--8. リフューザル



「俺は世に蔓延る感情の全てを理解せし者、誰が誰にどんな気持ちを抱いているかなんて思いのまま。全ての人間に植え付けられているであろう感情ってやつを司る魔術師、それがこの俺だ」


 レブサーブの不敵な笑みは未だ続く。彼が懇切丁寧に解説している中、その程度のくだらない力で戦うというのか、と考える人間がこの場に一人いた。


 その男はレブサーブが喋っているにも関わらず、正面から突っ込んだ。


「おいおいまだ途中だぜ、説明し終えるまで待てないのか?」


「お前がダラダラ独り言を吐いているだけだろうが」


「ははっ、その俺に対しての殺意と怒りが実に滑稽だ」


 背後から迫る鎖を感じ取り、再びレブサーブから離れることを余儀なくされた潤はそれに従うように動く。


「お前の中には既に負の感情しか残っていないようにも見えるな。殺意と怒り、不安と焦燥……そして」


 今まで見たことがないほどレブサーブは口角を上げる。何か珍しいものを見た時のような反応を示し、彼は潤の中にあるものを読み上げた。


「過去の英雄に対しての嫉妬」


「っ!?」


 動揺する他ない。潤は生まれてこの方彼らに対して最大級の敬意を払ってきたつもりである上、これからもそうしていくんだという決意さえある。


「嘘だ……嘘だ!」


「いいやバッチリしっかり丸見えだ。どうして俺はあんな風になれないんだ、どうして俺は英雄になれないんだっていう不安と焦燥に加えて何故彼は━━━━グレイスはあんな力を持っているんだって思ってるよ」


 その男の名前を出されると先程よりも更に狼狽える。今の潤に出来ることはその言葉を強く否定することのみ。


「違う!」


「どんなに頑張っても死に物狂いで生きてもグレイスには届かない、あまりにも大きすぎる目標に自分は届くのか、なんでそんなに強いんだってお前の心が訴えてるぜ」


「やめろ! 俺は、俺はそんなこと……」


「嘘はよくないぞ、潤。これは最早嫉妬という域を越えている、尊敬という皮を被った憎しみだ。いつまでもその座を明け渡さないグレイスに対しての、な」


「違う、違う違う違う……」


 頭を抱えてその場にうずくまる。ぼやける程遠くで居座る彼に憎しみすら抱いていることを突きつけられ、戦意を喪失したのか息を荒らげて根拠の無い理論に根拠の無い否定をし続ける。レブサーブをへだてて向こうにいる潤の身を案じながらもガルカは自分たちの敵に聞いた。


「潤が誰かを守れる人間になれないって、英雄になれないなんてどうして言えるの!? 潤は誰よりも……」


「誰よりも英雄になりたいと願っている、ってか。随分と頭が弱くなったなガルカ。目的と手段が逆になってるだろ」


 レブサーブの反論を聞くと思わず口をつぐむ。


「本当なら、誰から頼んだ訳でもないのに自分の欲求を満たす為だけに見境なく他人を助け続けて、その末にいつしかどこかの凡人から感謝されこう言われるものだろ、あなたは私の英雄だって。でもこいつはそうじゃないんだ」


「っ……」


「英雄という名を欲しがるから誰かを助けるんだ。お前の所の隊長は誰かを救いたいという意志なんてハナから無い、求めているのは英雄という名に与えられた他人からの尊敬の眼差しと威信だけなんだよ」


「そんなこと……」


 あるはずない、とガルカは言い切れなかった。彼女は櫻井潤という人間ではなく、ただその男の横にいるだけの人間なのだから。


「だから俺はこいつが英雄になんてなれるとも思ってないし、なんなら俺にはグレイスがそこいらで英雄って持て囃されてんのも理解出来んしな」


 ガルカが潤の心情を理解出来るはずもなかった。自分を頼って欲しいと願ったあの日から彼はより遠くへ行ってしまったような気がした。その言葉は慰めにすらなっていなかった。


 彼に自分の言葉が届くことは無いのだろうかと考えるが、足りない。

 今の彼の全てを知りえない。彼の夢の全貌を掴めていない。先を急ぐ彼の横に立つ資質もない。



 身体を小さくしている潤を見兼ねたのかレブサーブは無理矢理にでも彼を起こそうとする。


「おい潤、英雄になりたいんだろ? ならこんな所で寝ようとすんなよ。お、いいこと思いついたぞ」


 そう言うとレブサーブは鎖で潤の四肢を縛り上げ引っ張りあげるとそのまま近くの家の壁に磔にした。口から何か出てきそうなほどの強い衝撃で正気を取り戻すが、いつも見ている景色の高さとは数十センチ高く見える。


「今からガルカと俺が一騎打ちをしよう。潤、お前が自分の無力さを知るには良い機会だぞ」


「な、なにを……」


 ガルカはそれを阻む隙すら無かった。素早い手さばきで作り上げた囚われの青年に目を配るが、レブサーブがいつ攻撃してくるかもわからない状況とクリスティーネとの戦いで負った傷が彼女をその場に留まらせる。


「ガルカ、お前がこの場から逃げたり潤を助けに行こうとするなら俺は全力で殺しにいってやる。安心しろ、決闘が終われば解放してやるからよ」


 不平等にも程がある。しかし、この条件を飲まないわけにはいかない。生き残っている潤を置いてこの場から逃亡することも助けに行って二人揃って殺されるのも彼女の信念と精神に深く傷をつける結果になるのは明白。そして、レブサーブの全力は未だ分かっていない。


「ガルカ、こんなの受けるんじゃない。俺を置いて逃げてくれ……」


「逃げたって殺すだけだ、何も出来やしないなり損ないの英雄もどきはそこで黙ってな」


 あの瞬間、潤の捕縛を阻止出来ていたらという考えが浮かぶが、結果論よりも目先の物事について頭を働かせた方が良いのも事実。ガルカはこの勝負を受けるしかなかった。



 確かに彼女は、櫻井潤という存在の全てを知らない、知る日が来るのかも分からない。だが今の彼を誰よりも信頼できるのも他でもない自分自身だと自負していた。槍を再び構えて彼女は応える。


「いいわ、決着をつけましょう」


「そう来なくっちゃなあガルカ、結果は目に見えているが潤を中から潰すには丁度いい。ほら、こいよ」


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