044. 討つべき存在
無数の銃声がアリアステラという戦場に響いているもゲレオン・ブラント、彼だけはただひたすらに静かに撃ち抜いていた。
右眼には包帯が巻かれ、不馴れながらも左眼でスコープを覗く。
敵を一人、また一人と殺していく。作業とさえ感じてしまうがその行いには自分の命を賭けていた。
護衛ひとり付けずにガーディアンズの基地から左側にある雑木林からひっそりと前線の敵を殺す。勿論その行為がいつまでも続く訳がないことはゲレオンが一番理解していた。
「二つの山のちょうど間に位置するこの戦線はその昔、綺麗な川が流れていたそうね」
彼の背後を取り、そう言ったのはブレイジスに所属しているであろう女性だった。
「だけど戦いにおいてその川は邪魔だった。そのうち、ガーディアンズが川を上流から塞き止めたらしいわ」
「初めて知ったよ」
三年前、グレイスがアリアステラに配備されてすぐその出来事は起きていた。彼女もゲレオンもこの地に馴染みがない。
だが、その女性はゲレオンを知っているようだった。
「お前は……」
「私はナタリー・ヴェシエール、元コペンハーゲン戦線所属の一兵士」
名前だけは聞いたことがある。コペンハーゲンでは後方支援に徹していたと思われる彼女はゲレオンに話す暇を与えさせない。
「ゲレオン・ブラント、貴方には私の部下が随分と世話になったからね」
アーリン・ハルを殺害したことを言っているのだろうとすぐに理解した。
ゲレオンは分かっていても分からない素振りをした。
「一体誰のことかな」
「白を切るの、おふざけも大概にしときなよ」
挑発には乗ってこない、自分の仲間を殺されているのに我慢できる人間などそうそう居ない。
彼女はただ人を殺す目をしていた。ひっそりと、確実に。
「アーリン・ハル。戦争が始まる以前は技術職に就いていたそうよ、父親の伝手で入った軍隊はそれはそれは辛かったらしいわね」
ナタリーは死んだアーリンの身の上話を始める。彼女は訓練所で過酷な鍛錬を乗り越えようやくコペンハーゲンに配備されたそうだ。
だが僅か一、二年でその努力は無駄となった。
「このままだと彼女の父親に示しがつかない、私は貴方を殺さないとアーリンの墓にも行けないのよ」
ただ頷くゲレオン、しかし彼もそう易々と死ぬ訳にもいない。彼は黙ってナタリーに銃口を向けた。
「殺し合いか、私が一番苦手とする喧嘩の和解方法よ」
「この世界に生きる限りこれが最も正しく、これが最も楽だ」
それもそうだとナタリーは剣を抜く。
「私は無理難題を解決するのが趣味なのよ、だからゲレオン・ブラント、貴方を殺すのがたとえ無理だろうと私は解決してみせる。アーリンの為にも、ブレイジスの描く未来の為にも」
たった一発の銃声で辺りは混沌と化した。
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「トラロカヨトル!」
風を操る魔術、トラロカヨトルによって突風に包まれた銃弾はナタリーの身体に一直線に進む。
「アルメストリア!!」
ナタリーがそう叫ぶと突如として水流が彼女の持つ剣から溢れ出る。
荒々しく、猛々しいその水の圧に弾丸は包まれ放った当初の威力を失う。
「クソっ!」
「これが私のイクス、アルメストリア。激流を発生させ貴方を水圧で押し殺す」
属性魔術においてその元となる力、つまり火種となるものを必要とする魔術とそうでない魔術が存在する。
火属性の魔法ならば小さな火種、風属性であればささやかなそよ風。水属性なら水たまり。これらを介さなければ戦えすらしない魔術も存在する。そして、そのタイプの魔術のパワーは通常のそれ以上を誇る。
イクスにもそのルールがあるのかは知らない。だが潤やガルカなどの自分の仲間達、そして何より自分はそのタイプの魔術ではないことは明らか。
かつてこれほど自分の魔術以上のパワーを欲しがったことは無いとゲレオンは考える。
ナタリーの水圧の壁を貫く力がない自分の魔術を恥じると共に、彼女のイクスの攻撃は始まった。
「今度はこっちから!」
彼女が剣を振ればどこからともなく水が生まれる。その水流に飲み込まれぬよう回避し続ける。
いつまでもこの状態がつつくはずがない、それはゲレオン自身が最も分かっていた。自分が先に動く体力が尽きれば圧死する。かといって攻勢に転じればその隙をつき殺しにかかる。
選択を先延ばしにすれば仲間達が危険に冒されていく。
どうすればいい、どうすればいい、どうすればいい、どうすればいい、どうすればいい。
「ほらほらほらほら!!」
悩みに悩み抜くが彼の頭の中ではどうにも対処できない。きっともうダメかもしれない。
ゲレオンはナタリーの攻撃を避けつつも無意識に一瞬、どこか遠くを見てしまった。
「残念、私はその隙すら逃さないタチなのよ」
不味った。その言葉がゲレオンの口から出た時にはもう遅かった。
溺れ死そうだ。今にも。そろそろ死んでしまいそうだ。ここで死んだら後は気にしなくていい。どんどん虚ろへと引き込まれていく。ゲレオン・ブラントの人生はここで幕を閉じるんだ。
本隊と離れた場所で戦う彼を見つける者なんて誰もいやしない。
きっと────誰も見つけてくれやしない。
「それでどうする、俺の話を聞きに来たか?」
真っ黒な世界の中、彼は佇んでいた。目の前にいる男に気付かずただ立ちぼうけていた。
目線を下に向けていたがその声に反応し少しだけ黒目を上に向けてやった。
「よっ、ゲレオン」
鼻声の男性はゲレオンを知っている口ぶりだった。そしてゲレオンも彼を知っている。
「────ッ!」
声にならないような驚きが現れた。沈んでいたはずの瞳が浮かび上がるように彼との再会を喜んでいた。
「トレイシー……トレイシー・ハズラムなのか?」
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