ep.14 百花繚乱


 声変わりをしたばかりのようで声色に鋭さの感じない声帯を持つ男は上官に対して丁寧に質問した。


「中尉、これからどうするんですか?」


「三号機は既に俺たちの物だ。あとは海上にいる……准将と合流すればいいだけさ」


 何か含みを持たせたような言い方を誰かがした。周りはそれに気づくことも無く続けて質問を行った。


「三号機の現物はどこに?」


「彼が持ってる。計画通りだ」


 以降、軽快に物事を進め部下の指揮を執るのは前大戦の生存者、マスト・ディバイド。時計を見ればブレイジスとの戦闘から撤退して数時間が経過した頃だった。前哨基地での休息と海岸線までのルートの立案などに時間を割いていると、雲は太陽の光を完全に阻害し空は怪しい色に染っていた。


 物腰柔らかな口調で話を続けるマストの周りには二号機を奪い損ねたフェルザー。そして三号機を持つ男が居た。


「おれがあの時、あの人に時間を食われてなかったら二号機も奪えてヴィオラさんも……」


 後悔の念が絶えないフェルザーにマストは言葉をかけた。


「それだけで済まなかったかもしれない状況だった。フェルザー、君に出来る最善を尽くした結果がこれなら受け入れる他無いんだ。次に同じ失態を繰り返さなければいいんだよ」


「はい……」


 激励を行うが声のトーンはそのままのフェルザー。これ以上彼に何かを言えば彼の中にある自尊心が崩れていってしまうのを危惧した結果だった。その会話から数分も経たずにもう一人男が林から現れるとマストは誰よりも早く反応する。


「ハルバート、ヴィオラの埋葬は済んだか?」


「はい。ゆっくり出来るかどうかは分かりませんが現状では最高の寝床だと思います」


「そうか……」


 人を失ってしまった悲しみは何時になっても耐えられず、どうしても涙が出そうになってしまうのを必死に堪える。他人に顔を見せぬ仕草を見せてたった一言虚空に向かってつぶやく。


「俺はまた、守れなかったのか」


「中尉?」


 彼のことが気になったのか、三号機を持つ男は心配そうにマストを見るが当のマストは取り繕った笑顔をそちらに向ける。かつて通信士をしていたもののこの作戦を行うために前線へ出ることとなった男が差し出すのは無用の心配だったと言いたげな表情であった。


「なんでもない。チェスター、戦いは本職じゃないと聞いたが期待はしている。頑張ってくれ」


「はい! チェスター・ハインズ伍長、三号機を頂いたからには全身全霊をもってして作戦に臨む所存であります!」


 そう畏まるなと手を使ってアピールした後、四人の男たちはその場を離れて上官との合流を急ぐ。チェスターと呼ばれた男はアタッシュケースを背負い、フェルザーは先行してルートの確保に乗り出す。


 それに追随するべくマストも歩きだそうとした時ふと後ろを見るとハルバートは棒立ちになって遠くを見つめていた。彼の肩に手を置いてマスト自身を認識させると何かを決意したように頷いてみせた。


 そしてその奥に映る景色もその美しい世界に紛れ込む人間もマストには見えていた。


「追手か。ハルバート、フェルザーは先行して合流ルートの確保を。ルートの変更等の選択は当事者である君たちに任せる」


 素早い判断にそれぞれが呼応する。


「チェスター、君は俺と殿しんがりを務める。三号機のお披露目のチャンスだ」


「はい!」


 ケースから三号機の力の根源を成す武器を取り出す。それは全てを穿ち悪しきものを遠ざける象徴だった。

 複数ある足音は段々とマストたちに寄ってくる。自分たちのモノを取り返す為に。


「マスト・ディバイド。はじめまして、だよね」


「こうして会うのはな、ナタリー・ヴェシエール。いったい今日はどんな御用で?」


 位の高い人間を招き入れたかのような口振りのマストはナタリーも真摯に答えてみせた。


「それは貴方達が一番知っているはずだよ。ファングシステム、返してもらおうか」


「たまたま通りがかったところに欲しいものがあったから拝借しただけだ。近いうちに返す」


 敵が一方的に交してきた利益のない口約束ほど信用出来ないものはない。ナタリーは彼の詭弁を一蹴した。


「今返してもらわないと私たちが困るんだよね。ワイアット、君からも何か言いなさい」


「それくれねぇと俺達が困るんだよ」


 ワイアットはナタリーが放った言葉を模倣した。冗談のように振る舞う彼の目には確かな戦意が宿っておりマストを見つめ続けている。


「チェスター、それを起動しろ」


「はい!」


 命令を受けてチェスターがアタッシュケースの中から取り出したのは銀と黒、そして|紅(あか)の色が取り入れられた全てを貫く槍だった。


「あれが三号機……」


「アイツっ、使う気なのか?」


 ナタリーでさえ現物は初めて拝見した。チェスターは迷うことを知らないかのように手に取る。マストの期待を重圧とは感じておらずむしろ心地のいいものだとさえ思えている彼が唯一負の感情を生み出す瞬間は強いと分かっている者と戦わなければならない時だった。


 槍を右手に持ち、大きく息を吸う。刃先がワイアットに向けられたその時、チェスターは声を上げる。


「ファングシステム、起動しろ!」


 チェスターの辺りに光が漏れ出す。ワイアットが近づいて制止させようとするがその行動をマストが易々と見逃すはずもなかった。


 足下に散弾をばら撒かれると思わず後ろ一歩に下がり回避行動を行う。

 ワイアットはおろかナタリーでさえマスト・ディバイドの魔術の全貌は計り知ることが出来ない。原理などを追い求めることは無意味だが、その力の一端であることすら無知であるということに、モノを知らないということに恐怖を覚えるようだった。


 フリッツはワイアットに少しのいとまの間にファングシステムについて話していた。


 頭の中に声が響き、ファングシステムの起動に必要な手順を踏み、知らないはずのその名がすっと入ってくるようだったと言う。まるで元から知っていたかのように生まれる。銃の男に強制的に足取りを止められるワイアットはきっと三号機を手にした彼にも同じ事が今まさに起きているのだと確信していた。



「フルデトネーターぁぁぁ!!!」



 当たりが光にと覆われその場にいた全員が目を覆う。髪の毛が全て後ろへ逆立つ程の風をその身に受けながらワイアットはその瞳を薄く開く。


 天から降臨せしめる神のようにその姿は人の前に現れた。

 機械的に噴き出された煙の中から出てきた。

 決して覇気があるとは言えないが、確かな意志だけはあると感じたたれ目の青年はその上面(うわつら)を被りワイアットとナタリーの前に立ち塞がる。


 ワイアットが左に目線を逸らした先にはナタリーがいた。そういえば、彼女と先程ここに来るまでに何かを話していたような気がした。

 他愛の無い内容だったせいか、記憶力の無いワイアット自身の頭のせいか、彼女が吐いた言葉を上手く思い出すことは出来ないが今思い出すほどのものでもないとも確信していた。


 ナタリーと目線が合うと彼女は決意した表情で首を縦に振る。ともに立ち向かおうという合図は呑む。


 二人は純白と漆黒、そして深紅の意匠が込められたそのに背を向けることは無かった。


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