が統べる人間なのだろう。


 彼は僕たちに一つずつ指輪を渡した。それを着けるとさっきまで理解できなかった言語が本能的にわかるようになった。言葉ではなく意味が直接脳内に送り込まれてくるような感じである。


 異世界転移酔いに加え、今までに体験したことがないような感覚に見舞われ、口元を抑える。彼女もなんだかさっきよりも顔が青くなっているような気がする。


「召喚されし勇者よ。魔王を討ち我ら人類に希望の光をあたえたまえ。我らの願いをききとどけるというなら聖剣トラオム、聖剣をクラーゲンを手にせよ」


 後ろの黒いローブを来た人がひざまずき、両手で聖剣を掲げている。僕と彼女は一度だけ目を合わせた。そして、少し笑った。どうやら僕たちは勇者らしい。なんと素晴らしい響きなのだろう。勇者という特別な響きは僕自身の優越感を強烈にくすぐった。そして僕たちは聖剣を手に取った。どちらにしろ、聖剣を取らなければ何も話が始まらないし、つまらない平民に戻るくらいだったら異世界に来た意味がない。


 聖剣から薄暗い部屋を真っ白に染め上げるほどのまばゆい光があふれだす。その光は、今まで経験してきた太陽光のようや蛍光灯のように暖かくなかった。それどころか、冷たくエネルギーを感じられなかった。


 ドゴォォォォォン

 鼓膜を突き破り、脳を直接揺らすような破裂音とともに瓦礫が僕たちの上から降

ってくる。心臓がドキッとして、反射的に目を閉じて頭を守る。数秒間経っても何も起きなかったので、恐る恐る目を開けてみると落ちた破片は人いる場所を囲むようにしておかれていた。そして、僕たちを囲むように何かガラスのようなものが張られている。


 太陽を背にして大きな翼をはばたかせて何かが飛んでいる。それは部屋の中に降りてきた。それは大きな翼をもっている以外は人間と大差なかった。真っ青な顔が少し違和感を感じるくらいだ。黒いローブを着た人たちは眉間にしわ御寄せて、それとの僕たちの間に立った。


「二本の聖剣……。

 ほう、アリア結界か」


「これで貴様も手出しできないだろう。四天王の一人、ヴァンパイア・ブラム!」


 ブラムは結界をノックするようにこんこんと二回いたたく。そして、大きな口をゆがめ、笑った。


「聖剣の光、神の恩恵を使ったというわけか」


 ブラムは内ポケットから奇妙なものを取り出した。正方形の加工された木のかけらだ。表面はニスが塗ってあるようにてかてかとしている。次の瞬間、正方形だったものはぶよぶよと形を変え球になり、矢になり、最終的に木刀になった。

 

「まさか……。逃げろ!」


 王は僕たちに向かって、叫んだ。それと同時に結界は切れて、僕の目の前には知らない女性の頭が転がってくる。体からは赤い噴水のように血が吹き上げ、崩れる。数滴僕の顔にかかる。虚ろな目がこちらを見つめている。これまでにない震えが全身を襲う。カタカタと奥歯が鳴る。それがうっとおしいと思っても止めることはできない。呼吸が荒くなっていき、やがては吸うのか吐くのかわからなくなってくる。体の奥から寒気が襲ってくると同時に、猛烈な吐き気に襲われる。


 おぅげぇえぇぇぇぇぇ


 嘔吐した。今日食べた昼食と胃液のミックスが体の外へと排出される。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!

 ヘルズファイアァァァァァァァ!!!」


 逃げなきゃダメなのだろうまあ体が動かないけどそういえば昼ご飯も異世界転移されるのだなこれならスマホを飲み込んで転移したら持ってこれるのだろうか?かといってネットにつながらなかったら意味ないよなてか飲み込めないか


「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 轟音と爆音が部屋中に響くが頭がふらふらし、思考がまとまらない。 苦しい吐き気を耐えるのに精いっぱいだ。


「貴様らにこのアストラル王国。いや、人間をなめるなぁぁぁ!!!」


 急に僕の体が持ち上がる。誰かにおなかを圧迫するように抱えられれ、強烈な吐き気が襲う。目を閉じて、口元を抑えじっと耐える。どすどすと衝撃が走るたびに、胃の中のものが出そうになる。隣をちらりと見ると、左腕で抱えられた彼女が口元を抑えて目をつぶっている。前には王様も走っている。見上げると、青髪の美しい女性の顔が見えた。僕を片手で抱えている!?


「このまま、アストラルゲートまで向かう」


 王は悲しみを押しつぶしたような声で言う。


「まさか!?」


「ああ、あの部屋には高次元の術式が書かれているからな。これしかない」


「だけど、使い手がいません。私も使えないし、この子たちもまだ召喚されたばかりです。まさか……」


「私自身の手で決着をつけなければならない」


「ダメです。それなら一か八かで私がやります。それにあなたを失っては誰がこの子たちを導くというのですか!?」


「お前だ」


 たどり着いた先は、一面鏡張りの部屋だ。この部屋にある明かりは真ん中にある火だけだ。ゆらゆらと揺れると鏡の中の虚像もゆらゆらと揺れる。


「ふっふぁふぁふぁ。追い詰めたぞ」


 ヴァンパイア・ブラムは血まみれで僕たちが入ってきた扉の前に立っている。垂れてくる血を舌でぺろりとなめる。冷徹な目は僕と彼女をにらみつけた後、王を見る。


「追い詰められた覚えなどないな」


 王は部屋の真ん中へ僕たちを押すと、手の平を床に着ける。書かれていた紋章が光り始めた。やがて部屋中の鏡が真っ白に光始める。


「ふぅははははは。貴様が高次元術式アストラルゲートを使えるわけないだろ。勇者気取りか?」


「そんなことは百も承知さ。このおいぼれができることはもうやった。最後は命とにお前を道ずれにすることだ」


「まさか!?暴発させる気か!そんなことをすれば、この国全部の人間を巻き込むことになるぞ!」


「ふっ。どうせここで勇者を殺されても同じことよ。全世界の人間は死に絶えるのだからな!」


「きさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


「さらばだ。あとはすべて託したからな、ロイエ」


「お父様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」


 白い光はすべてのものを飲み込んでいく。あらゆるものを吹き飛ばし、今まで積み上げてきたもの、建物、町の石碑、伝統、歴史、人をすべてを消し去っていく。まるで最初から何もなかったかのように。あるものは一人で、あるものは家族と抱き合いながら、最期を迎えていく。彼らに差はなく平等に死という結果だけが訪れる。


 後に残ったものは僕と彼女とロイエの三人だけだった。


 




 


 




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