カメラマンと酒を飲み語り合った

翌日は朝から海は荒れていた。


3等客室は機関室に近いので、デンマーク製のディーゼルエンジン5500馬力の唸りがよく聞こえる。


氷川丸は私のいる21世紀まで生き残っているので、まず不安はない。


ガッチリとした丈夫な船体は、悪天候を乗り越え、戦争も乗り越えた優秀船なのだ。


その日は一日のほとんどを客室で過ごした。


カメラマンに仕事道具であるライカを触らせてもらった。


これが世界初の小型カメラか…。


緊張のあまり、手に汗をかいた。


美しいカメラだった。


私のカメラも見せてあげたいと思ったが、そこは我慢した。


しかし、この後カメラマンの彼から意外な言葉を聞くこととなった。


「失礼な言い方になるが、貴方は何者なのだ?


実は貴方に会った初日に、貴方のカメラがリュックの頭から出ていた。


勝手に触って悪いと思ったが、少し見せてもらった。


驚くことにあのカメラは我々の理解するところを遥かに超えた代物だ。


誤ってスイッチに触れてしまったのだが、このスクリーンに映像が出た。


きっと貴方が今まで撮ったものだろう。


そこには日本人ではあると思うが、見たことのない服装をしている人々が写っていた。


そして驚くべきことに、天まで届くであろう建物がそびえ立ち、見たことのない形の自動車が数えきれないほど走っていた。


勝手に見てしまい申し訳ない。


差し支えなければ話していただけないだろうか。」


私は彼に不安を与えてしまったことを詫びた。


そして私のいる時代のことや、この船に乗るまでの経緯を話した。


「私の使っているカメラは日本製のニコンというメーカーの物です。


ニコンのカメラはまだこの時代の日本では発表されていません。


カメラは日本製が世界を席巻する時代が来ます。


カメラだけではなく、工業製品においても今後日本は他の国を圧倒するでしょう。


これもひとえに先人の方々の努力の賜物であると、私達の時代の多くの日本人は感謝しています。」


私は熱を込めて言い、彼に頭を下げた。


私達は酒を飲み、語り合った。


ただ今後に起きる大きな戦争のことは言えなかった。


私はそのことで心の中で深く彼に詫びたのだった。

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