042. アイツ


 ただ前を見ていた。誰も彼もが脇目も振らずただ前を見ていた。

 そこに敵がいるから、倒さなければならないから、大切なものを、大切な人を守らなければならなかったから。



 誰にでも通づるその言葉は勿論彼らにも当てはまっていた。


 マスト・ディバイド、シルライト・ブラースカ。

 グレイスやニンバスがアリアステラに来てから少し後に入った二人は彼らの背中を見て戦い続けた。

 今も背中を追い続けて戦っている。ニンバスの後を追いかけて敵を薙ぎ倒していた二人は会話を始める。


「ねえマスト、アンタこの戦いが終わったらどうするつもりなの?」


 唐突なその質問に生真面目なマストは驚いていた。


「どうしたの急に、シルがそんなこと言うなんて珍しいにも程が……」


「うるさいな、さっさと答えくれれば済む話じゃんかよ」


 いつも交わす会話のように返答を急かすとマストは答えた。


「どうするって範囲が広い気もするけど、まあ軍はやめないんじゃないかな」


 求められているであろう答えに最も近いとマスト自身が思うことを言うと、シルライトは感銘を受けたようにうなり声をあげた。


「ふーん、続けるんだ」


「そうだね」


「なんで?」


 何故、その言葉に合うように返すにはとても難しいと感じるマスト。


「なんでって言われてもなぁ」


 少し悩んでから捻り出した答えはこうだった。


「軍をやめて普通の一般企業に就いても失業したりして、安定した生活が得られるなんてことは無いだろうし、何よりまだやり残したことがあるんじゃないかと思ってさ」


 戦争続きの中、不景気に次ぐ不景気。安定した金も手に入れられず路頭に迷うのは明らかである社会に出ても意味は無いと、マストの目にはそう映っていた。


「やり残したことって?」


 そんなことよりもシルライトが気になったのは後者の方だった。難しい話なんて彼女にはどうでもよかった。この血みどろの世界に自主的に残り続ける理由が知りたかったのだ。


「死んでいった仲間達ののことを思うと、ここで戦うことを辞めるわけにもいかないかな、なんて思ってる」


 シルライトは返ってくる答えに大方予想がついていた。

 やはり予想通りだ、マストは自分の為ではなく他人の為にこの世界に残ろうとしていた。


「それは仲間達のために?」


「それもあるけど、殆どはエゴだよ。」


 その本心を改めて聞くと、シルライトは目を見開いた。

 自分やっていることは正しくないけど、それでもやろうという意志があった。


「そう、なんだ」


 予想は外れた。だが得るものが彼女にはあった。


「じゃあアタシも戦場ここに残ろうかな」


 残りつもりではなかったと言うような口ぶり。それは真意を隠すためのベールであることに他ならなかった。


「それはどうして?」


 話の流れから聞いてほしいとは言えないシルライトにマストは援護を出した。


「アタシはグルニア達のやりたかった事を成し遂げたい。そして、グレイスさん達みたいに頼られたいから」


 悪く言えば自尊心を補い、優越感に浸りたい。

 口に出すことは出来なかったが彼女はグルニアや仲間達が死んでいくのに、何も出来なかった自分を恨んでいた。


「同じ時期に入隊して、同じ飯を食って、同じようにアリアステラに来て、同じ危機に瀕していたグルニアだけど、最期は同じじゃなかった」


 せめてもの償いとしてこれからの人生全てを賭して彼らの夢や目的を達成してあげたいと望んでいた。


「このままじゃアタシもアンタも、アイツに顔向けできないでしょ」


「そうか、じゃあ生き残らないと」


 微笑みをシルライトに向けるマスト。彼女の気持ちが彼には良くわかっていたから。そう笑って受け入れれば彼女も、グルニアも仲間たちも喜ぶはずだと信じていたから。


「うん」


 シルライトは頷き前を進んでいった。彼ら死人の魂と共に。


「生き残って、アイツらに何かしてあげなきゃ」

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