>//°0=3:/5/ ソヌス・ペディウム




「他の奴らはどうしたグロリア」


「俺がやる前にハイヴが殺し尽くしている」


「すいません、加減が効かないもので」


 明らかな嘘を吐く。自分はまだまだだと謙虚な姿勢を見せるハイヴに二人は興味すらないのかぴくりとも反応しない。


「彼が来るまでまだ時間がかかりそうですかね、マスト・ディバイドは厄介なので彼が来ないようなら確実に始末しておきたいですが」


 かつての戦いでその強さを耳に入れたハイヴはマストを警戒していたが、そんな杞憂をグロリアが晴らす。


「それなら既に俺がやった、たとえ死んでいなくともすぐに殺してみせる」


 その立派な執着心にハイヴは思わず拍手していた。


「あの男はどうする? 横にいた女は頭が弱そうだったがあいつはまあまあ見所がある」


 そうやって溯百都はルドルフとモニカが居るであろう瓦礫の山に指をさす。その質問にはハイヴが回答した。


「彼らが動けるようになる前に彼は来てくれるでしょう、それまでは僕が見張っておきます。お二人はマスト・ディバイドだけ狙っていて下さい」


 必要最低限の会話しか行わない彼らはその場から離散する。ハイヴはその場に留まりルドルフとモニカが這い上がってくるのを待ちながら考え事をする。


「貴方に見出されてから随分と経ちましたが、ようやくやりたいことが出来たような気がしますよ。フォールンラプス大尉」


 そして、マストの水死体があるであろう方角へ向かった溯百都とグロリアはその光景をみた。


「いない、か。俺のイクスが空けた穴から逃げたんだな」


「だからなんだ、今からあのゴミを見つけ出して殺せばいいだけの話だろ」


 こうなるとまともに話が通じる相手じゃないということを悟った溯百都、対してグロリアはマストへの復讐心で頭が一杯だった。


 何が同期で親友だ、その友人を守れなかった人間は見殺しにしたも同然だとすら考えるグロリアに他人の同情は届かない。


「アイツは、アイツらは俺が絶対に殺してやる」


「慌てるな、ハイヴの言うことが本当ならマストって野郎は狡猾な魔術師なんだろ」


 何を持っているかが外見だけを見て分かる人間じゃないと評されていたことを聞くに、溯百都は不用意にマストに近付くのは賢明ではないとも思索する。


「俺達の隙をついて攻撃してくるかもしれない」


「だったら攻撃させなければいいだけの話だ」


 そう言うとグロリアは自身の掌に小さな水の竜巻を作る。作戦も何も無いな、と溯百都は評するが彼自身もそれに便乗する。


「アクアスパウト!」


「スティール・アウト」


 迫り来る魔術に対して彼、マストは対策という対策を持ち合わせていなかった。魔術があっても逃げ隠れるしか出来ず情けないとも思っていた。


 グロリアやモニカのように攻撃性のある魔術ではないマストの魔術、フルフィルメントは他人がいるからこそ輝く。それはかつてアリアステラで仲間達とともに考えついたれっきとした技術だ。だが今は肝心な仲間が彼の横にはいない。


「誰か、誰かいないのか」


 かつての綺麗な立ち姿と格好は見る影もなく、ずぶ濡れになり激流に揉まれたせいか体が思うように動かない。他人からの支援、あの日の彼女からのような協力でも無ければ動けない程だったが無理をしてなんとか走る。体の節々が痛みに襲われるがそれでも動く。

 迫り来る砂嵐と水の竜巻に追われながらマストは耳にかけた通信機を使う。


「誰か、生きてるやつはいるか! いたら応答を頼む!」


 帰ってくるのは無音の時間のみ。全員死んでしまったのか、マストはそう思わざるを得ない戦いを経ようとしていた。自分の部下も、仲間の部下も殺してしまった。随分使えない奴になってしまった、最初から使えない奴だったのかもしれない。そう思う程彼の走り抜ける時間は長く感じた。


 その中でマストはこうも悟った。

 自分達の敗北だ、と。


 その時、岩石が転がり落ちるような音が、耳から聞こえてきた。


「誰かいるのか! 応答を!」


 必死の呼び掛けで生き残っているかもわからない誰かからの返答を求める。小石が地面に落ちる音が連続して起き続けるだけで人の声は聞こえてこないようにも思えた。


「もう、誰もいないのか」


 マストは遂に立ち止まり、足音がその場から消える。これほどまでに相手が強大だとは思えなかった自分のミスだと彼は自信を責め続ける。甚大な被害を出した上、きっとこれからはもっと大きな戦いが起こるとも予測する。


 ブレイジス所属の人間が国連領内に無断で侵入した上ガーディアンズに対して攻撃を行った。その責任追及が永遠に続き、最悪の場合は。


「もう一度、戦争が、大戦が起こる」


 膝をつく。この場にいる誰かに一つたりとも責任を負わせてはいけない立場のはずだったのに、こんな結果になってしまったことをマストは悔やむ。


「ごめん、俺が、俺が悪いんだ」


「見つけたぞ、ゴミクズが」


 数十メートル後ろからグロリアの声が聞こえる、見つかってしまった。足音がどんどん近づいてくる。このまま何も出来ずに朽ちていき、死んで言った人間に顔向け出来ずに果てていく。


「お前を、お前達を殺すのに俺は二年もかけてきた。その一端が今ようやく報われる」


 それだけは御免だと、マストは再び立ち上がる。


「まだだ」


 グロリアとマストはお互いに同じ人間の為に動く。お互い別の指針を持って。


「待てグロリア。アイツはまだやる気だ」


「まだ、動ける」


 銃身の長いライフルを杖に身体を震わせながら起き上がる。隙だらけにも思えるマストの姿をグロリアは狙い撃ちする。


「黙れ、俺は今すぐにアイツを殺すッ!」


 遠くから、耳から泣き声が聞こえてくる。無線の向こう側に誰かが涙を零しているのが分かる。


「くっ!」


「チッ」


 グロリアの魔術を間一髪のところで回避して、住宅街の中へ隠れていく。幻聴か真実か、それを確かめる為にもう一度マストは交信を行う。


「聞こえてるか! マスト・ディバイドだ、応答を頼む!」


「マスト……さん……ぐすっ」


 女性の声が聞こえる。ガルカにしては幼いようで弱気なその声からマストはその人物の正体を察する。


「モニカか! 今どうなってるんだ!?」


「助けて、マストさん……ルドルフくんが……ルドルフ君がぁ」


「さっきの場所にまだいるんだな、今向かう!」


 息を荒くして、ひたすらに助けを乞うモニカ。ルドルフの身に何があったかは分からないが、仲間がまだ生きている。それだけでマストの存在理由はあった。



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