スパコンを悪用する妄想に、全振りして生きています。結果、ヤベー女子高生に絡まれてピンチです。

サイド

前編 世の中には俺が思う以上に、ロクデナシがたくさんいるようです。

 スーパーコンピューター「〇〇」、計算速度世界一!

 ネットや街頭の大型ディスプレイで、そんなニュースを見かける度、俺はいつもこう思っていた。

 そのパソコンを最大限に使って悪い事をしたら、何ができるのだろう? と。







「ただいまー」


 一日の学業を終え、帰宅した俺はドアを開けて玄関で靴を脱ぐ。

 家の奥から、夕飯の準備をする母さんの、「おかえりー」と言う声が返って来る。

 リビングへ一度顔を出しに行くと、中学二年生になる私服姿の妹が、座椅子にだらしなく背を預けて座っていた。

 不満顔だったので、「どしたの?」と問うと、包帯の巻かれた人差し指の痛々しい、右手をひらひら振る。


「突き指、あーんど、捻挫。大会前なのに早退とか。バスケ部なのに泣ける」

「そうか。ぎっくり腰だったら、普通に生活してた方がいいのにな」


 妹、苦い顔。


「それはそれで、痛くない?」

「三日ぐらい、ダラダラ寝てたいよな。最近のスポーツ科学はスパルタに過ぎる」

「否定はしないけど。……ねえ、それはそれとして、アニキ。いつも自分のパソコンで何してるの? 怪しいことじゃないよね?」

「別に普通だ。でも履歴とかは見るなよ?」

「見るワケないじゃん、気持ち悪い。でも私を巻き込むのは止めてね」

「へいへい」


 そんな事を言い合って、俺は自室のある二階へ上がり、ベッドへショルダーバッグを放り投げて、パソコンの電源を入れた。

 デスクトップが立ち上がり、俺はネットへ繋ぐ前に、一つ深呼吸をする。


「さて」


 今日は、どんな悪いことをしようか。

 腕を組み、人差し指で左の二の腕を叩く。

 改めて、最速のパソコンで悪い事をしたら、何ができるのだろう? だ。

 物心ついた頃から脳内に巣くっていた歪んだ発想。

 いい事ではなく、悪い事をしたらという仮定を元に、広がる発想に疑問はない。

 もちろん、ただの男子高校生……現在三年、である俺がスパコンなど手にできないし、それを元にサイバー犯罪じみた事など、夢のまた夢。


「んー」


 だから、俺は自分のパソコンの前へ座る時、視点をかえる。

 そもそも、自分のやりたい悪い事は、スパコンでないと出来ないのか?

 悪い事をするという目的にブレがないのなら、手段がスパコンであろうと家庭用であろうと、規模以外に違いはないだろう、と。


「うん、今の所、俺のやりたい事は家庭用で間に合う。じゃあ、始めますか」


 俺は、ぽんぽんとデスクトップパソコンの頭を叩く。

 頑張ってバイトして買ったゲーミング対応の自作パソコン。

 親のくれたお金や物で悪い事したくないし、自前のそれで。

 今日も、よろしくね、相棒。







「B商事、営業企画部。C広告代理店、撮影技術統括部。D出版社、第一編集部。三日前。さて、共通点は?」


 そしてきっかり三日後。

 放課後の教室で友人とダラダラしていた俺の前に、一人の女子生徒が唐突に現れて、そんな事を言った。

 俺は少し考えた後、一緒にいた友人に席を外してもらって、女子生徒へ答える。


「資産の不正流用、不正な報告、汚職の疑いがある。状況証拠は充分なものの、詰めろがなくて濁ってた案件だな」


 女子生徒は満足そうに頷く。


「で、三日前。証拠となる基幹データファイル周辺にアクセスの痕跡が残ってた。見る人が見れば、『いつでも第三者へ流出させられるぞ』と匂わせているのは明白だったわ。大事にならない前に横領犯には処分がなされるでしょうね」

「……暇なやつもいたもんだ。その犯人を突き止めて、わざわざ確認に来る女子生徒も含めて」


 彼女は誇らしげに微笑む。


「情報を外部へ流して炎上させると、関係のない人にも迷惑がかかるから、痕跡を残す程度にしたんでしょうね。……そういうピントの外れた配慮をする人間の顔を見たくなったの」

「悪趣味だな……。で、お前はどうして俺が犯人だと分かった? 爪痕は残したけど、追跡できる証拠はないはずだが?」

「うーん、色々あるけど……間合いというか、呼吸?」

「何だ、そりゃ?」


 首を傾げる俺の隣の席に、彼女は腰を下ろす。

 陽の傾き始めた教室はオレンジの光に照らされ、落ち着いた雰囲気に満ちている。

 遠くから聞こえる野球部のノック、サッカー部の檄。

 それらが、耳に心地いい音を残し、去って行く。

 やがて、彼女は話し続ける。


「私ね、小さな頃から『六法全書』や民事や刑事の『判例集』……あ、裁判の結果のことね、を見合わせて、穴を見つけるのが趣味だったの。『ああ、この判例に、この法律でツッコミを入れたら、弁護士はどんな顔をするんだろう?』って、ずっと考えてた」


 俺は嫌な予感を覚えつつ、気になった点を指摘する。


「そんなに簡単に穴なんて見つかるのか?」

「ううん。全然。無理」


 彼女は、あっさりと首を横に振る。


「実際に穴があるかどうかは問題じゃないの。現実に、『A』という判決は出たけど、『B』という結果が出る可能性もゼロじゃなかった。その発想だけ、あればいい」


 俺は少し考えて後を繋ぐ。


「えーと、今からでも『B』を出す為の情報を集めるのが……考えるのが好き、ということか?」


 彼女は満足顔で頷く。


「うん。実際にやるかどうかは別として、多分、そういうのが生活費を稼ぐために働くのとは違う、『私の仕事』なんだろうなーって思ってる。……で、そういう負けてヒネた発想で生きてたら、似た様な視点と言うか、出発点から物事を考えてる奴を見つけたのが、最近」

「あー……」


 俺の口から曖昧な呻きが漏れる。

 なるほど、負の発想ね。

 確かにスパコンで悪い事してみたいと思っても現実で叶わないし、家庭用で出来る事をやって今後に期待というのは、ネガティブ寄りだ。


「つまり、『最初に負けや不可能を受け入れてから、どう覆すのかを考える』……で俺は動いていたから、犯人だという心証を抱けたと」

「そうね。ユニークだったし。……きっかけもあって、下手人の目星が付いたから、都合の良さそうな状況証拠を集めて狙い撃ちしたって形。外れてもイタいやつだと思われるだけでしょ?」

「普通、そこで思い止まるんだがな……。酷いやり口だ……。普通、推理と証拠集めをしてから確保だろ。確保してから考えるとか……」


 俺は抱いた事のない頭痛を覚えながらも、認めたくない現実を見据えて続ける。


「どこで俺をホシにしたのかも気になるが……。で、そこまでして何の用だ?」


 俺の問いに、彼女は今までの中で最も凶悪な笑みを口元に浮かべた。


「さっきの不正をしていた三社の母体のA社は知ってる?」

「そりゃ、知ってる。世界に誇る超巨大企業じゃないか」

「そ。で、A社の社長は私の父親」

「……は?」


 先を聞きたくないと言おうとした俺を遮る様な早口で、彼女は続ける。


「最近、グループ会社のE社……これも巨大企業だけど、そのトップである私の叔父が道を踏み外しちゃって。金、女、名誉絡みね」

「……孫会社の社長に愛人を据えたとか、会社名義で豪邸と高級車を買ったとか、女子アナウンサーに手を出したとか……?」


 彼女が高らかに笑う。


「そうそう。多額の負債を抱えて会社が回らなくなってる。中小企業向けの融資を受けようとしたけど、資本の回収が期待できない返済計画を立てるから、断られまくり。……で、最後には経営者は従業員を守る義務があるのに……」


 俺は首を全力で左右に振る。


「ああっ、もういいっ! 聞きたくない!」


 次に眉間を人差し指で叩きながら、苦悶の息を漏らす。


「つまり、そのE社トップが持っているであろう、隠し帳簿というか、裏帳簿的なブツ……あるいはデータが欲しいから協力しろ、と」


 彼女はご満悦の様子で頷く。


「ま、そんなところ。貴方のパソコンとA社のパソコンをリモートデスクトップで繋ぐから、そこを経由して、E社へ入って欲しい」

「んー……」


 物理ネットワーク的には繋がるが、セキュリティと通信ラグのマイナスを含めると、なかなかに……いや、相当にキツイ勝負だ。


「法律的な方面からは私が攻める。揺さぶりをかけて、時間を私が稼ぐから、速攻で決められない?」


 俺は口をモゴモゴさせて段取りを頭の中で組むが、あることに気が付いて彼女を咎める。


「ちょっと待て。最悪、俺は逃げきれるかもしれないが、お前はどうする? 多分、社長の娘権限で社内サーフィンしてたら、うっかり怪しいデータ見つけちゃった、これ何!? みたいなノリで乗り込むんだろうが」

「わお、ほぼ、予定そのまま」

「冗談は止せ。最低限の安全は確保できているのか?」


 俺の剣幕に彼女は何故か楽しそうな表情。


「もちろん、ないわよ? んー、まー、そうなったらその時、考えよっか、って感じ?」


 彼女は笑うが、言葉に反して何かを確信している態度に、俺は返答に迷う。

 常識で考えて、小娘が裏取引の存在を仄めかした所で、その叔父が現実で何をどうこうするとは思えない。

 シラを切ればいいし、仮にそれが出来なかったとしても、叔父が姪に手を上げたという事態になれば、それはそれで問題だ。

 ……あくまで、常識で考えれば、そういう結論になる。

 俺は机に肘を立てて、右手で額を覆う。

 だが、いるのだ。

 現実と理屈の真逆を走ってためらいのないロクデナシが。

 スパコンで悪い事がしたいとかいう、叶うはずもない願いを持ち続け、それに準じる現状でとりあえず甘んじて、チャンスを窺っているヤツが。

 六法全書と判例集を見比べて、より良い解決法ではなく、穴を探して、出る事のなかった判決を出す為の情報を集める様な非合理なヤツが。

 予想外の理念は常に存在し、残念なことに、そういうセオリーは悪党ばかりが持っている。

 彼女だって、それを知っているはずだ。

 いつでも、現実は対応できない想定外のリスクで満ちている。

 それでもやるというのなら。


「……お前は、どうしても譲れない行動原理を持ってるな? 覚悟、というべきか」


 彼女は静かに口元だけで笑う。

 俺は大きなため息を漏らす。


「……分かった。やれるだけ、やることは約束する」

「オッケー。充分」

「だが条件がある」

「何?」

「その得の無さそうな理屈、教えてくれ。お前の全部の根っこだろ、それ?」


 彼女は、「ふむ」と左目を閉じる。


「いいでしょ。上手くいったら、全部教えてあげる。自分で言うのも気が引けるけど、結構な変化球だから、期待していいわよ?」


 俺は、この放課後のやり取りを思い出しながら、「ああ、そうだろうよ」と、やさぐれ気味に頷いた。


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