ep.4 闘志満々
「ふっ!」
「どらぁっっ!!」
剣と拳は同等の力をもって激しい音を立てる。
ハルバートと呼ばれた、乱雑に髪を横に切ったような青年はレイピアを真正面に突く。武器を持たないワイアットはそれを受け止め応戦してみせる。
「へっ、その程度か?」
血の巡りが速くなるのをワイアットは身体で実感していた。彼の四肢を構成する手先足先に至るまでの全てが滾る。今まで経験したどんな喧嘩よりも身軽に動ける、力が溢れる。
戦闘狂にも見えるかもしれない彼はむしろこの力に溺れることさえ恐れていた。
防戦一方になりつつも逆転の目が見えるとすぐさま攻撃へと転じるワイアットとそれに対応しようとするハルバートの戦いを見続けるアルテュールは、銃火器しか持ち合わせが無い為下手に誤射することを恐れ手出しのできないに状況にいた。
「この剣を受け止められるだけの身体になった所で俺は止められないっ!」
距離を取ったハルバートはその細剣を構えると奥に突っ立っているヴィオラの顔が見えなくなる。
切っ先は天を見据え木漏れ日から射す光が照らしていた。一瞬の気の緩みが入ったワイアットを前にして彼は一言、その言葉を放つ。
「モデストスクリーム……!!」
一閃。ハルバートは自身が持つレイピアで刃が届く範囲外にいるワイアットへと魔術を繰り出す。
攻撃が伸びたような一点集中の攻撃をその身一つで受けると、足下は土埃を立てて大きく後ろに下がる。
「ぐっ……」
「俺の魔術は文字通りどこまでも届く。狙った敵は必ず逃さない」
近づいた敵は流麗な剣技で対処し、遠く離れた相手には魔術を使っての遠距離攻撃。非の打ち所が見つからないようなハルバートの戦法にワイアットは皮肉混じりに感動していた。
ミリ程度しか隙間の空いていない腕と剣先はワイアットから放たれるイクスの力で埋められていたがそんな膠着を先に破ったのはワイアットだった。
「そうかよ、じゃあ俺が……!!」
ニヤリと笑ったあとにワイアットはハルバートとの距離を詰める。攻撃を食らいながらも重い足腰を前に進ませてじわりじわりと歩み寄る。
もうこれ以上先へ進めない。そんな佇まいのワイアットは自分の背中を見せているアルテュールに目を配った。
それが合図だと認識した彼は持っていたライフルをハルバートに向けた。ワイアットはこれなら誤射することはあるまいと踏んでいた。
「食らえっ!!」
銃声が何度も聞こえる。銃口からは煙が溢れ出しながらもそこから数多の鉛玉がハルバートに降り注ぐ。
「なっ!」
アルテュールの存在に気づかないままワイアットと戦闘を繰り広げていたとされるハルバートには正に意識外からの攻撃だった。
ワイアットへの攻撃を取り止め防御の態勢をとるが、当然レイピアの長所を最大限活かすために着用している身軽な格好には銃弾を受け止める程の盾など用意されていない。
行ける。アルテュールが発砲の最中から彼はそう思っていた。
「ワタシを忘れちゃったの?」
その弾丸の全てがハルバートに届かなかった。どういうことか全く分からないままの二人の前に出てきたのは先程まで後ろで戦闘を眺めていたヴィオラという女性だった。
「ざーんねん、ハルバートは殺させません。ハルバートも少しはワタシのこと信用する気になった?」
「もとより信用していますよ、ヴィオラ姐さん」
「ほらまた嘘ついたぁ」
ある種の余裕なのか彼らは接敵前のように話し始めるが、そこに隙など微塵も無いことはワイアットが察していた。
後方を確認すると、フリッツを木に縛り付けていた物が無くなっていた。やはりヴィオラが武器とする鞭が今までフリッツを苦しめていた元凶であると再確認する。
ヴィオラはその仕草に反応した。
「フフッ、どう? ワタシの魔術面白いでしょう?」
「ひとりでにうねうね動く鞭なんて気持ち悪いだけだ」
アルテュールは彼女の問いかけに対してストレートな罵倒を返す。彼の言ったことは正しく、何一つ表現を間違えてもいない。
「随分と酷い言いよう、悲しくなっちゃう」
「その調子で退いてはくれねえのか?」
まさしく彼女の意のままに動くであろう鞭を使って相手の攻撃を防ぎつつ縛り上げ、ハルバートの魔術で危険を犯すこともなく殺せる。単純明快だがそれが一番効率が良く無駄な体力を使うこともない。
「それは無理な相談。ねぇハルバート?」
「ええ」
反りが合わないのは目に見えてわかる二人だが、魔術の相性としてはアルテュール達からしてみれば組ませたくないとすら思える二人だ。
だが任務の為にもこの二人はここで倒さなければならない。それがワイアットとアルテュール、フリッツの今の使命なのだから。
「じゃあ悪いが、お前らがその気になるまでブン殴り続けさせてもらうぜ」
相手と対面しているせいか、語気が強くなるワイアット。手首を振り自分の拳に不調が無いかを確認する。
彼はようやく自分のイクスの能力を理解した。
血の活性化、その循環と集中によって攻防、そして速さをを兼ね備える。皮膚から血のオーラを放ち防御に転用することさえも可能ということも。
拳で語り合うことが得意なワイアットにとってそれは相応しい能力であると確信していた。
後ろにいるフリッツは先程までの攻撃で首を絞められ、どこかへ消えていってしまった。
「フリッツは?」
「どこにいるか分からないが、そうヤワな身体でもない」
アルテュールがフリッツに対しての見解を見せると、ワイアットは若干微笑んで敵の前に立ちはだかる。ヴィオラは二人に交渉を仕掛ける。
「こっちは大人しくファングシステムを頂戴すれば手荒な真似はしないわ」
「渡す訳ないだろ。俺は知らんがこれはどこかの誰かが求めているものだ、俺はそいつに渡す。コソ泥になんかにやる気はないね」
その言葉を彼女に放った時、かすかに昔のワイアット自身を思い出した。
日がな一日、自分の食い扶持を賄う為にあらゆる所から食料を盗んで日々を過ごし続けた自分に返ってくるようだった。
子供であるが故に様々な理由で無力なワイアットに出来ることはそれくらいしか無かった。
今になって相手の気持ちを理解した。だがもうその過ちを悔いることも出来ない。今出来るのはそうやって食い繋いだ命を今ここで使うことだった。
「行くぞ、アルテュール。狙われない程度に援護しておけ」
「俺に命令するな、隊長は俺だ」
そう言いながらアルテュールは前に出ず、援護に専念する姿勢を見せていた。
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