019.消失






「と、いうわけでだ。 シルライトを追加し四人で行ってもらいたい」


 そうやって司令室に来た魔術師達に言い伝えるグレイス。


「怪我は本当に大丈夫なんだな?」


「はい! 叩いても痛くなかったスよ!」


 万が一の事を考え足を引っ張らないか再度確認したグレイスは、その答えを聞きうなずく。


 椅子に腰掛け机の上に脚を置き、話を右から左へ受け流すような素振りをしていたレブサーブは、グレイスの熱意を感じずにその年齢とは不相応な行動をしていた。


「煙草どこかな」


「中佐、緊急事態なので話を聞いていただければ幸いなのですが」


「いやぁ急に吸いたい時っていつも持ち合わせてないんだよ、なんでなんだろなぁ」


 目上であるレブサーブにグレイスは注意をすると、その話すら聞き流すように机にある引き出しを次々と開ける。


「お、あった……」


 右側二段目にあったタバコを見つけると嬉しそうな顔をし、さも自分のものかのように吸い始める。


「中佐……」


「うわこれまっじぃなあ、クライヴの野郎相変わらずの舌バカかよ」


 クライヴの持って行き忘れた残りのタバコを勝手に取り出し吸い始めた上、その言い草にグレイスは彼の自由奔放さに呆れていた。


 流石にいけないと思ったのかレブサーブは何もつっかえていないのに咳払いをしたあと、真面目な口調で喋り始める。


「んっん……で? 敵は俺が今ここに来る前に会ったやつで良いんだろ?」


「そのようですね」


 今までの彼の行動のせいか淡白な返しをするグレイスの横にいたニンバス。

 彼のかわりに空気の読めないレブサーブに苦手意識のあるニンバスが代弁をする。


「黒井 健吾。イクス、"ヤマト"を使い光の力を操る…見かけは日本人で刀を使う」


 次の言葉を言おうとするニンバスは彼は口ごもる。

意を決したような顔をして次の男の名を呼ぶ。


「もう一人は、ニルヴァーナ・フォールンラプス。イクスを持つ者であることはわかっていますがその具体的な力は判明していません」


「なるほど、そうか」


 言葉に詰まったニンバスを身振りだけでも気にかけようとするレブサーブは潤に目をやる。


「潤、俺が来る前には色々あったそうだが? まあ気にする事はない」


 その言葉に潤どころか、グレイスさえも驚く。

 グレイスがレブサーブに言ったことは今の今までまずない。

 どこでそこの話を聞いたのか分からないまま、レブサーブは潤に対して喋り続ける。


「俺は俺が来た時からのことしか知らない、その前の話なんて知らなくてもいいからな。つまりはあれだ、頑張れ」


 どこから聞いたかは分からないが潤の感情を理解しようとしているレブサーブは彼を応援していた。

 何がなんだかわからない潤は戸惑いつつも黙ってただ首を縦に振った。


 それを見ていたレブサーブは笑みを見せ、四人にその顔を見せた。


「ここに行くまでの飛行機ん中で資料を見てきてな、今回は以前よりだいぶ前の方で戦ってもらいたい」


 アグレッシブに、その上大胆に作戦を立てるレブサーブ。定石をとりながらも意表を突くクライヴとは似て非なるものであった。


「少々戸惑うところもあるだろうが、グレイスを中心に頑張ってもらいたい」


「了解!」



 全員が全員気合の入った返事をすると部屋の外へ出ていった。


 人のいなくなった司令室でたった一人残ったレブサーブは誰もいない中でぼやく。





「自己犠牲もほどほどに、な」






────────────────





 気がつくとグレイスの足どりは速く、いずれ出会う彼の顔を思い出していた。


 あの時あんなに悲しい顔をして頭の中に出てきたのに、以前はそれとは見違えるほどの鋭さをした眼差しがグレイスを貫いているようだった。


 彼に出会った反動のせいか、グレイスが思い出していたのは彼女の顔になっていた。


 アイリーン・グリーンフィールド。彼女は一目惚れだとグレイスに言うが、彼自身はそれに疑問を抱いていた。


 自分にそれほど魅力があるのか、なぜ自分なのか、他の男でいいじゃないか、そもそもどこで会ったのか。

 渦巻き続ける疑念もあの時見た笑顔でなぜか吹っ飛ぶ。


 今度は手紙を送ってくるらしい、人から貰う文にこれほど待ち望んだのはいつぶりか分からないグレイスは、別の角度からやってくる不安に苛まれながら待ち望んでいた。







────────────────





「グレイス、そろそろだぞ」


「ああ、分かってるさ」



 四人は普段戦っていた塹壕よりもさらに先で迎え撃つ形になりそこに辿り着くまでの道を走っていた。


 先頭にいたニンバスが足をとめると後ろにいたグレイスやシルライト、潤もその走りを終える。


「待ち伏せとしてはこちらが有利、あとはどれだけの力量かだぜ」


 準備を万端に済ませた彼らに勝るものなど今の今までには一人も出なかった。


 ただ、イクスという擬似的な魔術による力はこの場にいる魔術師どころかクライヴやレブサーブにすら測れず、多様な可能性が未知数であること以外何も知らなかった。


「あの二人っスか!?」


 小さな見張り台からシルライトが見たのはその体つきから分かるくらいに鍛えられたスマートな筋肉をもちあわせた男と、それとは反対と言っていいほどに細身でグレイスと同じ程の身長の男が二人。


 来たとわかった瞬間、ニンバスはすぐさま二人の下へ向かうとそれを追うように三人もそこへ走り出していった。


「こっちが来るまで待ってるなんて、随分と利口じゃないか」


 ニンバスが二人の顔が分かる距離まで近づくと健吾達にそうやって煽る。


「俺達は脆弱な人間なんでな、お前達みたいに半永久的に走れる訳では無いんだ」


「へっ、同じような存在の癖に何を今更!」


 互いの言葉で攻撃を繰り広げるニルヴァーナとニンバス。シルライト達三人が追いつくとグレイスは彼らに指示を出す。


「黒井健吾は潤とニンバスが、ニルヴァーナはシルライトと……俺がやる」


 最後の一言だけを溜め込んだグレイス。彼の方にニルヴァーナの不敵な笑みは向いていた。


 ニンバスと潤が頷き健吾の周りを囲むかのように構える。


「全くおっかねぇ奴がいるもんだよ、俺らはイクスには負ける訳にはかねえんだよ! 潤、お前もなんか言ってやれ!」


「同じ人種日本人だけど今は敵同士、俺にだってこっちにいる理由はあるぞ!」


「誰も聞いてないんだがな」


 敵でありながら意思表明をする潤にぼそっと呟く健吾。


 そんなことをしていると、ニンバスが彼の後から掌に炎をまき散らしながら殴ろうとしていた。


「アグニィ!!」


 魔術名を叫びながら殴り掛かると健吾は瞬時に抜刀しその熱を受け止める。


「ふっ、遅いぞ?」


「言ってろ!」


 悔しさをあらわにし、距離をとるニンバスを見た潤は健吾に休む暇もなく連撃を繰り出す。


「ウルサヌス──!! はああああああ!!!!」


 打ち響き、鳴り止まぬ金属音。炎と氷を纏った二つの刃が健吾と健吾の持つ刀を滅多打ちにしようとしていた。


「ッ─!!」


 健吾が物の見事にその全てを止めると、彼の持つ刀の鍔から刀身にかけて光が溢れ出す。


「イクス!?」


 後ろへ下がろうとする潤の懐に入りその輝きを放つ。


「ヤマトォォォォ!!!」


 まるで大地が割れたような音が聞こえた。

体を貫くように光は潤を襲った。


「くっ!」


 顔を腕で覆うと、ニンバスが潤を抱えあげすんでのところで回避する。

 かわした直後、潤を地面に放り投げるとニンバスは彼を守るかのように健吾と潤の間に立つ。


「俺は戦闘不能の相手を殺す主義じゃない」


「悪いが潤はまだ戦えるんでな」


 彼の言葉に反発するニンバスを見た潤は、泥だらけの服とともに体を起こす。


「大丈夫か、潤」


「ええ」


 顔は振り向かず語るニンバスの背中の後ろで、落ちた剣たちを拾い上げ再び強い力で握る。


「いくぞ!!」


「はい!」


「かかってこい……!!」







───────────────





「エクス、マキナ……!!」


 グレイスがその名を囁くと背後に円を描くように剣が現れる。

 創り上げられた剣はニルヴァーナに対し、一直線に突撃していく。


「フンッ!」


 ニルヴァーナが鼻で笑うのが聞こえたグレイス。

 何本もの剣はまるで攻撃しようとしていないかのように、ニルヴァーナにまるで当たらない。


「グレイスさん! 任せてください!」


 グレイスの攻撃を右手に持っていた剣で弾き、余裕の表情のニルヴァーナに近づくシルライト。


「喰らいなあぁぁああ!!」


 シルライトが叫ぶと同時に雷が彼女の持つハンマーにほとばしる。

 雷槌が降り注ぐのをすんでで守るニルヴァーナ。


 彼の動きはグレイスが五年前に見たそれとはあまりにも違いすぎていた。

 無駄のない移動に隙を見せない攻撃、どんな状況下であっても自分の身を守れるほどの身体能力。


 肉体面であればグレイスがニルヴァーナに負けているのは明白だった。


「なんて野郎だよコイツ! グレイスさん!」


 挟み撃ちにしようと、シルライトから送られたアイコンタクトを読み取りすぐさま二人と無数の剣で周りを覆う。


「こんな無駄なことをいつからするようになった?グレイスよ」


 あくまでも小馬鹿にするような発言を気にしないグレイス。

 土ぼこりが起きるほどの一歩を踏み出すとシルライトも、その数多の剣も彼に突進する。


「ふっ!」


 彼の持っていた剣がグレイスの刃を退かすとシルライトとグレイスが二拍ほどの差でニルヴァーナに対して距離を詰める。


 シルライトが先手でハンマーを振り下ろそうとすると、彼の持っていた柄が刃先に対し斜めに傾く。


「!?」


 シルライトは咄嗟に自分を守護する。ニルヴァーナの武器の剣尖から鉛玉が放たれる。


 あわやというところで持ち手に銃弾が当たり、彼女の頬をかする。


 その衝撃は重く、シルライトは軽く二メートルほど吹っ飛んでしまう。


「シルライト! くっ…」


 ニルヴァーナの持っていた剣はやがて先程の形に戻る。


「凄い武器だろ? 機械式銃剣アサルトブレードと言うらしい。イクスを手に入れた俺に試験段階のものを寄越しやがった」


 かつての親友と対峙し、戦場に私情は入れまいとしていたグレイスにも焦りが見えていた。


 しかし、今の仲間がやられてとなると話は違う。グレイスは必死の思いとともに彼に向かって叫ぶ。


「うおらああああああああ!!!! ニルヴァーナァァァァ!!!」


 迫真の声と同時に彼は両手にクレイモアの形をした剣を創造する。


 創られた刃でニルヴァーナを切り刻もうとするグレイス。

 その攻撃の全てが回避され、受け止められてしまった。


 それでもグレイスは止まることを知らず鍔迫り合いに持っていく。


 顔と剣が瞬く間に近づくとグレイスはニルヴァーナに語りかける。


「そっちがその気なら俺だって覚悟を決めるぞ!」


「そうか、それは大層なこって。」


 火花を散らすような彼らの打ち合いと掛け合い。

 押し負けようとせずに尚も続けるグレイスにニルヴァーナは笑みを浮かべる。


「なら、その誠意に答えるべく俺も見せてやろうじゃないか……」


 その笑いが何かを含めているとも気付かずにグレイスは彼から一度離れる。


 間を置かずに常人では目が追いつかないほどの瞬間速度でニルヴァーナの懐に飛び込もうとするグレイス。


 迫ると同時に剣を持つ右手を上げ切り落とそうとするグレイス。


 その時に彼の笑顔の表情に初めて気付いた。


「─────ッ!!」





 その速さは光速をも越えているかのようだった。


 振り下ろそうとしていたグレイスの右腕は既に存在していなかった。


 グレイスが気付いたのは腕が亡くなってから数秒した後だった。


 異変を感じたグレイスは膝から崩れ堕ち、異変の出処である右腕を見る。


「な、無い……!?」


「なんだ、右腕か」


 無くなっている、肘から下の腕が正しく"消えている"のだった。


 異変を見つけたあとすぐに、そこを中心に絶望的なまでの激痛が身体に走る。


「うっ……ああああぁあああぁぁあああ!!!」


 よだれを垂らし、右腕から血を大量に噴出させるグレイス。


 グレイス自身は止めることもどうする事も出来ずにいた。


「グレイスさん!」


 その姿を見たシルライトの叫びが潤とニンバスにも伝わった。


 ニルヴァーナは追撃することもせず、彼らがグレイスの下へ駆け寄るのを見ていた。


 腕と同時に失いかけていく意識の中でグレイスは周りに集まった者達の声が聞こえてきていた。





「撤退! 撤退だ!」


「少尉、でも!」


「他のことなんてどうだっていい! 前線なんてくれてやる! 潤、グレイスを持ってくぞ!」


「は、は、はい!」







 その言葉達を最後にグレイス・レルゲンバーンは目を閉じた。




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