第12話 野次馬だって当事者です4
しばらく歩いていると、喧噪がだんだんと大きくなり、険悪さも増してきた。
何やら近くで騒ぎが起きているようだ。
俺は暇だったので見てみることにした。
その場所に行ってみると何やら数人の男が一人の女と喧嘩しているようだった。
「おいおい嬢ちゃん、状況分ってんの?俺たちにかわいがられたいわけ?」
悪そうな男たちが不気味に笑いながら言う。
「そっちこそ状況分ってんの?この子はあんたらに痴漢されたって泣いてんのよ?謝りなさい?」
見ると女の後ろには小柄な女の子がうずくまって泣いていた。
「ヘッヘッヘ、どこにそんな証拠があるんだよ。冤罪はひどいぜ、なぁ?」
そうひとりの男が言って仲間に振り向くとその仲間たちはにやつきながら各々に頷いた。
「証拠ってあんたら…」
そして女は一つため息をついた後、あきらめのついたような顔をした。
「そうね、あんたたちのような外道に反省を求める私が馬鹿だったわ。やっぱりこういうやつらはとっちめないと」
「おいおい嬢ちゃん、とっちめられるのはそっち側だぜ。やったれ!野郎ども!」
確かに勇猛果敢なことはいいのかもしれない。
しかし彼女は、痴漢された少女を助けた彼女にあったのは勇敢さだけのようだ。
強さの伴わない正義は正義ではない。
正義になり損ねたなにかだ。
そんな正義になり損ねた彼女を、今回は俺が、たまたまいたっていうことで助けようとした。
しかし、それには及ばなかったようだ。
俺は誤解をしていた。
辺りの人々が一斉に地面に打ち付けられたのであった。
いや、厳密に言えば俺とあと一人以外だが。
そう、その一人とはあの女である。痴漢された少女をかばっていた女である。
彼女には力があったのである。正義を行使するだけの力が。
「こうなるから嫌だったのよ。どう、反省した?」
そう女は悪党の首領と思しき人物に話しかけた。するとその男は
「ご、ごべんなさい。」
と地面に打ち付けられながら必死になって謝った。
これは確かに悪党をとっちめるのにはよかったかもしれない。
いや、最善の方法だった。
俺が彼女の立場だった時もそうしただろう。
ただ、
ただ被害者の女性も打ち付けられてますよぉ。
いいんですかぁ。
そんな俺の心の声は当然届くはずもなく、無慈悲にも被害者の女性は地面に打ち付けられたままだった。
女は辺りを見渡し去ろうとしたが、異物でも見つけたのか立ち止まった。
「ちょっと待って、なんであんた立ってられてんのよ!」
そう言いながら俺のほうへとずかずかと近づいてきた。
「確かに手加減はしているけど結構な魔力を使ってんのよ!?普通の人間が立っていられるはずがないわ!」
その間にも無慈悲に被害者の女性は地面に打ち付けられたままだ。
ああほら、涙流してる。
「ねぇ!ちょっと聞いてんの!?」
「いや、その前に解いてやらないか?魔法」
ここで魔法の説明をもう一度しよう。
なぜ俺が立っていられたのか。
それは魔力の容量によって魔力耐性が付くからだ。
ちなみにその魔力の容量というのは生まれつきだ。
また、魔力というのは呼吸することによって回復する。
では、現在の状況に戻ろう。
俺は被害者の女性を指さしながらそう言う。
すると彼女は今気づいたらしく、はっとしてすぐに魔法を解いた。
悪党どもは「ひぃぃぃ!逃げろぉぉぉ!」と言って逃げていった。
当然、周りのやじ馬たちもわれ先に逃げていった。
残ったのは被害者の女性と俺と女のみとなった。
「で?なんで立ってられたの?」
「いやぁ、なんで立ってられたかと聞かれても…」
「はぁ……まああんたが強いってことは分かったわ。私の名前はサンドラ・ユーロプス。サンドラって呼んでくれていいわ。」
ほぉ、サンドラか、いい名だ。
まるでどこかで聞いたことがあるような…まあそれくらいいい名だということだろう。
髪は金髪のツインテールで端正な顔立ち、さっきの口調を見る限り若干性格はきつそうだ。
「あのぉ…先ほどは助けていただいてありがとうございました。」
被害者の女性がこっちに駆け寄りながら言う。
「エマ・コーギーって言います。エマって呼んでください。」
はじけるような笑顔で言う。
くりりと丸い目に朱色のロングでストレートな髪、母性愛を抱きたくなるような感じだ。
まあ俺に母性愛などないのだろうけど。
「………」
「………」
「………」
「えっと…何この沈黙。」
「いやあんたまだ名乗ってないでしょうが。」
サンドラと名乗った少女が言う。
「あ、そういうことか。」
「どんだけコミュ障こじらせてんのよ。」
サンドラと名乗った少女は俺がうすうす気づいていて気にしていた事実を何のためらいもなく言い放った。
それは俺も気づいていたんです。
だから勘弁してやってください。
心の中で彼女の横行闊歩さに戦々恐々としていた。
「えっと、俺の名前は柊真。真って呼んでくれ。」
「ヒイラギ・シン…変わった名前ですね」
エマと名乗った少女が目をぱちくりさせながら呟く。
「ファーストネームがファーストネームじゃないってなんだか変な感じね。まあいいわ。シン、エマ、またどこかであったらよろしく。まあもう会わないでしょうけど」
サンドラと名乗った少女がそうつっけんどんに言う。
「エへへ、よろしくです。シンさん、サンドラさん。」
エマと名乗った少女が本当にうれしそうに笑いながら言った。
「よろしく。えっと…サンドラとエマだっけか?」
俺はもうこれ以上コミュ障と言われないように場の空気を敏感に感じ取り、遅れることなくそう告げた。
そして三人は各々分かれた。
この後再会を果たすなんてことを露も知らなかった俺はようやくあの性格のきつそうな女から抜け出したと安堵していたことだろう。
今思い返してみればこの安堵を返してくれとさえ思う。
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