ep.22 嚆矢濫觴



 ブリッジに隊員の声が響き渡る。


「およそ十キロ先に敵艦と思われる反応を確認、恐らく浄化せしものを搭載した戦艦であるかと!」


「艦内に伝えろ。総員、第一種戦闘配置!」


 その声はウェイブ・ノット全域に届いた。声の主がカンデラスであることは誰にでも分かり、各々が戦うための準備を始める。

 ある者はブリッジへ向かい、ある者は装備の最終点検を行い、ある者は装備を身体に着ける。誰もが己の任務を全うし生きて帰る為に戦おうとしていた。


 フリッツとワイアットもそんな人間の内の一人であった。


「なあフリッツ」


「なんでしょう?」


「俺はお前の事、ちょっとだけ勘違いしてるかもしれん」


 足並みを揃えて同じ場所を目指す二人。もうすぐ死が連続して怒り続ける現場へ向かう中、ワイアットは自身の胸の中にあることをフリッツに告白した。


「と、言うと」


「なんつーか最初は何にもしない奴だと思ってた。いや、そういう意味じゃなくてな。波を立たせようとしないって言うやつだ」


 ここまで言いながら、少しだけ保身に走るワイアット。だが自分が思っている旨だけは伝えられたことに我ながら進歩しているとも気付いていた。そしてもうひと言。


「でもそれは俺が知らなかったし知ろうとしなかっただけで、お前は何か起こせる奴なんだって俺を助けてくれた時に思ったよ。聞いたぜ、立候補したんだろ?」


「はい。ワイアットには世話になりましたから」


「世話?」


 そんなことした覚えがないと言わんばかりに、頭を抱えるがフリッツがすぐさま答えを提示する。


「俺にとって俺の味方をしてくれた人は皆、世話になった人です。返せるチャンスがあったから、返したんです」


「……やっぱり俺はお前を勘違いしてたよ」


「どういうことなんです、それ?」


 善良な人間性であることは理解していたが、そんなにも義理堅い人物であることは知らなかった。なんでもない男だと自負していたはずが、それよりかは上位の存在であると認識されていたことに初めて気付くと照れ臭くなってしまう。


「ワイアットは俺のことどう思ってるが知りませんけど、俺にとってのワイアットは仲間であり、それ以下なんて有り得ませんよ」


 それは信頼ではないが、確かな情が芽生えているのは確かであった。


「……ありがとうな」


「いえ…………あっ」


 会話が途切れそうになり分かれ道を左折しようとした瞬間、右手から現れたのはアルテュールであった。


「お前も同じとこだろ、行こうぜ」


「黙れ、そんなことお前に言われなくとも分かっている」


 ワイアットが気分のいい状態で彼に催促すると手厳しい返答が返ってくる。当たりの強い彼に何を言われても今のワイアットには何も効かなかった。


 細いパイプは数多の方向に伸びていき終着点を探すようにして曲がり続けるが、三人はとある場所で止まる。そこにはナタリー・ヴェシエールの姿もあった。


 目の前には固く強固な扉が設置されていた。


「行くよみんな、私たちと私たち以外を守る為に」


 ドアノブを回して押すと外界の陽射しが四人を突き刺す。しかしあと数時間ほどで夕暮れになりそうな位置に居座る太陽を視界に入れながら、デッキの周りを走り続けた。


「作戦は分かってる?」


「こんなの、シンプル過ぎて忘れることも出来ねえよっ!」


 ならよかった、とナタリーの表情は柔らかくなる。そして、戦艦の正面には黒点が迫ってきていた。各々が準備を始める。


 ワイアットはどこで覚えたかも忘れた準備運動を行い、ナタリーは武器を手に持つ。いい緊張を持って二人は作戦に挑もうとしていた。


「エルメサイアッ!」


「ウルリベンジャー……!」


 隣に居た青年たちは未来を守護する騎士と射手となり、目の前の黒点に仁王立ちのような状態で相手取る。ウェイブ・ノットに乗船している全ての人間が戦う用意を終えた。


 その黒点、ガーディアンズの戦艦はにじり寄ってくる。すれ違う気なのかもしれない、正面衝突して相打ちを狙っているのかもしれない。だが、たとえどんな戦術を持ってきたとしてもカンデラスが執る作戦はこの世全てに存在するどんな兵法よりも簡潔かつ、不安定なものだった。


「ウェイブ・ノット全武装の砲門を敵戦艦に向け、発射準備に備えろ!」


 怒号にも近い声量でカンデラスが命令すると、取り付けられた武装は指示通りに動き慎重に敵戦艦に頭を向く。

 ガーディアンズの戦艦はようやく形を細かく認識できるほどの距離に近づいてくる二十キロを切った辺りで、その場の全員が唾を飲む。カンデラスはまだ、まだ近づけさせられると信じていた。


 敵は先んじて動いた。敵の艦砲は轟音を立てておよそ五インチの砲弾を何発も放つ。その全弾は幸い当たっておらず、フリッツはほっと一息つくが、戦いは終わっていない。次弾装填に時間がかかっているのか、体感時間が長く感じているのかすら、今のワイアットには分からなかった。


 しかし、その言葉でふと現実に戻ってくるようだった。


「ウェイブ・ノット全武装、発射ッ!」


 大海に響き渡るその音は壊滅的打撃を喰らう前の先制攻撃。辺りに島一つ見えない中、放たれた砲弾はガーディアンズが放っていたものと比例するように外れる。以前としてウェイブ・ノットは全速力で直進する。


「三人とも! そろそろよ!」


 ナタリー、ワイアット、フリッツ、アルテュールがそれぞれ助走の体制に入る。デッキの右舷側で待つ四人に対して戦艦同士の距離が五キロほどを切ったところでガーディアンズは衝突を回避しようと旋回を始める。


「第二射あああ!!!」


 ウェイブ・ノットとガーディアンズ巡洋戦艦、ヘイブンは互いに一斉掃射を行う。他全ての音がかき消される爆音の中、ナタリーは合図を出した。


 四人全員が全力疾走を始める。船体が離れていきそうな所をウェイブ・ノットが擦り寄る。カンデラス・マルハリサの指示であろうと推測する。前日に行われた会議で彼が言っていた作戦を思い出す。


 お前たちイクス使いの戦い方は至ってシンプルだ。船体がどんな損傷を負っていたとしてもウェイブ・ノットは敵戦艦の横に張り付く。その瞬間にお前達はガーディアンズの戦艦に乗り込め。誰か一人でも乗れたのなら上出来。それ以上ならば、最高だ。


「うおおおおおおおおっっっ!!!」


 ウェイブ・ノットの左舷の船体が爆発音、発射音に紛れながら磨り減っていく。そのチャンスをワイアットたちは見逃してはいけなかった。


 両軍の砲弾は互いに直撃し、火災が起き始める。ミサイルがこの撃ち合いで壊れていれば万々歳であるが、確認する術はたった一つしかない。そしてそれは、現在行っている作戦である。


 船体同士が削れ悲鳴を上げる中で四人は一斉に、全く同じタイミングでその足を宙に浮かせた。


 時が止まるような感覚がした。その刹那だけ周りの音が何も聞こえなくなった気がした。しかし、ワイアットは決意していた。


 ここでは死なない、と。



「うおっ!」


 着地を失敗したワイアットはヘイブンの船尾のデッキ上で転がり込むが、ナタリー達は綺麗に足を止めた。立ち上がってすぐさま彼女のもとへ走りこれからの指示を貰う。


「フリッツはワイアットと一緒にミサイルの保管場所に向かって、私はブリッジへ向かう。アルテュールは…………」


 その場に、その空気に殺意を感じた。誰もが声を発する暇すらなくその場に伏せた。

 生まれたのは一つの影。永遠に続くような長く細い影は身体を丸めるように視線を下げた四人の真上を通り過ぎていった。


「俺は決めた。悔いの残らない生き方をすると。その為に先ず、お前らを殺すと決めた」


 艶やかな黒髪を乱雑に切ったような男が目の前に現れる。


「ヤツは俺がやる」


 アルテュールが一歩前に出る。その黒き射手の手で殺した存在を想っていた男は剣を彼に向けた。


「覚悟は出来ているな?」


男はアルテュールに愚問をぶつけた。


「お前なんかに問われるまでもなくな」


 黒き仮面に覆われた顔がワイアット達に向くと先に行けと命令しているようだった。ナタリーが頷くと、アルテュールは真っ先に男に向かって動いた。同時に三人も動きだし各々が目的の場所へ向かった。


「復讐のつもりか!」


「いいや。俺はただ俺の前に跋扈する人間を、お前を殺すだけだっ!


 アルテュールとハルバートを背に三人は船内へと入っていった。

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