第26話 つばき指南! 俺にできること

「あ、お帰りゆう兄! ……って、どしたの?」


 家に帰って早々、つばきに心配されてしまった。


 確かに今抱えてる問題はあるけど、それを表情や態度に出してしまってる自覚はない。返答するより先に、すぐそこにあった姿見で顔を確認。……うん、別にいつもとそんな変わらんだろ、俺。


「……どしたのって、別にどーもしてない……こともないことはないけど、とにかく俺は普通に元気だ。なんだ? いつもと違うところでもあったか?」


「はぁ……。全然違うよ。息遣いとか、瞬きの回数とか、足取りとか」


「は……?」


「ゆう兄、普段元気な時は口閉じて鼻呼吸してることが多いけど、何か問題があって落ち込みがちな時はため息をしがちになるからか、口呼吸になってるの。瞬きに関しては、何もない時、基本的に多め。けど、今は考え事のせいで瞬き忘れがちになるから、目が乾いてちょっとだけ充血気味。足取りはわかりやすく家の中でも重めになる」


「いやいやいや、え!? は!?」


「学校で何かあったのゆう兄? つばきでよかったら、話聞くよ?」


「ちょ、ちょっと待て! 怖っ! 怖いわ! お前の観察能力怖いわ! どっかのメンタリストか何かかよ!?」


「メンタリスト? そんなわけないじゃん。アタシはゆう兄の妹の関谷つばきだよ? ほら、何があったのか話聞いてあげるから、こっちに来るの。ね?」


「ひぃぃぃっ! お、お袋ォ! 助けてくれェ!」


 目のハイライトを消失させ、接近してくるつばきは恐怖そのものだった。


 生まれてからずっと一緒だったとはいえ、ここまで観察されつくしているとなると、いったいどこからどこまで俺のことを把握しているのか、怖くなってくる。


自室に隠している性癖の数々なんて余裕で把握されてるんじゃなかろうか。中学三年生という難しい年齢の女子なのにもかかわらず、それらを見て普段通り俺に接してくれてるんなら、なんてできた妹だろうと思うのだが、それと同時に、その器の大きさが恐ろしくも思えた。


 言うなれば、ブラックホールのようなものに吸い込まれそうになる感覚というか、なんというか……。


 ともかく、俺はなす術なくつばきに捕らえられ、自室へと連行された。



「――ふーん、なるほど。つまり、ゆう兄は今、三月弥生さんって人と仲良くしてて、その人の友達候補である小咲つくしさんとも仲良くしようとしてたんだけど、過去のゴタゴタのせいで避けられ始めちゃったってことね」


「本当にざっくり端的に言えば……そんな感じだな」


「へぇ~……、あのゆう兄が女の子二人とねぇ~……」


「『あの』ってのは余計だ。過去にもその……ひ、一人くらいは女子と接点持つことくらいあった………………はず」


「へぇぇぇぇ~~~……」


「っ……、な、なんか不機嫌でらっしゃらない? つばきさん?」


「べっつにぃ~? 気のせいじゃない?」


「……なら、その今にも誰か一人殺ってしまいそうなほど恐ろしい表情をお沈めになって欲しいのですが……」


 妹の不機嫌ボルテージは一向に収まる気配を見せてくれなかった。


 学習机付属の椅子にどっかり座り、足を組んで俺を見下ろしてくる。


 俺はなぜか床に正座し、怒られてるみたいな感じ。


 というか、何があったのか言うよう迫られたから正直に言っただけなのに、明らかにそのせいでさっきよりも負のオーラみたいなものが上昇していた。


 俺、このままつばきの部屋に監禁されたりしないよね? 妹に大事に思ってもらえるのは兄としてすごく嬉しいことだけど、ちょっと愛が行き過ぎてると思うんだ。生きて帰れるよね? ……よね?


「……まあいいや。それで、ゆう兄はどうしたいの?」


「え?」


「これからどうしたいと思ってる? どう動いて、その小咲さんって人になんて声かけたらいいと思ってる?」


「い、いや、それがわからないからつばきに今こうして聞いてるんだけど……」


「はぁぁぁ~~~~……」


 思い切り呆れられた。思わずビクッとしてしまう。


「え、えぇ? 俺、なんか間違ったこと言った……?」


「ううん。言ってないね。言ってないけど、はぁぁぁ~~……だよ」


「えぇぇ……」


 なにその遠回しな不正解アピール……。


「じゃあもう聞くけど、ゆう兄さ、まずは自分が小咲さんって人になった気分でアタシの質問に答えてね?」


「小咲さんに……?」


「準備はいい?」


「あ、はい」


 人差し指を突き出され、質問は始まった。


「一つ目。新しくできたばかりの友達と遊んでる時に、昔自分をいじめてた人たちが

馴れ馴れしく近付いてきたらどう思う?」


「……まあ、それは嫌だと思うだろうな。いじめてくれてた奴らには『どっか行け』と思うし、そこにいる友達には…………いや、にも、か。俺は……『見ないで欲しい。どこかに行ってくれ』って思うかも……」


「うん。じゃあ二つ目。どうして友達にも『どっか行ってくれ』って思うかな?」


「それは……いじめられてた惨めな自分を見せたくないし……、何よりもいじめられた経験がある人間ってレッテル貼られるのが嫌なのかもしれない……」


「どうして?」


「……他人から攻撃を受けるような要素……欠点を持ってることがバレるから……。そのせいで……新しくできるはずだった友達が離れていくかもしれないから……?」


「それだよ」


「うん……。…………って、え? それ?」


「そう。それ。小咲さんは、ゆう兄と三月さんに嫌われるのが嫌で、自分の欠点をこれ以上露呈させるのが嫌で、今避けてるんだと思う」


「な、なるほど……」


「もちろんこれは推測だし、聞けるんなら本人に聞くのが一番だけど、今はそれができないもんね。話を進めていくのなら、この線で動いて行くしかないよ」


「はぁ……」


「で、どうするべきか、だよね。それは――」


 つばきはその後にも色々と俺に教えてくれた。


 それは三月さんが個人で動くことを前提にしたうえで、俺がすべきことだった。


「けど、あくまでもこれはヒントだよ? ここから先はゆう兄が自分で考えてもっと動いて行くしかない。三月さんがやれることなんて、たぶん知れてる。だから、ゆう兄はゆう兄でガツガツ動いてかなきゃ。いい?」


「お、おう……! そうだな!」


 小咲さんの昔通っていた中学校、そして、日曜日に会った派手目な女子二人組。


 彼女らの方へ近付き、直接話を聞くことこそ、俺にできることだと妹は教えてくれたのだった。

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