74.
会議棟から出ると、ちょうど十時の休憩時間だった。チャイムが鳴ってから第一棟に戻るのは少しもったいない。十分しかない休憩時間が減ってしまうから。
私たちは管理棟の休憩スペースを利用することにした。
「お疲れ様でーす……」
「…………れーっす」
野中さんに続き、部屋の中へと入る。既に数人がイスに座り、思い思いの時間を過ごしていた。知らない人ばかりで少しだけ居心地が悪い。
私たちは部屋の端のテーブルに揃って座った。
「久々にこっちで休憩したけどキレイだな、やっぱ」
「製造課は古臭いですもんね、どこもかしこも」
「何年前からあるんすか? この工場って」
私も前から思っていた。管理棟や会議棟は壁も床も、何もかもが真新しい。製造課も、もう少し整備してくれたら良いのにな……。
「コーヒー飲みますか?」
「
いつの間にか姿を消していた双葉さんは給湯室でコーヒーを淹れていたみたいだ。
「はい、
「うん。ありがとう」
この前、一緒に休憩した時と同じ。双葉さんはシュガースティックを一本添えて手渡してくれた。
よく見ると野中さんは無糖、松野さんは一本、
「藤代さん、これ見てー」
「なに?」
隣に座るや否や、双葉さんは嬉しそうにスマホの画面を見せてきた。オムライスの写真……?
「初めて! 若葉ちゃんが! ご飯作ってくれたのー!」
「へえ、良かったね…………え、初めて?」
「若葉ちゃんは料理が苦手でね……」
一生懸命に料理する姿が可愛かった、ちょっと卵が破けて涙になってるところも可愛かっただの、うんぬんかんぬん惚気が続く。
確かに料理苦手な子が頑張って作ってくれたなら嬉しいだろうな……。
さっきから口角が上がりっぱなしの双葉さんの表情が全てを物語っていた。
「そういえば隣の部屋の子がご飯作りに来るって言ってたよね。あれってどうなったの?」
「昨日来てくれたよ。一応、写真も撮ったんだけど……」
ハンバーグをお皿に盛りつけた時の写真を見せる。
双葉さんは余りのクオリティーに目を丸くした。
「高校生って言ってたよね……マジ?」
「うん。今、高校三年生だって」
私が高校生の頃は料理なんて全然出来なかったな。一応、ご飯は用意してもらえていたから。
「はー、すごいね。私が高校生の頃、料理なんて調理実習でくらいしかやったことなかったよ。一人暮らし始めてから練習し始めて、ようやくって感じ」
「私もだよ。今ですら彩織の足元にも及ばないかも」
「彩織ちゃんって言うんだ。藤代さん、高校生に手出しちゃ駄目だからね?」
「出してなっ……いよ?」
「なに、その間……。え? 駄目だからね? 本当に」
出してないと言い切ろうとしたけど、昨日の夜のことを思い出して言葉に詰まった。手は出してはないんだけど、家に泊めたしな……。
双葉さんが焦り始めた時、ちょうど休憩終わりのチャイムが鳴った。
「さ、仕事に戻ろう」
「え、ちょ。気になるのに。その話、お昼に詳しく聞かせてよ!」
マグカップを片付けると言った双葉さんは給湯室へと歩いて行った。本当は私も手伝いたかったけど、双葉さんが丁重に断られたから野中さん達と第一棟へと戻る。
「とりあえず多井田と松野は自分の仕事に戻ってくれ。俺は今から品証に応援要請する。双葉さんと……汐見あたりを借りられたら良いな。うちからもあと一人くらい手伝えないか相談してくる。藤代さんは先に改善室で準備しといてくれる?」
「分かりました」
事務所には戻らず、第一棟の一番端っこ、改善室へと向かう。
改善室は文字通り改善作業をする部屋だ。作業台と工具、改善用の消耗品が所狭しと並んでいる。
双葉さんと一緒に中断カードを作った時もこの部屋を使った。
第一棟は広い。端から端まで歩くのに二十分はかかる。そんなに広いのにもう空きスペースが無いのだから不思議だ。
正確な面積は分からないが、とにかく広い。工場全てを回るために一時間以上かかるんじゃないかと思う。
この工場に入社する前、工場見学にものすごく時間がかかったことを覚えている。管理棟も会議棟も第一棟も。端から端まで全て見せてもらったから特に時間がかかった。
懐かしい思い出に浸っていると目の前に改善室が。入口付近のスイッチを押し、電気を点けた。電気を点けたものの室内は薄暗く、管理棟とは大違いだ。
前に双葉さんとカードを作った時、量産するかもしれないからと原紙を残しておいた。
それを取り出し、机の上に置く。あとはラミネーターの準備。工具棚から取り出し、電源を入れる。温まってからじゃないと使えないから早めにスイッチを入れておくのだ。
そこまで準備が終わると次は机の上に散乱した工具やゴミに目がいく。誰が使った後なのか知らないけど、片付けておいてほしかった。
これからみんなで作業するなら片付けておかないと——
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