047. 託された決断


 遠くて、近い場所から叫び声が聞こえた。

 無線の向こうからヴィクトルの悲鳴とも聞こえる雄叫びだ。無様だ、自分が利用されていることに気づかず死んでいく様にただ乾いた笑いしか出ない。


 ニルヴァーナは自分を信じている他人を裏切る、その快感に溺れていた。ガーディアンズとして国連に従軍し、どんなピンチにでも魔術師が助けてくれるような甘くて怠惰な環境では知り得なかったことだ。


 そしてまたその機会がやってくる。


「ニルヴァーナ、ニルヴァーナ・フォールンラプス」


 そう言った彼の両腕は紅くなっていた。真紅の塗料を使って自分の腕にベタ塗りしたかのようにこべりついている。


 ブレイジスの前線基地に辿り着いたニンバス・インディル。ニルヴァーナを倒す為にやってきた彼がここに来るまでに殺した敵の数はその腕が物語っていた。


「久しぶりだなニンバス」


「今日もお前と戦うためにやってきたぜ」


 ニンバスはやる気に満ちていた。だが殺意ではない。彼もまたニルヴァーナを連れ戻そうとしていた。



 だがあわよくば、である。ニンバスは本気で殺す気でかかる。その中でニルヴァーナを瀕死状態にでもして無理矢理戻す方法でも行使したいものだと考えていた。


「お前はあの時、俺がグレイスの身体を奪ったのを知らないのか?」


「知ってるさ」


 現場を見たわけではない。だがグレイスの右腕を奪った張本人だ、グレイス本人はたとえ腕を消されようともニルヴァーナを説得し続けようとする。

 でもそれではどうにもならないことはニンバスもグレイス本人も分かっていたのだろう。


 だからニンバスに託したのだ。自分では速やかに決断を下さないと分かっていたからこそ、ニンバスに、今生きるたった一人の親友にその対処を任せたのだ。


「俺達はお前らの観点から見たら親友なんだろ?」


「そうだ。だけど俺は」


 逃げかもしれない、諦めかもしれない。

 だが、たとえ彼が現実から目を背けたどうしようもない奴であろうと、ニンバスは親友であり英雄と謳われるグレイスが自分を頼ってきた、彼が出来ないことを自分ならできると信じた上で頼んできた。それだけで彼が動く理由になるのだ。


 今、隣にいる友達が自分を頼ってきたのなら、それに応えられるような男になる。ニンバス・インディルの信念だ。


「俺は、あの日のお前と今日までのグレイスの為に、お前を倒す!」


「そうか、じゃあ来るといいさニンバス。そのお前の力で!」


 心情を現すようにニンバスの両腕を燃え盛り、滾っていた。

 決意の瞳がニルヴァーナを睨みつけていた。


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