ep.5 冥冥之志



 青年が目を覚ました時、草木に覆われていた土地が彼に覆い被さっていた。


「ん、俺は何を……」


 見覚えこそないが何かが起きている音が近くから聞こえてくる。目を擦りどこにいるか、何故こうなったかを把握する為に一帯を見渡す。自分の持っているものを確認すると、どうしてこんな場所にいるのか大体の検討がついてきた。

 そして近くで鳴るその音は銃声にも似ていた。


「あ、おれ……!」


 青年、フリッツ・クライバーは漸く思い出した。

 何かに首を絞められ立ち上がり反撃しようとした時、足元がふらついたせいで自然に出来た二メートルほどの段差から落ちてしまい今に至るのだった。


 気を失ってからどれほどの時間が経ったか腕時計で確認すると、最後に見た時よりおよそ十七分の時が過ぎ去っていた。時計の針が指す場所は刻一刻と変化していく。


 自身が持っているファングシステムを入れたアタッシュケースは大事そうに抱えながら落ちたおかげで目立った損傷も皆無だった。わざわざ開けて中身を確認する手間よりも彼は気にするべきものがあった。


「二人は……」


 首に若干絞められた傷跡が残っているフリッツは、いち早くワイアットとアルテュールの下へ行かなければならないと腰を上げて二人のもとへ向かう。


 小さい崖と言っても差し支えない段差と対面する。

 背中に背負ったケースは落とさぬように、しかし二メートルの壁を越えられるように少し遠い場所から走り始めて大きくジャンプする。


「っしょ……!」


 両手とも崖をつかみ、そのままの勢いで左肘を乗せる。そこからの手順は身体が覚えている。


 フリッツの四肢全てが崖を越えた時目の前にあったのは先程まで一生を共にする予定だった樹木だった。

 人であれば痛々しく見えるだろうその鞭によって傷つけられた木の向こう側に彼らは居た。


「うおらっ!」


「ふっ!」


 ワイアットがレイピアを持つ敵を相手しながら、奥にいる鞭を携えた女性の攻撃がアルテュールに行かないように戦っていた。

 アルテュールはヒットアンドアウェイを繰り返しワイアットの援護を行う。四人はこちらに気づく様子はフリッツから見た限りは無さそうだった。


「威勢がいいだけで結局防戦一方だなっ!」


「うるせえな、反撃の芽を探してんだ。黙ってろ!」


 ワイアットは男の問いかけを封殺していたが、反撃の余地などそこにあるはずもなくアルテュールもまた焦りを見せていた。


 木の陰から隠れて見るフリッツは子供のようだった。恐怖がない訳では無い。ただ無意識の中で打算的だったフリッツはその二人に加勢することで自分たちが勝てるのかどうかを考えていた。


 だがそれはほんの数秒観察してもわからない。時が過ぎれば過ぎるほど不利になるのは火を見るより明らかだった。


 フリッツが今出来ることはたった一つ。


「ま、待てっ」


 その大きな声はその場にいる全員が彼の方向を向かせた。


「フリッツ……」


 レイピアの男とある程度の距離を離してワイアットが声を漏らした。彼に続けて発したのは別の人間だった。


「ああ、貴方が。ファングシステムを持ってるんでしょう?」


 ある程度察しがついていたかのように艶のある声を持つ女性、ヴィオラは話す。


「本当はそこの二人を始末してからゆっくり取るつもりだったけど起きちゃったなら仕方ないもんね」


 フリッツに向かって手を突き出す。さっさと寄越せ、ジェスチャーでそう示す彼女に対して、とっさに守るような素振りを見せる。


「待てよ」


 ワイアットがフリッツより少し前に立つ。ヴィオラと同じように彼もまた何も話さず身振りだけで意志を示した。通す訳ないだろ、と言うように。


「フリッツ、お前だけでも逃げろ。お前が逃げられれば今の俺達の任務は終わる」


「でも」


「アルテュールがどう思ってるか知らんが、少なくとも俺はここでお前を逃がさないほど人間できてない訳じゃない」


 無力な少年はこうして守られる、今までもこれからも。敵に刺激を与えず、手を出さずに生き延びてきた。かつては敵に会うことすらなかった。


 だがそれは変わってしまった。自分に、仲間に害をなす存在と相対した。ただこの道具を渡せば自分たちは死なないかもしれないのに、仲間はわざわざ守ってくれる。


 死ぬ覚悟も、死にに行く勇気も無いのに彼はそこに生きている。


 だが青年は曲がりなりにも兵士だった。与えられた任務を完遂するためには死ぬこと以外の犠牲を厭わない。

 他人に守られるだけの無力な男は居ない。フリッツの身体は勝手に動いていた。


「なら俺はっ」


 背負っていたアタッシュケースを地面に叩きつけるように置く。二つ取り付けられた鍵を開けて中にあったものを取り出す。


「おい、なにを……」


 自分の言っていることが途端に分からなくなったのかと心配するワイアットを他所にフリッツはファングシステムの一号機、そのつるぎの切っ先を相手に向けてワイアットよりも前に出る。


「ファングシステム、俺に応えてくれ」


 任務を完遂するため、他人を守るため、自分が生き残るためにその剣を持つ。


 刹那、聞いたことも無い誰かの声がフリッツの耳に届いた。この場にいる誰にも似つかないその声はどこか機械的だった。


『ファングシステム一号機、初起動の為調整を行います』


「……!?」


 驚きながらもその言葉に順応するように声を聞き続ける。その瞬間に全身に電流が走ったかのような衝撃が一瞬にしてやってきた。

 フリッツ以外誰にも聞こえていないその声に他の誰かが耳を傾けるはずもなくレイピアを持つ男、ハルバートは攻撃を繰り出す。


「させるかッ!」


 ラプチャーを使って再びフリッツの前に出るワイアット。尖鋭なる突きに彼の身体は武者震いしそうになるが、フリッツの為に耐え続ける。


 ここまで人の為に何かをするなんて、かつての自分の日々には無かったワイアットはその戦いの中で得体の知れない気持ちを手に入れたようだった。


『ファングシステム適合率、九十パーセント。適合を確認。身長及び体重に自動修正、を六十七パーセントに設定。およそ四秒後に起動可能です』


 フリッツは剣を構える。何が起きるかも分からない状態ではあるが、出し惜しみする理由はない。自分のエゴの為に今は戦わなければならない。


 頭の中にその名が浮かんでくる。機械のような女性が今言っていたかもしれない、誰かがいつしか言っていたかもしれない。


 だがそんなのはどうでもいい。その名を呼べば自分が自分を守れる力を手に入れられることが確かなのであればと、フリッツ・クライバーはその名を声高らかに叫ぶ。



「エルメサイア━━━━━━━ッ!!!」



 ファングシステム一号機である剣は中央から真っ二つに分かたれた。


 光を纏うようにしてフリッツの身体が輝く。何かに取り憑かれたかのようにしながらも、身体は力を手に入れることを受け入れ始める。

 全身に装甲が付着していく。騎士を思わせる風貌でありながら未来を生きるようなデザイン。正しくそれは現代の救世主と呼ぶに相応しい格好だった。


 顔をファングシステムという名の仮面で覆い隠した末、裂けた剣からはほんの少しの火花をちらつかせると電磁力で作られたような電子の剣が現れる。


 誰もがファングシステムの真髄に驚いた表情を見せる。その鎧と剣はフリッツに力を与えるに相応しい存在であることは間違いない。だがガーディアンズは未だにその力を付け狙う。


「ワタシも着てみたいわ、それ」


「誰が差し出すと思う?」


 フリッツはヴィオラに対して強気に出る。圧倒的な力に溺れぬように、だがその力を活用出来るように。


「フリッツ、準備はいいな?」


「はいっ!」


「来ますよ、ヴィオラ姐さん」


「分かってるわよ」


 戦う準備こそ出来た。フリッツに残されたことは戦うことのみだった。


「二人とも、行くぞッ!」



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