ep.25 不撓不屈
ナタリー・ヴェシエールは非武装状態の人間も多数いるであろうブリッジに単独で向かっていた。何も出来ないはずの女は何かを成し遂げるために走っていた。
フリッツとワイアットと離散してから数分で彼女は目的の場所へと到着する。
扉を開ければ多数の連絡が飛ぶように交わされていた室内がナタリーの登場によって一気に静まり返った。
「全員、そこを動かないで!」
辺り一面の海はガラス越しから陽光とともに味わえる空間。戦艦でなければ素晴らしい景色であるが、ナタリーはそれを気にすることも無かった。
アルメストリアの発動準備は既に済ませている。驚いた表情の乗組員たちを脅迫する勢いで室内へと入り込む彼女だったが、彼らの視線が自分に向いていないことに気付くと、その目の先を見やる。
「皆さん気をつけて、ここはおれがやります」
「あなたは……」
そこにはどこかで見たような顔だった。少年のような顔の出で立ちの男は先の戦いでワイアットが相手取ったという者だった。ひ弱で戦場にいるべきでないと相手にすら評されていた男である。
だが、今日の彼は誰よりも闘志が湧いているように見えた。
「たしかあなたは前にワイアットの足止めをしてたって」
「そうだ、おれには足止めしか出来ないんだ!!」
事実を皮肉として受け取られる。彼は自分が弱者であるという認識を持っているようだった。その事に気づいたナタリーは足を動かして彼に接近した。
「ぐッ!?」
咄嗟の反射で彼の剣がナタリーの攻撃を防いだ。それは本能によるもので理性としては攻撃されたという事実を受け止めることが出来ていなかった。それは戦場における弱者の証であった。
鍔迫り合いから逃げ剣を振り返す彼にナタリーは自身のイクスを少年の背後に忍ばせた。
「なっ!」
「アルメストリア!!」
彼は見事に天井に打ちつけられ、重力に引き戻される。ナタリーは自分が油断をしなければ確実に勝つ相手とも感じる。しかし、僅かな可能性を見捨てるような人間ではないことを自負しており、彼のような敵が相手であっても決して手を抜く事は無い。
「あなたの戦い方はまるで世界に絶望しているみたい」
彼の生き方が気に食わなかった訳では無い。純粋な疑問だった。
「その歳でその戦い方、地獄に触れたというか、どうでもいいみたいで」
「……そうだ」
這いつくばり肘を寝かせる彼、フェルザーは今にも血が出そうな口を開けた。
「俺はもう、死にたい。誰も俺を気にかけてなんかいないんだ。弱い俺は何も出来ないんだから、もう、要らないんだよ」
「……………………」
「どうせ俺なんか誰も必要としてないに、決まってるんだ」
黙りこくった。どうしてもその思想に共感が出来なかった。しかし今ここで彼を殺せば、過去の自分を殺すようでいたたまれない。
世界にとって不要であった彼女に味方についたものは誰一人として居なかった。どうしてこんなに他人に必要とされなくなったのかという理由は二十数年生きた今でも彼女は知らなかったが、きっとほんの些細なことだと思っていた。
誰かに求められる自分に優越感に浸ってみたかった。存在を消されたナタリーはそれだけを世界から欲した。
求められるようになった内にその気持ちはどこかへ消えてしまった。代わりに芽生えたのは権力でも金でもましてや優越感でもなかった。
「それはあなたが信じることを忘れたからでしょ」
「っ!?」
フェルザーが見上げた先にあった顔は変わらず戦意しかなかった。しかし、彼女が吐いた言葉は自分には殺されるほどに刺さった。
過去の自分の鏡写しのような存在にアドバイスをしてしまった。敵である男にすら情をかけてしまう。ナタリー・ヴェシエールは改めて自分を半端な人間だと思った。
「そう、だ。俺には信頼してくれた人がいる。あの人の為にも、俺はまだ……!!」
膝をつきながら立ち上がるフェルザー。ナタリーも今度は確実に殺そうという目付きだった。
かつての自分を前にして彼女は再び決意した。もう迷うことは無い、ただ仲間を信じる為に戦おうと。
「フェルザー・エッフェンベルガーの名にかけて、俺は……!!」
刹那、ブリッジの全てのガラスが割れた。
「何っ!?」
入り込む風はナタリーやフェルザー、乗組員など全ての人間を吹き飛ばす。今いる海域に嵐が生まれるという予報は無かった。あらゆる物が飛んでいく中、ナタリーが半目で見たものは大海を背に宙に浮かぶ人間だった。
「これはっ……!!」
「これが私の風を司る魔術だ。イクスなどという劣化品には真似ることすら出来ない純正の威力と言う奴だよ」
「大佐っ……!?」
自身の軍の戦艦であるヘイブンに酷い仕打ちを行うディルバートは乗組員とフェルザーに指を差した。
「君達、逃げたければ逃げたまえ。もっとも、私が世界を壊すことは決定しているが」
「なにを言ってるの……!?」
「無知は無力と同義。ブレイジスの女よ、見ていると良いさ、世界の浄化が成される瞬間を」
コートの中から取り出したのはグリップの先に小さい突起が付いたようなものだった。
ナタリーは察してしまった。それは世界を破滅させる兵器であると。
「待って!! それは……!!!」
突起はディルバートの親指で潰された。戦艦全体は揺れ動き、ありえないほどの音を立て続ける。それは彼によって放たれてしまった。
「たった今、浄化せしものを発射した。時間が少し経てばこの世は破壊の限りを尽くし合う」
「なんて、ことを……!!」
許されない事をした。戦争に一切関係ない市民が抗う事も出来ずにひたすら嬲り殺されていく。その事実は、ナタリーにとって到底許せる事ではなかった。
ナタリーが悔しさを拳に秘めたその瞬間地震のような揺れは収まった。
「ん?」
彼女もその違和感に気付いた。ミサイルは空を舞っていなかった。
「マスト・ディバイド、あくまで私に楯突くつもりか。良いだろう、ならば私がこの手で世界を壊してみせようではないか」
何が起きたかはわからない。だが浄化せしものの発射は一旦は防がれた。フェルザーは驚きを隠せずにいたが、乗組員に戦艦からの撤退を指示する。
「速く、速く逃げましょう!」
強い風がその場全員に当たっている中、手でアピールするように促し乗組員も自分の意志がないかのようにぞろぞろとその場を後にする。
「まずは貴様だ、女」
今、この世界を最も脅かす人間にナタリーは出会ってしまった。彼女は自身の運命を悟りつつも、抵抗する意志を見せた。それがたとえどんな結果となってもナタリー・ヴェシエールは自分が信じる仲間のために戦う。
「アルメストリア……一緒に来てっ!」
「エスペランサ、私を導くがいい」
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