煙突から黒い煙を吐いている船があちらこちらに見えた
私は、このようなイベントがあったことを知らずに、間違ってこの氷川丸に乗船してしまったことを彼女に伝えた。
彼女の表情は、相変わらず困惑したままだった。
私は
「すぐに陸地に戻ってほしいと言っているわけではないのです。
この船はどの辺りをクルーズするのですか?」
と優しく彼女に聞いた。
まぁイベントではあるし、古い船でもあるし、東京湾を一周するくらいか。
まさか清水港のある駿河湾までいくのだろうか。
それとも神戸港まで?
そんなわけはないか。
彼女は考えたあげく、
「ですから、シアトルまで…」
と同じ答えを繰り返すのみであった。
私は彼女の頑な態度に、感心さえしてきた。
この硬いガードをどう崩したら良いのか、途方に暮れ、遠くに目をやった。
そういえば、横浜ベイブリッジをまだ通過していないことに気づいた。
高層ビル群や埠頭のガントリークレーンもない。
陸地に見えるのは、西洋風の煉瓦造りの建物や、倉庫、そして現在ではありえない、煙突から石炭の黒い煙をもくもくと吐いている船が、あちらこちらに見えた。
歩いている多くの人々は、西洋風の服装で、男性はスーツに頭にはハットかぶっている人も多かった。
女性は着物の人もいたが、ヨーロッパの貴婦人のような、なんとも不思議だが、お洒落な格好の人も多く見えた。
私はその時、夢を見ているのだと悟った。
夢を見ている時に、これは夢であるとわかる時がごくたまにあるからだ。
しかし夢にしてはあまりにも臨場感があるが…。
私は彼女に
「大丈夫。ありがとう。」
とお礼を言い、その場を離れた。
氷川丸は横浜港を出て、東京湾に来ていた。
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