第17話 重度のメンヘラ

「いやぁ、しっかし驚きだったな」


「なー、ほんとほんと。あの三月さんに侑李以外で近付く人がいるとは思えなかったもんなー」


「………………」


 時は放課後。場所は学校から少しばかり離れたところにあるファミレス。


 そこで俺は佐々岡と高津の二人と共に、適当に駄弁りながらフライドポテトをつついていた。


 話題の中心は、いつもなら可愛い女子のこととか、ゲームのこととかなのだが、今日は違う。


 三月さんと……小咲さんについてだった。


「名前、確か小咲つくしさんだっけ?」


「ああ。いつも自分の席に座って一人で何か描いてる女子だな」


「あーねー。どっちかというとぼっち気質、みたいな感じかー」


「いや、違うぞ佐々岡。小咲つくしは『ぼっち気質』ではなく、正真正銘の『ぼっち』だ。そんなこともわからんのか、同じクラスメイトだというのに」


「いやいやいや、良一に『そんなこともわからんのか』、とか言われたくないし。『三次元の女はクソ』とかいつも言ってるくせに」


「それはそれ。これはこれだ」


「まったく一緒だっての!」


 二人は隣合って座りながら言い合う。


 俺はそんな佐々岡と高津の二人と対面するように一人で座っているのだが、テンションの差を表現するみたいなため息をついてしまっていた。


 無意識のうちに。


「ん? なに、侑李? 元気ないじゃん」


 佐々岡がポテトをかじりながら問うてきた。


 それに対し、俺はチラッと佐々岡の顔を目だけ動かして見やり、また視線を落とす。


「別にー。元気がないことはないけどさー」


「嘘をつくな嘘を。お前の今の様子は完全に元気のない奴のそれだぞ」


「そーそー、良一の言う通り。なんかあったんなら聞くよー?」


「……何もないって。あと、俺が元気なさそうに見えるのは、現代社会における若者特有の態度を表してるだけだから、心配してくれなくていーよ。ほら、最近の若い奴って元気なくせに気だるそうにしてるだろー? あれみたいなもん」


「お前もその若者だというのに、なにをジジクサイこと言ってる? どっからどう見ても元気ないだろ」


「待てよ良一。これ、なんか悩み事がある時の侑李だよ。ちょーめんどくさい言い回しすんの」


「めんどくさくてけっこーですよ。……はぁ~……」


 ため息をつきながら気だるそうにポテトをつつく俺を見て、二人は心底面倒くさそうにしていた。


 気持ちがわからないということでもない。


 客観的に見て、今の俺は訳も分からずテンションが下がっていて、意味不明の存在でしかない。


 自分でも、何やってんだろ、とか思いながらため息ついてるし、もう本当に謎だ。


 ただ、テンション暴落の原因だけはハッキリとわかっていた。


 こういう時、手放しで喜ぶべきなんだけどな……。ほんと、なに考えてんだ俺……。


 遂には自己嫌悪に陥りながら、コーラをぐびぐび飲むのであった。



 テンション暴落の原因、それは単刀直入に言って、三月さんに友達ができたことだ。


 朝のあのやり取りを通して、三月さんは小咲さんと晴れて友達になることができた。


「私とお友達になりませんか……!?」


「へ……? い、いいの……?」


「は、はい……! 私も……お友達が……ずっと欲しくて……」


「三月ちゃん……」


 友達関係締結の瞬間を目の当たりにした時は、なんて微笑まし光景なんだ、とかのほほんと考えてたけど、時間が経っていくにつれ、自分の中でほのかな嫉妬心が芽生えてきていたことを自覚するしかなかった。


 いつもの背中文字も『小咲さんとどんなことをおしゃべりしたらよいか』とか、『そもそも小咲さんってさん付けで呼ぶべきなんでしょうか』とか、四六時中とにかく小咲さんでいっぱい。


 いや、そりゃいいんだけどね? 念願のクラスメイト友達ができてハッピー。これで三月さんの学校生活もより豊かになるはずだし、そもそも俺だって最初はそうやって友達作ってもらおうとか考えてたし、全然いいんだけど……。


 ……何なんだ、この言いようのない嫉妬心みたいなものは……。


 三月さんのことを「重度なコミュ障」なんて心の中で表現してたけど、俺は「重度なメンヘラ」とでも呼ぶべきなんじゃなかろうか……。


 むしろヤバさ度数でいけば、俺の方が圧倒的に勝ってる。ヤバすぎる。


 まさか自分にこんな隠れた一面が潜んでいたとは……。


 その事実も含め、色々とショックだった。



 そんなわけで、帰宅。


 授業中にやっておくよう言われていた翌日の課題等諸々あるが、それを差し置いて、真っ先にスマホをカバンから取り出し、LIMEを開く。


 そして、三月さんのアカウント、表示名『やよい』(可愛い)をタップし、通話表示部分をさらにタップしようとする。


「…………っ……」


 ――が、できない。


 よくよく考えたらいきなり通話とか、今までこんなことしたことなかったし、まずはチャットを送るところからじゃないか!?


 そうだ! そりゃそうだろ! 落ち着け俺! まずはなんでもジャブからって言うじゃないか!


 よくわからない比喩表現を心の中で唱え、その通りチャットをまずは送ってみる。


『おはようございます』


 アホかーッ!


 なにが『おはようございます』だよ! そこは『こんばんは』だろ!? もう夜だぞ!? 俺はアメリカ在住とかかっつの! 時差も何もない日本だろうがここは!


 混乱と動揺と緊張でおかしなことになってしまっていた。


 今すぐにでもメッセージを削除してしまいたいが、すぐに既読マークがついてしまったので、それも叶わなくなってしまった。


 絶対変な奴だと思われた。


 そう考えつつ、冷や汗を浮かべながら三月さんからの返信を待つが、


「…………………………………………………………」


「…………………………………………………………」


「…………………………………………………………」


「…………………………………………………………?」


 チャットはそれから一時間の間返ってこず、俺は一人むなしくベッドの上で泣いたのだった。

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