018. シーカー



 地下へと続く扉、潤は目線を皆に送る。

 その名こそ聞いた覚えがあるかもしれないがダグラス・ダンヴァーズの全貌を知る者はこの中に誰一人としていない、その存在が秘匿するこの扉の向こうはどうなっているのか。彼がそこに存在するであろうという期待より、不安が勝ってしまう。


 他の部屋を見た限り、特段気になるようなものはなかった。だが少し埃の被ったソファーや使い込まれていないテーブルを見るに、ただ買っただけのものということが分かる。


 ブラフの為にこの部屋と家具を揃えた。彼らの眼前にある扉のおかげでその推察が出来た。

 ここにダグラスがいるかもしれない。えもいわれぬ感情が潤を襲うが他の隊員たちと息を合わせる。


「開けるぞ」


 立て付けが悪いのか、音を立ててその扉は開いていく。限界まで開く頃には地下へと続く階段が見えていた。再び重火器を構えて未知との接触を試みていく。


「準備はいいな?」


 ガルカとルドルフは彼の言葉に頷く。

 目を閉じ深呼吸をして心を落ち着かせるモニカを見たあと潤自身から階段を下りていく。


 前から潤、ルドルフ、モニカ、ガルカの隊列を組む。殿を務めるガルカはモニカの恐怖を抑えつつも背後から来るかもしれない敵に警戒を怠らない。


 階段を下りきると通路が続いていた。レンガ調にも見えるその一本道は人が四人、丁度横に並んで歩けるような幅だった。

 そんな中でも隊列は崩さず前へ進む。回り道も分かれ道も一切ない、なんとも寂しい雰囲気の道をただひたすら進む。


 直線だった道が緩やかなカーブを経ると、青白い光が見える。途端に潤はそれを逃さぬように皆に命令する。


「走るぞ!」


 重い装備を揺らし仲間を引き連れて辿り着いた先は先程の通路とは一変、百人の人間が一斉に入れるような仄暗いホールだった。


 そこには大衆が抱く科学者らしい場所だった。

 積み上げれた資料、何台も置かれたパソコンと大量のモニター。乱雑に置かれたゴミとだだっ広いにも関わらずそこには先程までいた部屋には無かった生活感があった。


 そんな部屋の中、ブラック・ハンターズに背を向ける椅子が一つ。キーボードのタイピング音と横の資料に添えられた杖を見るに、人が居ることは明らかだった。


 逃げる気どころかこちらに気づいていないまであるその椅子に座る人物を差し置いて、潤はすぐ近くにあった資料を読む。それも誰もが聞こえる音量で。


「生命の複製……これが意味するものはなんですか?」


 タイピング音がぴたっと止まりゆっくりと椅子は四人に振り向く。


「あなたがダグラス・ダンヴァーズで間違いないですね?」


「おぉ……漸く来たのか、櫻井潤」


 背筋が凍る恐怖に襲われた、なぜ彼が自分の名前を知っているのか。未知の存在に対して潤は取り繕う。


「俺の名を?」


「知っているさ、何せ君は選ばれたのだからね」


 何に、どうして、どうやって。様々な疑問が浮かぶが彼は下手なことを言えない。潤を除いた三つの銃口が未だ彼の身体に向いてるのだから。


「何に選ばれたのか、なぜ選ばれたのか、どうやって選ばれたのか聞いてもいいですか?」


「いっぺんに質問するものでは無いだろうに、君はまだ尋問慣れしていないのかね」


「ええ、生憎殺す事にしか長けていないので」


 皮肉をかました。その言葉を気にすることなく杖を取りダグラスは一度立つと、彼は高らかに宣言してみせた。


「初めまして櫻井潤、私はダグラス・ダンヴァーズ。今ここに私の目的は果たされた」


 疑問を浮かべながらも潤はそうですか、と呟く。だからなんだと言うのだ、自己紹介をした上、捕まることこそが目的であるというのか。麻薬を服用している疑惑をかけた上で彼の話を聞く。


「君……いや、君達が来ることは分かっていた。私の魔術でね。ではまずその資料について話そうか」


 ダグラスが魔術師である事実は彼ら四人に知らされていなかった。それよりも重大な事実を持つであろう話を続ける。話題は潤が持っていた資料へと移る。


「生命の複製……その実験は既に成功している」


「……どういうことだ!?」


「この世の中に全く同じ細胞を持つ人間が少なくとも三人いるということだよ」


 生命の複製、そのタイトルとダグラスの口ぶりからして恐らく、この資料の正体は。


「クローン……」


 ルドルフが大きなホールに添えるように言い放った。世界に同じ人間が複数存在する。ドッペルゲンガーなどではなく正真正銘、自分自身が。それを引き起こしたのは紛れもないダグラスであることも今その場で理解する。


「自分が何をやったのか、分かってるのか!?」


「勿論、倫理的には良くないことだろう。だがあの時の私たちはそんなこと気にすることなく実験に没頭してしまった」


 人間を模倣した生物を造り出す。生命の誕生という一般的とされた常識から逸脱した行為品種改良は、倫理に基づくのだとしたらダグラス・ダンヴァーズという男は断罪されて然るべきである。

 一体彼に何があったのか、それを知る由もない四人に対しダグラスはある話をし始める。


「話を変えよう。君達は考えたことは無いのかい? 自分は本当に自分なのかと。そこにいるのは紛れもない自分なのにどうしようもない不安を覚えるのは何故か、それは自分はどこにもいて、どこにもいないからなのさ」


「何が言いたい?」


「私はそういう研究もしていた。自分が自分であることの立証、その為の足がかりとなることをね」

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