真面目なお嬢様が貸し切った図書館で全裸で1週間勉強漬けするだけ

バチカ

第1話:刺激

 メインホールのど真ん中でブラウスの一番上のボタンに手をかけます。


 元から内より押し広げられていたブラウスのボタンは、少し指をひっかけただけで簡単に外れてしまいました。


 ふたつめ、みっつめ……と、外す手が下がっていく度に、私は自らの足で禁忌の領域へ踏み込んでいくのを感じます。


 ここは都内にある某私立図書館。私の両親が生まれる前から建っていた、由緒ある歴史的な建築物です。


 つい昨日まで、この図書館には人がいました。本を借りに来た子供達や家族連れ、学習の為に訪れた学生、そして、司書や事務員として働く従業員の皆様……本当に、色んな人達がいました。


 ぱさり、と私のブラウスが足元に落ちます。上半身で纏ってるのは、同性の学友をして魅了せしめるほど豊かな乳房を包み込むブラジャーのみ。


 おもむろに私はスカートを支えるベルトに手を掛けます。程なくして、スカートはするりと私の脚を通り抜け、私のすぐ足元に落ちました。


 今、私は下着姿です。私立とて公共施設。数多の利用者が行き交う場所のど真ん中でこんな恰好で立っているだなんて、常識では言語道断でしょう。


 でも、ここには誰もいません。本当に、私以外誰もいないのです。


 きっかけは、今年の夏休みをどう過ごすか。でした。


 世間は、巷で噂のパンデミックの話題で持ちきりでした。


 感染拡大を防ぐため、私達は友達と密になって外出することを控えるよう大人たちから命じられてしまいました。たとえその目的がどれだけ有意義であろうと。


 おかげで私達の貴重な夏休みの大多数が、半ば強制的に屋内生活で埋め尽くされる事態となってしまいました。


 とはいえ、いつまでもステイホームというのは退屈すぎます。何か、屋内でも出来る特別でスリリングなことをやってみたい。そう思っていました。


 さて、これは誠に感謝しなければならない事実ですが、私は自他共に認めるほど裕福な家庭で生まれ育って参りました。一般以上の存在となるべく自身を磨き上げるのに何一つ障害のない環境に身を置けているのだと、物心つく前から自覚させられておりました。


 こんなチャンスを活かすべく、私は一世一代のチャレンジを両親に懇願しました。


「近所にある某私立図書館を貸し切りにさせてください。司書も従業員も出払って、私一人だけがいるようにさせてください。夏休みの間の特定の期間だけで良いのでお願いします。私をあそこで缶詰にさせてください!」


 あの時の両親のキョトンとした表情が今でも忘れられません。ですけど、本当に有難いことに、両親は私の願いに応えて下さいました。一週間だけですが、この図書館を私だけの空間とさせてくださったのです。


 一週間貸し切りの図書館。この静かな空間で、私は一体何をするのか。


 決まっています。勉強漬けです。1日13~15時間を目安に、高校で学んだありったけの知識を脳内に詰め込むのです。


 もちろん、ただただ勉強漬けするだけではつまらないですよね。だから、私はこれにもうひとつ要素を付け足すことにしました。いや、正確には


 下着姿の私は、半身を倒しながら両手を後ろに回すとブラジャーのホックに手を掛けます。次に、右肩にかかるストラップを外し、次に左肩にかかるストラップを外します。最後に、カップを支える腕を下げてしまえば、もう私の胸を覆っているのはなにもなくなります。


 やがて、腕を腰のあたりにまでおろし、肌から離れたブラジャーが床に落ちた時、得も言われぬ感覚が私の全身を駆け巡りました。


 普段なら衣服で隠れているべき箇所から外気に触れている感覚がある。衆目に晒されるべきではない箇所が堂々と顕わにされている。外から触れられてはならぬ箇所を自ら外部に差し出している。——自ら危険な領域に踏み込んでいる高揚感が、全身を駆け巡っております。


 いや、これで終わりではありません。まだ、身に付けてる箇所があります。この昂る感情に身を委ねたまま、ショーツの両脇に親指をひっかけ、前屈しながら一気に下へ――外の空気がそこに触れたと分かった途端、何かがそこへ一気にきゅうっと収斂していきました。


 嗚呼、やってしまった。ついに、私はやってしまった。


 かつて幼少の頃よりお世話になっていた私立図書館は、最早全くの別世界となってしまいました。風呂場でなるべき恰好をメインホールでしているだけで、ここまで身も環境への感じ方も変わるのでしょうか。


 全身が震えます。あらかじめ、全域に冷房を効かせているからでしょうか。果たしてそれだけで、乗用車がその場でエンジンだけを異様に空ぶかしさせているような、心の臓腑や体内の気や精神が震えるような感覚になるのでしょうか。もしかして、これが武者震いというものなのでしょうか。


 私がここに来た目的――それは、一週間貸切った図書室で1日13時間以上全裸で勉強漬けすることです。


 初めて早々に感じ取りました。これ、想像以上にスリリングです。ある意味、一生忘れられない思い出になりそうです。


 ★★★


 二階まで吹き抜けのメインホールはとても広く、一般開架室を兼ねる本棚が密集したスペース、国内および世界各国の雑誌や新聞が置かれたコーナー、貸し出しの受付、催事の展示物が置かれているエリア、本を閲覧するための机と椅子が置かれているスペース――それらがまるまるひとつのフロアに収められています。


 当然ながら、私が今いるのは閲覧スペースです。ここに筆記用具やノート、問題集といった学習に必要なモノを置いて、勉強をするのです。


 当然ながら、脱いだ服や靴下は既に畳んで、スマホなど学習の妨げになるモノと一緒に寝泊まりする場所に移動してあります。畳んだ衣服を運ぶだけだといのに、色々曝け出した姿になっているだけで、まるで異世界を歩いているような気分になりますね。


 この日の為に入念な準備をして参りました。まず、いきなり長時間勉強をするなんて、流石の私も集中力が続くわけがありません。そのため、長時間勉強に身体を馴染ませるべく、夏休みの前から徹底的に学習の習慣を身に付けていました。私は常に学年トップの成績を収めておりますが、今回の計画の副産物によるものだと指摘されても返す言葉が無いかもしれません。


 椅子の上に三枚くらいタオルを重ねて敷き、その上に座って勉強を始めます。


 まだ午前中ですので、集中力が十分あるうちに、わりと頭を使う教科——数学から始めましょう。


 私はまだ高校二年生ですが、学校側は長期連休中に学習の習慣を身に付けて欲しいと思っているのでしょう。分厚い問題集まるまる一冊を課題にされてしまいました。ですが、ページ数を一週間の日数で分割した結果、他教科の勉強時間を圧迫しない程度の配分で出来るようです。難易度も、授業の範囲までなら傍用問題集を何周もした私にとっては、それほど苦にならないレベルのようです。


 問題集のページをめくる音とペンを走らせる音だけが、閑静なメインホールの空間に響いています。


 色んな大学名が問題集に出てますね。中には、数学が得意と豪語した理系の学友の心を折った文系の難関大の過去問も出題されています。確かにこれは、今までの知識を総動員してやっと食らいつけるかどうかの難しさですね……。


 その時でした。


 ずずぅん……!


 低く重たい音が外からして、私は思わずその方向へと振り向きました。


 窓の外にある通り——とても大きなトラックが、私のいる図書館の向かいに停まっていたのです。


 この図書館は閑静な住宅地に建っています。そのため、運送業者が使っていそうなトラックが通行することなど、普段では滅多に起こりません。


 ふと、トラックを見やると、屈強そうなシルエットの男性が、荷台に積まれていた荷物を出し入れしておりました。これは推論ですが、引っ越し作業のようです。


 ここで今日の数学のノルマも残りわずかとなった時、私は気付きました。今、わりと危ない状況なのではないでしょうか?


 閲覧スペースにはいくつものテーブルがあるのですが、私はその中で最も窓際のテーブルに座ってます。レースのカーテンこそ広がってはおりますが、私が座ってるのはカーテンとカーテンの隙間の部分です。だから、トラックの様子が私の位置からも良く見えたのです。


 つまり、逆もまた然りなのです。こちらから向こうの様子が分かるということは、のです。


 図書館の窓の大きさから察するに、トラックの運転手や従業員からは私の机から上に出ている半身が――色んな箇所が曝け出された半身が丸見えだったのでしょう。問題集に集中していたので全く気付いておりませんでしたが、彼らはもしかすると今の私の姿を見てしまったのでしょうか。だとしたら……


 何かがじんと熱くなるのを感じます。でもおかしいですね。恥ずかしいのなら太腿を閉じてしまえばよいというのに、胸を手で隠してしまえばよいというのに、どうして今の私の脚は大きく開いてしまっているのでしょうか。腕を伸ばして上体を沿った大きな伸びをしてしまっているのでしょうか。


 ★★★


 学習において重要なのは『どれだけ定着したか』です。いたずらに勉強時間を増やしたところで、知識が自分の血肉とならなければ意味がありません。


 一般開架室兼メインホールのすぐ隣にある部屋が、児童開架室——子供向けの本や紙芝居、図鑑などが置いてある部屋です。私はそこで面白そうなものを見つけました。


 児童開架室には、立方体のクッションのようなスツールが扇形に何列も配置された一角があります。そこはおはなしコーナーと呼ばれていて、決められた時間帯に職員や教師が子供達を集めて、紙芝居や絵本で朗読を聞かせてくれるのです。


 かつての私も聴衆として大変お世話になっていた場所で、何をするのかというと……


 児童向け貸出受付の隣に置かれていたキャスター付きホワイトボードをスツールの視線が集まる先まで転がた私は、ホワイトボードに数式を書き始めます。


「f(x)とg(x)の値を=とした場合、求められる範囲は……」


 私が行っているのは、復習です。先ほど解いた問題集の答え合わせで間違えた個所をノートに書いて理解した後、このホワイトボードに書き込んでいくのです。この時、あたかも私が教師になったかのように自分の言葉で解き方を声に出すのがポイントです。


 プレゼンテーションというのは社会に出た時に必ず行うから、事前にその経験をたんまり身に付けておけ――両親や親族から異口同音に言われたから、このようなアウトプットを実践しているのですが、思ったより効果があります。これは私だけなのかもしれませんが、実際にやってみると単にノートに書き写すよりも内容が脳に刻みつけられたような感覚になるのです。


 なんというか、「私はこの問題を間違えました。ですが、このように理解しました」と発表する行為そのものが、なんだか恥ずかしいものを色々と開けっ広げにしているような感覚のようで、妙に刺激的なんですよね。


 まして、今は胸も鎖骨も股間も尻も全て曝け出している状態。図書館内にあるまじき恰好をして、しかも静粛であらねばならない図書館にて大声を出すという背徳感。おまけに、目の前には扇状に何列も展開されたスツール。ただ置かれているだけなのに、見えない聴衆に全身を見られているような錯覚がして、より私の精神を昂らせます。


 ホワイトボードによるアウトプットを全問終えた時、汗が一筋伝うのを背中から感じ取りました。冷房を効かせているはずなのに、どうやら私はすっかり熱くなってしまったようです。全裸で図書館でプレゼンテーションをするのは初めてだから身体も驚いてしまったのでしょう、同様の一筋を内股から膝にかけても感じます。後で拭っておかないと、風邪を引きかねません。


 まさに、この図書館をまるまるひとつ貸切れる令嬢の特権。全てモノにしなければ、罰が当たってしまいますよね。


 さて、次の教科の勉強をするため、私は撤収いたします。万が一、ホワイトボードに板書する手が止まった時を想定して、補足用のノートと問題集と筆記具を一番近くのスツールの上に置いていたんですよね。それを回収します。


「……?」


 スツールを見た瞬間、私は眉を潜めました。


 スツールは座る所がクッションのようになっていて、その柔らかさたるやノートと問題集と筆記具を重ねたものを乗せただけで簡単に凹んでしまうほどです。ですので、それらを回収すると凹んだ跡が表面に残ります。


 不可解だったのは、同じような痕跡が他のスツールにも見られたことです。モノを置いたのは、ノート一式を置いたスツールただひとつです。私は他のスツールには何も置いていません。これは当たり前なことですが、上に何も置かれていないスツールが独りでに凹むなどありえません。


 あまつさえ、私は気付きました。凹んだスツールの上に手の平をかざしてみたら、ほんのり温度を感じたのです。


 つまり、導き出される結論は……。


 何かが背筋を這いまわっているような感覚がしました。この感情は、今は上手く言い表せないようです。

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