ep.2 虚心坦懐




「ファングシステムぅ?」


「ああ、誰もが装備できる普遍的な力として計画されたものらしい、あれの凄さを生で見ればブレイジスの科学力は今やガーディアンズを越えていると言っても差し支えないほどに凄いもんだ」


 の者、カンデラス・マルハリサはファングシステムと呼ばれる物の素晴らしさを語る。熱意に押され気味になるワイアットはその思いを冷やすように冷静に問う。


「そのグラシアナ・カベーロ本人はどこに?」


「丁度アラビア海に面しているカラチ支部との中間にある基地に併設している研究所にいるそうだ。彼女はブレイジスにとっても勿論俺たちにとっても重要人物だが相当な気分屋だからな、彼女の気分を損ねるような真似はしないでくれよ」


「向かうのは俺一人ではないですよね? 一体誰が……」


「ああ、そういえばまだ言っていないな」


 カンデラスは今思い出したかのように、ワイアットと同じ部隊になる人間について説明する。


「彼ら二人はファングシステムに選ばれた者達だ」






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 カンデラスに案内されたのはハイデラバード基地の武器庫だった。

 駐屯地のそれとは比べ物にならないほどの広さを誇り、銃火器はもちろんのこと一般兵に重要なチョッキや携行品も完備している。


 そんな場所の一番隅に仕切りだけを立て部屋に模した空間がある。カンデラスが扉がわりになっている生地の厚いカーテンを腕にかけ中に入れとジェスチャーをすると、ワイアットは言われるがままにそこへ立ち入る。


 そこには青年が二人、大きなアタッシュケースが置かれた机を挟んで佇んでいた。


「作戦は明後日からだ、その間に親睦でも深めておけ」


 そう言うとカンデラスはカーテンを閉じてどこかへ行った。取り残された三人はそれぞれ顔を見合わせる。


「自分はフリッツ・クライバーと言います!」


 ワイアットから見て右にいる青年が、自己紹介を唐突に始めた。


「開戦してからはずっと整備職でしたが、今回の作戦の為に召集されました」


「俺はワイアット・ヴェゼルだ。よろしく」


 フリッツとワイアットは握手を交わす。未成年に見えなくもないフリッツの顔からは想定できないほどの硬い皮膚がワイアットの手のひらを覆う。


 手を離し同じタイミングてもう一人の男に目を向けると、常に半目のような青年が口を開く。


「……アルテュール・カイゼルだ、ヨーロッパの戦線で戦っていた」


 第二次新世紀戦争におけるヨーロッパはまさしく混沌と謳われており、三ヶ月生きている方が珍しいと言われるほどと小耳に挟んでいたワイアットはその経歴を聞いて驚きながらも彼に近づき手を差し出す。


 彼にとって握手は初対面の人間を仲間と認識するには欠かせないコミニュケーションの一つだった。


 アルテュールはワイアットと素直に握手をしたが、フリッツとは少し遠慮しているような仕草を見せつつ手を組んだ。


「お前たちがファングシステムの適合者ってやつでいいのか?」


「ええ、自分はこの基地にある一号機を博士の下まで運ぶ役目を担い……」


「俺が博士の研究所にある二号機を使う、その手筈になっている」


 頷きながら彼らの説明を受ける。ワイアットはその上であることをきいた。


「適合者ってのは誰でもなれるのか?」


 あらゆる人間が装備可能な普遍的な力と称されたものに適合者も呼ぶ人間が存在していいのか、その疑問は頭の中で大体は解決できる。


 どんな代物かは分からないが、軍事技術の実験台というものは強靭な体力や精神が必要であることは確か。ファングシステムにはそれ以上に適合者を選別するものがあるとワイアットは踏んでいた。


「どうやら今は自分たちを含めて数人しかいないようで。なんでも、魔術師やイクスに適合した人物では最大限の力を発揮出来ないとかで」


「なるほど、俺が選ばれるはずない訳だ」


 皮肉と自信を混ぜた冗談を言うと、フリッツは微笑んだ。


「で、肝心のファングシステムはこいつなのか?」


「ええ、そのはずですが」


 机に置いてあるアタッシュケースを指差しながら言う。アルテュールは誰よりもそのケースを凝視していた。その姿を横目で見たワイアットはフリッツに質問した。


「ここにあるってことは見てもいいんだろ?」


「どうなんでしょう……許可は降りてませんが」


「極秘のものなんてこの机に置かないだろっ……と!」


 そうやって華麗にアタッシュケースを開ける。豪快に開かれた蓋は反動がついて少し跳ねる。


「なんだこれ」


 そこにあったのは何の変哲もない剣だった。


「これが対魔術師用装備ぃ? 思っていたのと違うな……」


「これが、ファングシステムの一号機……」


 フリッツはワイアットに対して説明もなく、アルテュールが少し遠くからちらつかせた恍惚とした表情を見ることも無く、ただその場に彼ら以外の人間が入ってくるかもしれないということに慌てていた。


「まあ明後日以降にはお披露目なわけだ、敵と遭遇すればフリッツがこいつを使う姿が見れるんだろ」


「それはそうですが……早く締めませんか?」


「ああ、そうだな」


ものの三十秒ほどでケースの扉は閉められた。


「楽しみに待ってるよ、んじゃまた」


 そう言ってワイアットはその場を後にした。

 彼はファングシステムも気にはなっていたが、それ以上に自分自身に宿った力を確認したかった。

 これから恐らく一生を共にするイクスの本領が見たい。今のワイアットの目的はそれだけだった。


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