Act.2

第一章 来たる悪夢-櫻井潤-

001. メタモルフォーゼ



 二つの剣を携えた男がいた。男は冷戦を生きている。

 上っ面を期待で塗りあげたこの世界の裏側で生きている。

 未だ消えない種火を消す為に生きている。



 男の名前は『櫻井 潤』。かつて英雄のもとで戦った彼は未だ、戦いの中に生きていた。


 彼は、全てが終わり全てが始まったあの時の後を過ごしている。






──────────────






 汎用ヘリコプターに乗せられた二人は任務を終えて本国へと帰還していた。

 ヘリポートについてからは五月蝿いプロペラの音と共にヘリコプターを後にして基地の中へと入る。


 何もかもがあの時と違う。潤は未だに体つきも心持ちも成長し続けている。それを披露する機会は多く、あの日戦争が終わってからも戦いは続いていた。


 二回ノックする。人がいると思われるその空間に入室の許可を貰おうと礼儀を見せる。


「どうぞ」


 中から声が聞こえると潤と後ろにいる女性は部屋へと足を踏み入れる。彼らの戦闘服の二の腕部分には左右合わせて四本のラインが入っており、それこそが彼らたる象徴と言える。


 椅子に座って居たのはかつて存在していた上官ではない。ノックス・マッコルガン大佐、ここ八ヶ月ほどの任務は全て彼の下から請け負っている。


 仕事人間でプライベートなどあらず、仕事の為に友人関係を断つほどに国連にその身を捧げている。一体なぜかなど理由を聞くことも無く、潤はノックスとの上司と部下という関係を続けている。


「ああ、君たちか。任務ご苦労様、勿論遂行してきたのだろう?」


「はい、既にターゲットの事後処理は終わらせています」


 二〇三四年の冷戦下、表向きでは温和かつ友好的な状態を築いている革命軍と国連だが、その裏には一般人の目には見えることの無い世界が広がっていた。


 戦いは微かに、静かに続いている。この戦いは終わることを知らず、終わりの時が来るには条件が多すぎる。


 革命軍と国連軍のトップ同士が会談する機会はあった。だが、それも虚構の産物である。

 嘘に嘘を重ねた話し合いに意味などあらず、故に戦いは止まらない。互いに強き信念を持っている以上どちらかが譲るということは今までもこれからも無いだろう。


「今回のターゲットは革命軍の一角を影で操っていた男だったか。相手も暗躍しているお陰で始末も簡単だっただろう」


「いつも通りやったまでです、相手も素性を隠してる訳ですからあちらで大々的に報道されることも無いですし、内々で解決されるでしょう」


 含みを持たせて話す。かつてあの背中を見た潤は彼のようにありたいと願い続け、その結果がこの世界で戦うことなら潤自身は不平も不満も無かった。


 ただこの世界で彼のように有り続けることが叶うならそれで良かったのだ。


「君もお疲れ様」


 ノックスは潤ではない誰かに話しかける。彼は潤のことをヘリコプターの中から常に随伴し続けていた女性に目を向けた。


 細く長い、綺麗なブロンドを編んだその女性の名はガルカ・ヒルレー。彼女も潤と同じように戦いに重きを置いていた。ノックスが目線を向けた場所にいたガルカもまた、戦場に囚われていた。


「ありがとうございます」


 彼女は潤に対して話していた。

 今まで会った中で最も近寄り難い上司はノックスである、と。

 仕事一筋のその無慈悲な性格は、身体に血も通っていないのではないかと思わず勘繰ってしまうほどだ。


 表面的に気難しそうで、プライベートでの交流を許さないノックスに対して苦手意識を持つガルカだったが、潤が憧れる彼がそれに答えるとするならば、間違いなくアライアス・レブサーブと言うだろうと感想を持っていた。


「今回の仕事もこれで終い。君達にも待機の命令を下したいところだが、残念だ」


 それが叶わないと分かると、ノックスは一瞬だけ口を濁した。


 普段のノックスならば任務や役目を的確に、確実に済ませ成果を上げた者に報酬や休暇を与えるのは当然のことだと、余裕があれば毎度のように渡してくる。

 だが、今回はそうもいかないと彼の喋り方から分かった。


「君達が本国外へと飛んでいる間大きなニュースが我々に舞い込んできてしまった」


 きてしまった、その言葉は本来予想していなかった重大なもの対して使うもの。彼の下で指示を受けてからちょうど一年ほどだが、潤もガルカもノックスのそのような言い方を聞いたのは初めてだった。


「心して聞いてくれ」


 固唾を呑む。今までノックスがそんな風に言うことは無かったものだから落ち着くことを覚えた潤、冷静さを忘れないことを知ったガルカでさえも何故か冷や汗をかいてしまう。


 そしてノックス・マッコルガンは固い口を開く。


「あの英雄と呼ばれる男の妻であるアイリーン・グリーンフィールド。その父親のイーサン・グリーンフィールドが何者かによって殺された」


 その報告を聞いた彼らは一瞬にして何かを悟る。何かは分からない、だが何かが起ころうとしている。

 今や政界の、国連の重要人物として公の場に生きるイーサン・グリーンフィールドが死んだとなれば、ただ殺すことだけを目的にした阿呆か革命軍によるものとしか考えられない。


 後者であればそれは、新たなる戦争の火種であった。


「今回君達に下す命令は、イーサン・グリーンフィールドを殺した人物の捜査、そして暗殺だ。殺されたのなら殺し返す、そして仕返しされる前に驚異をまた始末する。それが君たち極秘特殊作戦遂行部隊、の仕事だ」


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