010. 父と母と



 前線にて、敵の動向を伺っていたニンバスやグルニア達。

 簡易的に作られた塹壕の中、グレイスの戦いが終わるまで見張り役を任されていた彼ら。


「グレイスの奴、さっさと終わらせてくれねえかなぁ」


 ニンバスがぼそっと呟く。見張り役などという動かない立ち回りは彼やシルライトにはとことん合わないものだった。

「今頃終わってるんじゃないんですか?」


 グルニアはニンバスの言うことを聞き逃さず彼の言葉に返す。


「あっち側に最も近いのは自分らなんですし、中尉が帰ってきたら真っ先にわかりますよ」


「それはそうなんだがなぁ」


 別々の分隊の隊長、副隊長を務める二人。彼らを含め魔術師達は、全員が全員お互いの事を信頼しきっていた。


「アタシも前に出たいっスけどグレイスさんが出るってなると我慢しなきゃって感じっスよー」


 不慣れな敬語を使い話に割り込んできたシルライト。その彼女もまた、二人を信用していた。


「二人とも頼みますよ……ただでさえここは人手ぶそ……く、なん……」


 歯切れの悪い言い方をするグルニア。それに気付いたニンバスは本人に聞く。


「どうした?」


「いえ、あの光、なんだろって……」


 指さした方向はグレイスの向かっていた左側の山。雑木林の右隣からこちらに向かって、何かが光り輝いていた。


「あれって」


 ニンバスも目を細め、グルニアが示す場所を凝視する。


「……!! あれは……っ!!」


 その時、光の正体が分かってしまったグルニアはただただ叫ぶ。



狙撃手スナイパーああぁぁぁ!!!」



 聞き覚えのある乾いた銃声が響く。

 放たれた弾はグルニアを目掛け一直線に飛翔する。

 咄嗟に銃を取り出すグルニア、その努力も虚しく鉛は左肩へ入り込む。


「ぐはッ!」


 銃弾が貫通し、四メートル吹っ飛ぶグルニア。

 その一部始終を目撃したニンバスは、全員に大声で知らせる。


「敵襲!! 敵だ! 伏せろ!!」


 グルニアの近場にいたシルライト、ニンバスは異常にすぐさま気付く。塹壕の中に隠れ、山の方から体が出ないよう注意を払う。


「あの銃声、聞こえてきたって奴の音と特徴が同じっスよ!」



「ああ、恐らく狙撃銃、それ以上に強い武器だ」


「まさか、対物ライフルだって言うんですか!? ︎︎いくらアタシらが魔術師だからって身体はにんげ……」


「そんなことはどうでもいい! グルニアをこっちに持ってこい、俺が引きつける!」


 覚悟を決めた顔を見せ、ニンバスの指示に頷くシルライトは、体を晒したグルニアを撃たれるのを承知で持ってくる。


「おらぁ!こっちだこっち!」

 相手に届くはずもない声を出し、身を乗り出しながら拳銃をスコープの反射光に向けて撃つ。


「助けてくれ……! !!」

 痛々しい顔を見せる彼の言葉にシルライトは痛みによるものとし、すぐさま助けに向かう。


「おらああああああ!!!」


 本来、自分の武器に込めるべき電気を手足に走らせ、生体電流とともに流す。


 電気信号をより速く伝わらせるように、より速く反応できるように編み出したシルライトの魔術の小技を、グルニアを助ける為に使う。


 その瞬間、再び銃声が鳴る。


「いっ」


 敵がトリガーを引く時を見計らい、塹壕へ戻るニンバスに呆れグルニアを持っていく、シルライトに標的を変えた。

 グルニアの衣服の襟を掴み引きずっていたシルライトの右太腿をかする。


「てぇぇぇ!!!」


 男らしい叫びをするシルライトはやっとの思いでグルニアと自分を、掘られた土の中へ覆い隠す。


「いてえええ!!」


「ごめん、シルライト……手間、かけさせちゃって」


 かすれた太腿を抑え鳴くシルライトに謝るグルニア。


「んなこた、どうでもいいよ! 問題はアイツをどうやってぶっ倒すか! そして、グルニア、あんたをどうやって本部に連れて帰るか!」


 傷口から血を漏らしながら若干の苦笑いをを見せるグルニア。

 その言葉を聞いてからは何も喋らず、目を開け仲間の言うことに首を振るだけにした彼と、シルライト、ニンバスの下に三人の魔術師が集まる。


「大丈夫ですか!?」


「こっちからも敵が来てます!」


「なんだか分かりませんけどあいつら戦意がありますよ」


 ガルカ、潤に続いて敵の接近を教えるマスト。


「クソッタレ! どうすりゃいいんだよこんなの!」


 明らかに焦っている顔を表すニンバス。全員が塹壕の中へ身を潜めている状態の中から脱却する為にどうするべきかを、考え浮かぶ全ての方法から最も安全な策を講じようとしていた。


 その間にマストは気付いた。


「少尉、スナイパーからの狙撃が来てません!」


「……!? っ、グレイスか!」


 その時、彼は身体をさらけ出す。グレイスの向かった左側の山から反射光は見えずすぐにグレイスが戦闘中であることを理解した。

 正面からやってくると思われる敵に体を向け、ニンバスは言い放つ。


「あとは目の前だ……!」






────────────────








「質問に、答えろ!!」


「フッ、少しは落ち着きなさい?」


「至って冷静だぞ、俺は」


 日光が射す林床の中、気前良く置かれた大きな岩に寝転がり、対物ライフルを構えていた女にグレイスは問うていた。


「別に? なんでもないわ。ただ、人を殺そうとしていたくらいじゃない?」


 一々語尾を上げる彼女にグレイスはただただ淡々と喋る。


「俺の仲間を、か?」


「ええまあ、なんせ私もブレイジスの一人だし」


 一歩一歩踏みしめ、名も知らぬ女性に近づくグレイス。


「悪いがあんた見たいな女でも殺す時は殺す。それが戦争の常なんでね」


「殺せるなら殺してみなさい」


 対物ライフルは岩の上に置いたまま、紐で肩掛けられていたセミオートライフルを握り締め、構える。


「ふぅッ!」


 綺麗な手がトリガーに指をかけた時、左手に槍を、右手に大剣を創り出す。


「はああっ!」


 引き金を引きばら撒かれた弾はグレイスの方へやってくる。


 大剣を前に自分の体を隠し、少しずつ前へ進む。

 銃弾の雨が止んだその時、大剣を退け、左に持っていた槍を前に出し突く。

 風圧とともに放たれた刺突は彼女の体には当たらなかった。


「甘いよ」


 目線外にどけた大剣、その向こう側にいる彼女。

 リロードをしている間にそう言うもグレイスは隙を逃さない。


「らぁ!」


 大きく縦振りした剣をまた避け、再び銃口をグレイスへと合わせ撃つ。


「くっ!」


 こちらも重ねて大剣で防御をするも、間に合わず。七・六二ミリの弾を二発、左の二の腕と右の肩上に食らう。


「これしき!」


 痛みを踏ん張り、前に剣を突き立てるグレイス。


「!?」


 すると、グレイスの底力によって耐えていた痛みの出処から急に脱力感と違和感が襲った。

 武器を捨て、前に崩れ落ちかけるグレイス。右腕で倒れるのを防ぐもそ未だその正体が分からなかった。


「何をした!?」


「これが私の力だから」


「どういう、ことだ……!!」


 汗をかき踏ん張るグレイスを見下すような目で見る彼女は口を開く。


「どうもこうも、力って言ってるでしょ。自分の触れているものに敵を麻痺させる力を与える、それが私の、


「イクス……っ?」


 名も知らぬ魔術。


 一体何故、魔術師がブレイジスにいるのか。そもそもこれは魔術なのか。本当にそういった力なのか。彼女は一体何者なのか。


 動かなければ殺される状況下、なにもわからないグレイスの思考はあらゆる物が巡り巡っていた。


「話は終わり、じゃあさよなら」


 半自動小銃を向ける。さよならと言う言葉には本当の死が待っていた。

 身体が自由に動けないグレイスは持ちうる手立てを使う。


「うおおおおおおお!!!!」


 ただ叫び彼女に鋭い目をやる。


「ふふっ、そんな顔しても駄目だか……っ!?」


 倒れた時落とした大剣が彼女に飛びかかり右腕のつなぎ目に接触する。刺さった時の衝撃で近くの木に背中を打たれる。


「がハッ!」


 土にまみれ、吹き出る血。皮一本という程に断たれかけたその腕からは血肉がするすると出てきた。


「悪いな、死ぬのはあんただ」


 麻痺が和らぎ、立ち上がるグレイス。


「でもまだ死ぬなよ、色々と聞きたいんでね」


「あなたに答えることなんて何も無い……」


 自分が死を悟ったのか、グレイスが接近してきたその時、小さな爆発とともに彼女の体がバラバラになった。


「──クソッ!」


 腕で顔を覆い後に飛ぶグレイス。

彼女の面影は肉片だけを残し一瞬でなくなった。


「…………」


 その破片を横目にグレイスは仲間達の助けに向かった。







────────────────







「うおおおお!!!」


 叫び声を上げながら進撃してくる敵を前に撤退を皆に提案するニンバス。


「先頭は俺、シルライト、潤はグルニアが抱えて、ガルカ、殿はマスト、頼めるか?」


「勿論です」


「みんな頼むぞ」


 有無を言わさずニンバスは真っ先に突き進む。

 炎の魔術、アグニを吐きながら先頭を走るニンバスに追随するように、仲間達もついてくる。


「ああもう、なんだよあいつら! アタシはゼッテー許せねぇ!」


「私情はどうでもいい、ついてこい!」


 走り抜けるニンバス達の後ろで、ロングコートの中から数多の銃を取り出し、使い捨てのように銃撃の限りを尽くすマスト。


「ああ!」


 牽制しつつ、撤退する彼の前でガルカは転んでしまう。


「ガルカ!」


 潤やグルニア達前のメンバーとどんどん離れる中、その間に手榴弾が投げ込まれる。


「ひっ!」


 悲しい声を上げるガルカ。咄嗟にマストはワイヤーを取り出し彼女に右腕に巻き付け、自分の元へ寄せる。

 爆発した瞬間、自分を盾にするようにガルカを庇うマスト。


「うああぁぁ!!」


「!?」


 背中を焼かれたマスト、彼に守られたガルカに気付いたニンバスはシルライトに言う。


「シルライトぉ! 前頼む!」


「うっす!」


 シルライト、潤、グルニアとすれ違いながら二人の下へ向かうニンバス。


「マストぉ、ガルカぁ!」


 叫びながら辿り着いた彼は二人を守る炎の壁を張る。

 熱々としたニンバスの心とその障壁は繋がっているかの如く、燃えていた。


「速くしろ!」


 その言葉に動かされるかのように気絶したマストに肩を貸すように歩き始める。


「あと少しだから! あと少しだかんなグルニア!」


「あぁ、あとすこし……」


「あとすこしですから!」


 グルニアの撃たれた場所からとめどなく出続ける血を抑えながら撤退する潤。その目には涙を浮かべていた。

 シルライトはただひたすらに前を向き、本部へと戻ろうとしていた。彼を背に大声で声をかけながらただ走っていた。


「ほんの少しだけふんばれ! そしたらお前の傷は治る! だから…」


「わかっ、てるよ。あとす、こし……ね」


 潤に抱えられるように歩くグルニアの顔色はどんどん悪くなっていき、ずっと笑みを浮かべていた。


「あとすこし、ですから……!」


 横から聞こえる潤の声を聞きながら彼はグレイスとの約束を思い出していた。


「自分の鳩を、貸して、本国に手紙、を、がはっがはっ! ……送るんだった。死ね、ないな」


 どんどんと声が小さくなる彼は呟く。


「とう、さん……かあさん。おれはまだ……しね、ないよ……ね」


 そう言いながら彼らはクライヴの待つ本部へと着こうとしていた。



 

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