024. 前進




 所詮、人間は運命には勝てない。グレイスの師は語った。


 今を生きる人々に運命があるかどうかさえも分からないが、もしあるとするならば人々は運命には抗えないと言っていた。


 当時はまだ幼い少年だったグレイスは、未熟な心のせいで彼が何を言っているか分からなかったという。


 ただその時の顔は鮮明に映っていた。

 どこか遠くを見つめていて、今にも涙を流しそうな顔を覚えていた。


 グレイスは悲しい目つきの彼に、いつの間にか口を開きこう言っていた。




「俺が、やるよ」








 かつて写真で見たことのある色鮮やかなコペンハーゲンの街並みは、土煙の中に棲みつく廃墟と化していた。


 味わい深いカラフルな家の数々は人の生活感を残しながら瓦礫の山として存在していた。


「これは」


「すげえもんだろ? 戦争が始まってからずっと休むことを知らない場所だ、無理もないけどな」


 思わず出た潤の声にゲレオンは今までのことを説明していた。

 コペンハーゲンで両軍が五年も戦ってきた証拠はその光景に現れていた。


 二人の先を歩いていたグレイスは、その惨劇に何も口を出さず潤達に伝える。


「今の今までに少尉以外の戦える魔術師は死んでしまったと少佐が言っていたな、お陰様で大分追い込まれたと聞く」


「ああ、前線指揮官を任せれていた俺が駄目な采配をするばっかりに」


 後輩として来た魔術師は彼の指揮能力の悪さのせいで亡くなった。その責任は自分にあると反省の色を見せるゲレオンに、グレイスは一喝する。


「そうじゃないゲレオン。俺が言いたいのはここに来たからには、今までの責任もこれからの責任も全て俺が背負うということだ」


「大尉……あんたやっぱ凄いよ」


 その言葉を聞いたグレイスは潤も含めた二人に指示を伝える。


「じゃあ潤は左側、ゲレオンは右、俺が中央で食い止めるぞ」


「了解」


 全員が配置に分かれていく。

 お互いがかろうじて見える程度の距離を置き前へと進んでいく。


 グレイスは歩きながら本来あるはずのない右腕をまじまじと見つめる。


 本物と見紛う、最早本物と言っても過言ではないその見かけに今見ても感心するグレイス。


 いつしかこれを作った人間が一体どういう者なのか、どんな意図で送ってきたのかさえ考えてもいなかった。


 突き当たっていくとグレイスは瓦礫の山々に入っていき、ゲレオンと潤の姿が見えなくなってしまう。


 砂埃と火薬で灰色となったこの街でグレイス達は別々に敵と対峙しようとしていた。












 櫻井潤は左翼の防衛をする為に敵を待ち構えつつも、歩みを進めていた。


 彼の尊敬する存在であるグレイスから少しづつ信頼を得ようとしていた彼は率先して護衛を立候補した。


 同じく立候補したシルライトと賭けに勝ち、手に入れたその役目を果たそうと必死だった。


 名前の割に不純な動機であると自負すらしていた彼に最初の関門はすぐに訪れた。





「お前が新しくきた魔術師か!」



 正面から来たその声に体が反応する。

 一緒に来た十人ほどの魔術の使えない兵士達も前を向くとそこには不敵な笑みを浮かべる青年がいた。


「あんたは!?」


 マントを羽織った男は潤の言葉に答える。



「ヘニー・ハウトスミット、イクスを持つ男の名だ!」

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