第21話 手を拭いてあげることはエ〇チなことなのか?(哲学)

 アニメショップで一時間ほどを過ごし、俺たちは次に昼食を摂るため、モフバーガーに行った。


 ただ、ここでちょっとした争いが起こったことについても言っておかなければならない。


 元々、アニメショップにいる段階から昼食をどこにするか話し合っていて、ハンバーガーを食べようということになってはいたのだが、三人が三人とも、なんと別々のハンバーガー店をセレクトしてしまっていたのだ。


 俺がマケドナルドで、三月さんがロッフェリア、そして小咲さんがモフバーガー。


 正直な話、こういったのは傍から聞いている人からすれば、「ハンバーガーなんてどこのでもいいだろ」なんてことを思うかもしれないのだが、まったくもってよくない。


 マケドナルドは他店と違って財布に安いし、ポテトの太さも一番細く、めちゃくちゃ食べやすいのだ。


 加えて店員さんにスマイルを要求すれば、返してくれるというサービス精神の旺盛っぷり。ハンバーガーを語るうえで、マケドナルドの右に出るところはないだろうと、俺は考えている。


 が、こんな風に三月さんと小咲さんの二人に熱弁してみたのだが、二人はムッとして、俺と同じく自分の行きたい店のことを語り始める。


 三月さん曰く、ロッフェリアはマッケとモフのいいとこ取りをした店らしい。


 マッケの食べやすい細いポテトに手軽な値段、モフの落ち着いた店内の雰囲気。


 それが合わさったのがロッフェリアなのだと、鼻息荒く語ってくれた。


 次に小咲さんだけど、彼女はハンバーガーとくればボリュームだろう、とまったく引いてくれる気配を見せない。


 モフやロッフェリアの二店とは一線を画したような、太くて食べ応えのある熱々のポテト。


 提供されるハンバーガーのボリュームは一つ一つが充実していて、満足度も段違いとのこと。


 三者三様推しハンバーガーショップの愛を語り、また、一歩も譲る気配はない。


 こうなってくれば、正々堂々じゃんけんだ。


 じゃんけんは正義。勝った者にこそ、昼食を己の愛する店でハンバーガーを食すことができる。


「じゃあ行くぞぉ! じゃんけーん――」



「――で、こうなったわけだけどさぁ……」

「……わたし……いま……ろっふぇりあではんばーがーたべてます……おいしい……おいしい……ふふ……」


「あんまり文句言わないのー、二人共。じゃんけんに勝ったのは小咲なんだから、小咲の選んだモフだけが正義なのです!」


 モフバーガーショップの店内。


 端っこの方の席を陣取った俺たちは、小咲さんを除いて、不服そうな様子でハンバーガーを食らっていた。


 いや、でもちょっと三月さんに関して言えば、不服というより、絶望と言った方が正しいかもしれない。


 死んだ目をしながら、ロッフェリアにいるのだと、ブツブツとした小さい声でずっと自己暗示をかけている。


 もはや後でロッフェリアに連れて行ってあげた方がいいのかもしれないと思うレベル。ショックの度合いが俺とは段違いで、なんか可哀想になってくる。そんなに行きたかったのか、ロッフェリア。


「まあ、マッケには行けなかったけど、モフが美味いのも確かだよね」


「おー、さすが関谷くん! さっきまで敵だったとは思えない! 順応するのが上手だねぇ~」


「別に順応っていうほど大層なもんじゃないけど……ほい、紙ナプキン。口元にソース付いてるよ、小咲さん」


「あっ……! こ、これはお恥ずかしいです……」


「モフのハンバーガー食べてる時はしょうがないよ。大きいし、ソースもいっぱいかかってるから」


「……///」


 顔を赤くさせて、俺から受け取った紙ナプキンで口元を拭く小咲さん。


 何でもないやり取りだが、それを見ていたであろう三月さんから、突如そこはかとない負のオーラを向けられてしまった。


 尋常じゃない寒気がして、俺は震えながら問いかける。


「み、三月さん……どうかした……?」


「……いえ、何でもないです。……何でも……」


「そ、そそ……そっか……。ははは……」


 百パーセント何かある口ぶりだった。


 いつもは向けられて嬉しいはずの笑顔なのに、今回に至っては殺気すら感じるのは、絶対に気のせいじゃない。こ、怖すぎる……。



 それからだいたい二十分ほどだろうか。


 俺たちは和気あいあいと次に行こうとしているゲームショップのことについて語りつつ、ハンバーガー類を完食。


 相変わらず三月さんはちょっと機嫌を損ねられているようで、表面上では不機嫌なのが伺えないのだが、ニコニコと恐ろしい笑みを定期的に俺に向けてきていた。


 どうにかしなければ……。


 そう考え続けていると、小咲さんが「よーし」と声を上げた。


「それじゃ、ハンバーガーも食べ終わったことだし、次なる目的地へ――といきたいところなんだけど、ちょっとお手洗い行ってきてもいいかな?」


「あ、うん。どうぞどうぞ」


「二人残しちゃうけど、エッチなことしちゃダメだよ?」


「しないからそんなの!」


「ぬひひー、本当ですかなー? まあいいや、それではすみませぬ! すぐに戻ってきますので!」


「はいはい……」


 まったく、仕方のない人だ。


 はぁ、とため息をつく俺だが、同時に心の中で叫んだ。


 ――これ、ちょっとしたチャンスだ!


 小咲さんには悪いけど、三月さんと二人きりになれたし、この機に機嫌を直してもらおう。


 なんてことを思っていると、だ。


「……関谷くん……」


「あ、は、はい!」


 先に三月さんに声を掛けられてしまった。


 あまりにも不意打ちだったので、裏返った声で反応してしまう。


「……お隣……移動してもいいですか……?」


「え……と、隣……?」


「はい……」


「それはいいけど……なんで今……?」


「………………い、今だと……いけません……か……?」


 三月さんはうつむき、もにょもにょした口調で返してきた。


 表情は見えないけど、耳がすごく赤かった。


「いけない……ことはないけど……。う、うん。いいよ」


「……で、では……失礼します……」


 サササっと対面している席から、俺の隣へと移動してくる三月さん。


 近付いたことによって、揺れる彼女の黒髪からすごくいい香りがした。

 

「………っ………」


「………………///」


 互いに無言。


 ……な、何なんだこの状況は……。


「あ、あの……三月さ――」


「……てください……」


「へ?」


「拭いて……ください……」


「拭く……?」


 何のことだ?


 ドギマギしながら首を傾げていると、三月さんはうつむかせていた顔をわずかに上げ、上目遣いで見つめてきた。


「て、手が……ポテトのお塩で汚れたので……拭いて……欲しいです……」


「え、えぇ……!?」


 途切れ途切れに言いながら、綺麗な手を申し訳なさそうに差し出してくる三月さん。


 俺が激しく動揺すると、彼女はボンっと赤くなり、挙動不審になりながら続ける。


「だ、だだ、だって、つくしちゃんにもそうやって……!」


「こ、小咲さんのは紙ナプキン渡しただけだよ!?」


「っ~……/// で、でも……でも……///」


「っ……」


 雰囲気的に凄く断りづらい感じだった。


 けど、手を拭いてあげるということは、彼女の手に思い切り触れるのはもちろんのこと、お世話してあげるという特別感みたいなものがある。


 大人が子どもに、だったら何の不自然さもないが、いい歳した高校生、しかも男女がやってる図っていうのは、傍から見れば確実に何かがおかしい。


 もう完全にその二人はただならぬ関係だ。


 周囲に人はいるし、まじまじと見られれば、勘違いされるのは必至。


 ……けど……。


「……っ~……///」


 勇気を出して言ったのか、恥ずかしさに悶えながら手を差し出してくれている三月さんを見て、断るとというのもできなかった。


 ……仕方ない。


「………………」


 俺はそっと彼女の手を取り、指先を拭いてあげる。


 三月さんはその瞬間ピクッとし、なんというか、艶めかしい吐息と上目遣いで俺を責め立ててきた。ヤバすぎである。


「………………///」


「………………///」


 もう本当になんだこれ、というほかない。


 通りかかった人にチラッと見られたりもしてるし、恥ずかしさは極限状態だ。


 そんな時である。


「はぁ~。やーっぱり小咲の予想は当たってたかぁ~」


「「――!?!?!?」」


 小咲さんの声に、俺と三月さんはギョッとしてそっちへ視線を向けた。


 彼女は腕組みをし、「仕方ないんだから」といった風にため息をついていた。


「つ、つくっ、つくしちゃ……」


「あー、大丈夫大丈夫。何も言わなくていいよ三月ちゃん。お盛んなお年頃ですもの。こういったことがしたくなる気持ちはわかりますんで、小咲」


「べ、別に俺たちは――」


「はいはい。関谷くんもいいからいいから。ささ、もうゲームショップ行こ、ゲームショップ」


「勘違いだってばぁぁぁ!」


 そう言われるのはわかってる。わかってるけど、俺は一人叫ぶのだった。

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