身勝手なる理由(下)

 廃施設の入り口前に車を止め、降車したバチとザイは即座に救急車の後ろ扉を開ける。黒ずくめの男達は丁寧にストレッチャーを降ろす。続けてバチとザイが入り口の両開き扉を開け、黒ずくめの男達は奥の部屋へ続く長い廊下をストレッチャーを押し走る。そのまま男達は奥の部屋へと消えて行った。


 入り口で見送ったザイは「ふぅ」と呼吸を整えた。


「なんとか間に合ったな」

 バチもホッと胸をなでおろす。


 実際、松平はギリギリの状態で生きていた。あと少し到着が遅ければ、松平は命を落としていたのかもしれない。それほど、今の松平の容体は悪かった。


 遅れてシヅクの運転する車が到着する。

「どうやらうまくいったようね」

 車から降りたシヅクは二人と合流した。


「バチ、アイツらってアレだよな?」

「ああ」


「アイツら苦手なんだよ、あの部署って気味が悪い奴らばっかりだろ?」

 

「アイツらって何者なんですか?」と、シヅクはバチに聞く。


「シヅクは仲良くしておいた方がいい。次からはお前にアイツらの手配を任せる」


「わ、わたし?」


「そうそう、それも調査官のし・ご・と」

 ザイはシヅクの頭をぽんぽんと叩いた。



 バチが応援で呼んだ黒ずくめの男達は『コート』において、通称『専門委員』と呼ばれる各分野のスペシャリスト集団である。『専門委員』は複数存在し、今回の者は『専門委員医療班』。医師免許を持っていない闇医者や医師免許を剥奪された者達の集団であった。

 『専門委員』の特殊な役割的に、それに属するほとんどが変わり者だと皆が口を揃えて言う。


「今度から私が手配するのかぁ……だな……」


「だったら(この仕事)辞めるんだな」

 バチが冷たい言葉をシヅクに浴びせる。


 シヅクは「やりますよ、仕事なんで! その時が来ればね。何でもしますよ!」と、少しムスっとして答えた。


 ザイが「じゃあ、帰りますか?」と言い、「ああ」とバチが答える。


「もう帰るの?」

 シヅクは問う。


「うん。とりあえず、俺達にできる事は今はもうないよ。医療班の腕を信じるしかね……」


「ザイの言う通り。医療班が松平が命を繋ぎ止める事が出来れば、次は俺達の出番だ」

 そう言い残し、バチとザイはシヅクが運転してきた車に乗り込む。


「ちょ、待ってよ。置いてかないで!」

 慌てたシヅクが車に乗り込むと、バチ達を乗せた車は黒ずくめの男達を残しその場を去って行く。


 

 車中で、ザイはシヅクを褒める。

「しかし、お前うまく受付のヤツを連れ出したな」


「簡単でしたよ。もし、ついて来てくれなかったら、スタンガンで眠ってもらうだけだったし……」


「なかなか肝が据わってらっしゃる」

 新人ながらにして堂々としたシヅクの態度に感服するザイだった。


 そして、それから二週間ほどの時が経つ。




 再び廃施設に訪れたバチ・ザイ・シヅクの三人は、集まった原告八人をエレベーターに乗せ、4階のある部屋へと案内した。


 およそ40畳の広い部屋。前後に入口があり、原告八人は後方から部屋へ入る。部屋の後方部に椅子が八脚並べられている以外、机や棚などは一切なく実に殺風景な部屋であった。


「どうぞ、お座りください」

 シヅクは原告八人に着座を促す。


 松平は体中を包帯で巻かれ寝たままの状態で黒ずくめの男二人が押すストレッチャーにより入場した。『専門委員医療班』の手により松平は一命を取り留めたのだ。

 松平はなんとか声が出せようになっていたが、全身火傷により深いダメージを負ったその体は、未だに指一本動せない状態だった。



「それでは始めます」

 執行官のバチは罪状を読み上げ始める。


 内容一部省略

 

 ――松浦が持ち込み引火した液体はガソリンである事が判明。これにより複数の生命が絶たれ、残された物は一生消える事のない傷が残った。


「被告人松平邦夫。これに異論はないか」

 バチは尋ねる。


 松平の口調は、*気道熱傷の影響により聞き取り辛い箇所がいくつかあったが、その答えは明確であった。

「ああ、そうだよ。俺は只、誰かと一緒に死にたかっただけなんだ」


「外道が……」

 ザイは不快感をあらわにする。


「被告人は罪をお認めのようですので、これより執行致します」

 バチがそう告げると、ザイは松平の体の部分部分にガソリンを振りかける。


「はっはぁ--、殺せ殺せ!わざわざ俺を生かして説教しやがって、俺は死にたいんだ。早く殺してこの火傷の痛みから解放してくれよ!」


 その松平の様子を見て、怒りと悲しみで涙を流す遺族と被害者。


 バチは淡々と話し続ける。

「では、せんだっての痛ましい火災により左顔面と右上下肢に重い熱傷を負った葛西様、松平被告の前へどうぞ」


 バチは松平の前に立った原告(被害者)に、長さ1m程の細長い鉄棒を手渡した。鉄棒の先端にはガソリンを湿らせた布がぐるぐる巻きにされており、火がつけられていた。


「あまり近付きますと、葛西様も危険ですのでお気を付けください」

 バチはそう言い、その場から少し距離を取る。


「なるほど……もう一度、自分達の目の前で俺が焼かれ死ぬのを見たいって事か?

 いいぞ、やりなよ!」

 状況を把握しても尚、松平の態度に変わりはなかった。


 被害者の葛西は涙を浮かべながら「おまえのせいで俺は一生この顔のままだ」

と、言葉を吐き捨て松平の体に火を放った。


「あああああああああああ」


 松平の左顔面と右上下肢がバチバチと音を立て燃える。

 部屋中に立ち込める異臭と、地獄絵図のような光景に被害者や遺族は顔を背ける者や嘔吐する者がいた。

 そんな中、松平は一人笑う。

「あがががが、ごれでやっどねる……」

 

「死ね! 死ね! 死ね!」

 葛西は地面に膝を落とし、泣きながら何度も何度も松平へ叫び続けた。


「ひゃあばばーー。ざよなら、び(み)なざーーん!」

 尚も笑う松平。


「そうじゃないんだよなー。よっと」

 ザイは消火器を手に取り、松平に向ける。直後、噴射された消火剤が松平を包む炎を消していく。


 松平は混乱し取り乱していた。

「だぜだ(なぜだ)、だぜげす?(なぜ消す) だぜげすんだーー!」

 

 さらにバチはバケツいっぱいに入った水を松平にっ掛ける。

「罪と罰は平等でないといけない」


 続けてザイは原告達にこう告げた。

「ハイ、皆様。今日の執行はこれで終わりです。もう少し観覧希望の方はこのまま見て頂いて結構です。続きは三日後の同時間帯に行いますので、お集りよろしく!」


「どうびぶごとだ!(どういうことだ)」

 取り乱たままの松平が、ありったけのしゃがれ声をふり絞りバチに問い質す。

 

「罪と罰は平等だと言った筈だ。お前が殺した人数は飛び降りて亡くなった方を含め計六名。残り五名も火傷による重傷や重体を負っている。そして、今回参加して頂いた方々はその御遺族六名と被害者二名。それを償うまで、お前を死なせる訳にはいかない」


「な゛んだと……ぉお」

微かな声で松平は言う。

 

「これからお前を再度、『医療班』により治療する。そして三日後に、また別の原告に燃やされる。全員分の執行が行われるまで、お前はずっと治されては燃やし続けられる事になる」


「だのむ……ごろしてくれ」

 松平は極度の痛みに涙を流しながら懇願するが、バチが聞く訳がない。


 案の定バチは「駄目だ」と松平を申し入れを一蹴した。

「お前は最後まで焼かれ苦しみ、ここから飛び降りて死ぬまでは絶対に死ねない」


「ぞ、ぞ(そ)んな……グ、狂ってる。オデ(レ)より…………」

 松平はそのまま意識を消失する。


 最後に思い出したようにバチは言い放つ。

「ああ、それと包丁で刺されれる事もお忘れなく……」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

予備知識

重傷 深い傷や重いケガをしたが、命に係わる状態ではない。

重体 臓器等に大きな損傷があり、生死に係る状態。


*気道熱傷 火災や爆発事故により,高温の煙,水蒸気,有毒ガスを吸入することによって生じる呼吸器系の障害の総称




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