ep.13 多事多難


「そうか。で、見事にファングシステムは守ってくれたと」


「はい、今からアルテュール君がそちらに帰投するので彼を休ませている間にも整備をしていただければ」


 ナタリーの通信先であるグラシアナは彼女の提案を二つ返事で了承した。二人の通信はワイアットとアルテュールも聞こえるようになっていたがアルテュール本人は自分に身についている体力以上の負荷をかけていた事もあり、疲れ果てた様子で俯いたままその会話に入り込むことはなかった。


「博士ぇ、よろしいですかぁ……?」


 基地にてあの弱腰な司令とグラシアナは現在同じ部屋に居るらしく、小声で内容は分からないが何かを話していることも分かっていた。だが司令は困惑し焦っているようなのは明瞭な声を聞かずとも理解した。



「え? それはつまり……なるほど。私の時間と労力を無駄にしてくれたんですね。ふっ、冗談ですよ……」



「博士?」


 ナタリーが問う。司令に不手際があったような会話はワイアット達にも筒抜けであった。それはつまり、ワイアット達にとっても重要な事柄であるからこその漏洩であった。


「ああすまない。今から君たちにはある事実とそれに伴った任務を与えなければならなくなった。もっとも、その事実を先だって君たちに明かしていたり護送ルートの綿密な計画などを行えば防げたはずのことだ」


「一体何を言って……」


 グラシアナが僅かに息を吸うと、ほんの一瞬だけ静寂が訪れるがその静けさは彼女自身によって打ち破られる。



「ナタリー、ワイアット。今から君たちには先程、カラチ支部への護送途中に奪取されたファングシステム三号機を奪い返して貰いたい」


「えぇっ!?」


「三号機……?」






━━━━━━━━━━━━━━━






 かの基地にてグラシアナを護衛していたナタリーでさえ、その情報は知りえなかった。

 話を聞けばその存在を知る者は極僅かだと言った。グラシアナ、ひ弱な司令、カラチ支部の司令、そして三号機の製造の命令を出したカンデラス・マルハリサ。


 護送を担当した人間にさえその積荷の正体を明かさなかったことから特別重要な代物であることは確か。ワイアットやナタリー達による戦闘は一種の陽動という目的もあり、戦力と時間をワイアットらに割くことで容易に支部へと運ぶ魂胆だった。


 しかし、ワイアット達がハルバートらと交戦する直前にそれは奪われてしまった。


 襲撃された護送チーム、計九人は全滅。うち瀕死の状態だった一人が護送先であったカラチ支部へとSOSを入れ先程グラシアナの下へそのしらせが届いた。


 ナタリーのような傍付きとも言える人間やフリッツ、アルテュールなどの他のファングシステム適合者には明かさなかった理由の一つはその隠匿性を駆使した作戦を行う予定であったこと。

 夜間の奇襲や僻地での少人数での戦い、前大戦から失われた数的優位を今よりも有利にするには新たな特殊部隊を兵士にすら秘密裏に結成しその部隊の核となる人物に三号機を託す予定だったらしい。


 現在の戦争が始まる瞬間、約半年前から計画されていたが技術的、経済的な支援がグラシアナに届くまでにブレイジス幹部による中抜きや国連のスパイによって揉み消されてしまっていたこと、本格的に計画が動き出した直後にその部隊が解体されてしまったことによりファングシステムという技術自体が行き場を失っていた。


 しかし適合者自体は見つかっていたことからも一号機と二号機は開発を続行、フリッツとアルテュールの手によってようやく日の目を見ることとなった。

 三号機も最近になってようやく光明が差しグラシアナの開発も再始動、完成にまで至ったが結果はこの有様となってしまった。


 そしてもう一つの理由は三号機こそが完成された、欠点などどこにもないと思えてしまうほどの傑作である可能性があることだった。


 エルメサイアはフリッツの手に渡る約三ヶ月前から完成しウルリベンジャーは三号機とのほぼ同時進行での開発だったという。

 前二機の欠点を鑑みた上で開発に注力できる点において三号機は完璧にならざるを得ないというべきものだった。


 フリッツ達のような適合者でなくとも複数回の使用を可能とし、平均的な基本出力は七十パーセントを越え魔術師とは十二分に戦える。

 それはまさにワイアットが当初聞いていたファングシステムの理念、誰もが装備できる普遍的な力という言葉を体現しているようだった。


 性能が抑えられている反面、拡張性に優れた一号機。

 多様な遠距離攻撃の手段を持つが近距離での決め手に欠ける二号機。

 基本出力が高くどんな者でもある程度の力を発揮できる三号機。


 そのどれもが戦争に使う装備としては至高の一品であることは間違いない。だからこそ敵であるガーディアンズもファングシステムを狙うのだと言いながら、グラシアナは渾身の技術の結晶をワイアットにも分かりやすく説明した。




 自分が作り上げたものに対して随分と過大な評価をくだす人間だと思いながらもその説明はすっと頭に入ってくるようだった。生まれた時から頭の作りが違うのか環境によってそうなったのかは知る由もないがワイアットにはそのようなものを生み出す頭が足りないのは自覚していた。


 既に日が出ていてもおかしくない頃の時間。太陽は雲に隠れ雨が降り出しそうな空気へと変わっていた。ワイアットとナタリーは以前から敵の前哨基地があると噂されている場所へと南下していった。


 作戦の概要を粗方理解しているワイアットはナタリーに自分が理解出来ていないことを投げかける。


「さっきの俺の力は何だったんだろうな」


「さっきの?」


 アルテュールは既にグラシアナ達の下へ帰投している中、二人だけしかいない道中でナタリーは聞き返してしまった。


「俺の手の甲から気持ち悪ぃ紐みたいなのが出てウルリベンジャーを取り返したの見てなかったのか?」


 その言葉を聞くと情景が脳裏にすぐさま呼び起こされナタリーは唸る。


「そういえば。自分の意志でやったんじゃないの?」


「まさか。俺のイクスなんて俺でもよく分かんねえけどブン殴るだけのモンかと思ってたんだ……すよ。必死にあの男に対抗しようとしたらアレが出てきて」


 後付けの敬語をするくらないなら自然にしていいわよとワイアットに注釈した後にナタリーは深く考えることもせずありのままの結果を答える。


「私が知り得る君のイクスに対する情報は自分の血を力として行使する……って感じだったよね」


「多分、そういう解釈でいいんじゃ」


 本人が訳も分からず扱いこなせている以上何も言わないナタリーは目の前にいる自分の身体の理解が足りていないゆえに難しそうな顔をする青年をよそに続ける。


「多分それも一種の血の力、なんじゃないかしら」


「つーと、どういうことだ?」


「ワイアットが今まで行ってきた防御や殴りでの攻撃はいわば。血の巡りを活性化させることで自分の腕に普通の人なら発揮できないほどの凄まじい力を逐一与えているからできる芸当だね」


 口をすぼめながら彼女の説明を脳内で噛み砕いて覚えるワイアット。体格のいい外見や横柄な言動とは裏腹に理解力などは人よりある方だとは本人は微塵も思いもせず当たり前の事として受け入れている。


「さっきワイアットがやったことは、とも言うべきものなのかな。循環させていた血の力を一気に外に出すことで新しい手段を得られたってことじゃないかな」


 それが形となって現れたのは紐ではなく循環する血にまつわる細長い管。血管だった。使い方はおよそ血管としての機能に備わったものではないが役にはたった。


「なるほど、俺がやろうとしなかっただけでやろうと思えばいつでも出来たわけか」


「きっとワイアットの戦い方の幅を広げてくれること間違いないよ」


「頼りっぱなしにはならないですがね」


「その方が君の性に合ってる」


 あくまでも信じるのは自分の力。イクスはそれを支える補助のようなものだと考えるワイアット。これにはナタリーも否定しなかった。


 自身の新たな発見について考えを深めたとともにもう一つ気になる疑問があった。


「マスト・ディバイドってのは?」


「え?」


「アンタがあの銃の男をそう呼んだだろ」


 アリアステラ戦線。彼女はそこで知り合ったと言うがかつての戦争を経験していないワイアットは聞き馴染みのない単語だった。


「ああ、なんてことないのよそれは。ただあの顔に見覚えがあったってだけのこと」


「あいつも魔術師なんだろ、どんな能力なんだ?」


「空間にモノを仕舞う能力というのかな」


「はぁ? なんも戦いに関係ないような……」


「ものは使いようだよ。銃火器は幾らでも彼の中に眠っているし、グレネードだって爆弾魔の様に出てくる」


 弾丸の雨の理由が分かると恐ろしくなってくる。ワイアットはいくつもの銃弾が自分の身体を貫通して穴だらけになる瞬間を想像してしまい思わず舌を出して拒否反応を見せるほどだった。


「こえぇ。そんな奴にどうやって生き残れたん、すか」


「生き残れてなんかないよ。戦っていた同僚はサムライなのに腕をもがれてたわ。なによりも……」


「なによりも、なに?」


 ワイアットも感じるほどの異常な空白は時間だけが過ぎていった。はっとした表情でナタリーはこう続けた。


「なんでもない。ただマスト・ディバイドよりももっと強い魔術師があっちにはいたから」


「そりゃアンタからしたら悪魔だな」



「…………ええ、そうかも」

 

 会話には再び隙間が生まれたが、それを埋め合わせるようにナタリーは自分の喉から絞り出すように言葉を発した。


 何年も戦ってきたはずなのにナタリーは今、とある思考に立ち返っていた。誰しもが抱いた疑問は年月が解消してくれていた。その疑問に彼女は会話の合間という僅かな時間で立ち向かっていた。


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