第9話 だったら

「だったらもうこうしよう! クラスの中で誰か一人親しい人を作るんだよ!」


花に水をやりながら、闇堕ちしかけている三月さんに俺は言った。


さっきまでは本当に目も虚ろで、ジョウロに話しかけるほどだったけど、今は少しだけどんよりし、肩を落としてるだけだ。セーフラインセーフライン。


「親しい……人……?」


「そう。親しい人。なんだかんだまだ一年も始まったばっかだし、周りの人も全員が全員グループで固まり切れてるってわけじゃないっぽいから、そこを狙って――」


「……関谷……君……」


「……? ど、どうかした?」


「たぶん……私……そんなことしようとしたら……死んじゃいます……」


「しっ、えぇっ!?」


「無理です。無理なんです。親しい人なんて自分から作れた試しがありませんし、中学生の時に作ろうと思って何度か声を掛けたんですけど、次の日から供物を捧げられて毎回終わりだったんです」


「く……供物……?」


「はい……。私に声を掛けられたら、怒りを抑えるために供物を捧げよ、という習わしがあったようでして……」


「えぇ……」


田舎の風習みたいじゃん……。


恐らくだけど、三月さんは誰かに声を掛ける時、極度に緊張して目つきもさらに悪くなるし、声も小さくなるから、みんな怒られてると勘違いしてたんだろう。


それで供物を捧げるってのも可笑しな話だけど、そうなるのもわからなくはない。


だって、現に高校でもそういった感じで恐れられてるもんなぁ……。


「そっかぁ……。うーん……。なら、どうしよう……」


「大丈夫です関谷君。私はもう学校生活は諦めてるんで。きっと生まれた時からこうなる運命なんです」


「そんな悲しいこと言わないでよ……」


またしても三月さんは自虐モードに突入。


どうやらどうすることもできないらしい。


まあでも、確かにこの短期間でクラスメイトにこうも怯えられてれば、そうもなるか。


こういう時はどうにかして助言の一つでもあげられればいいんだけど、いかんせん俺も友達が多いという方でもないし、友達作りに長けてるという訳でもない。


やり方としては、身近な人に声を掛けるというものしか浮かんでこないんだけど、それも三月さんにとっては難しいことだ。


うーん……ほんとにどうしたものか……。


少し熟考しながらぼーっと花に水をやり続けていると、ふわりと、柔らかい洗剤の香りが漂ってきて、ハッとする。


気付けば、三月さんが俺の傍にありえないほど密着してきていたのだ。


そして、それだけで済んでいたならいいものの、彼女はジョウロを持っていた俺の手に、自らの手を重ねてきた。


「は……わっ……み、三月……さ……!?」


「ちょっとお水あげすぎかもです。このくらいで……はい、大丈夫です」


言いながら、俺の手ごと、ジョウロをそっと引き上げる。


一気に顔に熱を灯す俺だが、三月さんはまるでそんなことを意識していないかのように、優しくクスッと笑った。


俺の手に……触れたまま……。


「あ、あの……三月……しゃん……」


「はい。なんでしょう?」


「っ……、その……手が……」


「手?」


疑問符を浮かべる彼女に対し、俺はこくこくと頷く。


すると――


「っ!」


自分が何をしていたのか気付いたらしく、すごい勢いで手を離し、俺から少しだけ距離を取った。


「す……すみません……。水が……ちょっと多めだと思ったので……とっさに……」


「い、いいんだ。おおお俺だってちょっとぼーっとしてたから……」


究極に顔を赤くし、俺はなんとかそう言ってみせる。


けど、あまりの出来事で自分の足元に意識が行かず、ダバダバとジョウロの水を自分の上履きにぶっかけていたのはここだけの話だ。


三月さんの人間関係についてもだけど、彼女に対する俺のことも、ちょっとは問題視しないといけないかもしれない。


……このままだと……色々とおかしくなりそうだ……。




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