その時これは夢でないことを私は悟った

乗客は食事中なのか、相変わらず屋外デッキには人の姿はなかった。


私はベンチに座り、ポケットからiPhoneを取り出し、画面を見た。


電波が入らないのは海上だから仕方ない。


リュックからカメラを取り出し、数枚ライトアップされている屋外デッキを撮った。


しばらくすると、先程のスチュワーデスの彼女が、アジの干物やご飯、味噌汁などが乗ったお膳を私のところに持ってきてくれた。


「こちらは3等客室にお出ししているお食事です。こちらでよろしいでしょうか?」


彼女は私が座っているベンチにお膳を置いた。


「ありがとうございます。

申し訳ない。助かりました。」


私はお礼を言った。


彼女は私が手にしているカメラを不思議そうに見ていた。


「ライトアップされてとてもきれいですね。今少し写真を撮っていました。」


私は今撮影した屋外デッキの写真を、カメラの背面にある液晶モニターで彼女に見せた。


彼女は驚いた表情で私を見た。


「これは、最新のカメラですか?

今撮った写真がこのスクリーンで見ることができるのですか?」


と彼女は興奮気味に言った。


「このカメラはもう5年くらい前のモデルなので、決して新しいものではないですよ。

今撮った写真が見ることができるかだって?

そんなものはiPhoneだって見れるではないですか?」


と私は言った。


「iPhone?

それはどんなカメラですか?」


彼女は言った。


この人は何を言っているのだろうと私は思ったが、そうかここは氷川丸が運航していた時代の夢の中なのだ。


私はポケットからiPhoneを取り出し、数枚写真を撮った後、彼女に見せた。


さらに驚かせてみようと、動画も撮って見せた。


彼女は私に


「お客様は大変に偉いお方で、庶民の私達が持つ事ができない機械をお持ちのようです。

このようなお食事をお出ししてしまい、申し訳ございません。」


と深々とお辞儀をした。


私は彼女を驚かせてみようとした自分を恥ずかしく思った。(夢の中なのに…)


「あなた方の時代の人達が努力されたので、今私達がこのような便利な物に囲まれて生きているのです」


と私は言い、夢の中だからいいだろうと思い、彼女の手を握った。


その時、私の肘がごはんがよそられている茶碗に当たり、デッキの床に落ちた。床は木製であったので、茶碗は割れることはなかったが、少しかけてしまった。


かけた破片を拾おうと、手を伸ばし、破片を持った瞬間、私は指を少し切ってしまった。


痛みが走り、血が滲み出た。


その時、私はこれは夢ではないことを悟ったのであった。

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