第一章 業務執行

第一報 山下 雫

未成年の悪(上)

 今回の登場人物


 山下やました しずく 

 田原たはら 順三じゅんぞう  田原たはら めぐみ



 窓一つない閉鎖された完全防音を施された部屋に、一人の女性が椅子に括り付けられている。


「ここはどこ?」


 恐怖と戸惑いを見せる女性は 山下雫(27歳)。

 そのかたわらで、包丁を研ぐバチがいる。


 扉を開け、男を連れたザイが部屋に入ってきた。

 ザイが連れて来た男の名は 田原順三(50歳)、山下雫を険しい表情で睨みつけながら雫と少し離れた位置に置かれた椅子に座る。

 

「それでは 始めます」

 バチは手に持っていた包丁をテーブルに置き、ノートを手にすると山下雫の罪状を読み上げる。



 2005年11月、当時14歳の中学2年生山下雫が、同級生の田原恵を近隣の公園に呼び出し包丁で刺殺した。

 この事件において第一審では、懲役15年の求刑に対し少年法51条2項により少女を懲役14年の定期刑に処したが、弁護人の控訴により控訴審では被告人が犯行に至る経緯や動機に明確性が欠けるとして、かつ反省の深まり及び更生の余地を理由に破棄自判し、少女を懲役12年に処した。



 その内容を聞いた山下雫は少し天を仰ぎ、全てを悟ったように口を開いた。

「なるほどそれで恵のお父さんが私を殺したいと……」

 その態度を目にした田原恵の父田原順三は、声を荒げ雫に罵声を浴びせた。


「お前は絶対許さない。すでに法により罪を償ったとしても私はこの手でお前を裁き殺したい」

「いいよ、おじさん。殺しなよ」

 雫は動揺することなくあっさりとした口調で答えた。


 雫の挑発に怒った様子の順三は椅子から立ち上がりバチの所へ向かう。そして、テーブルに置いてあった包丁を手に持った。

「そうか、それなら殺してやる」


 順三はバチの方を見た。

「もういいでしょう、私がコイツを殺してもいいんですよね?」

そう言うと、順三は雫の方へ歩み寄る。


「はい、ストップ!」

 ザイは順三の腕をグッと掴み締め付けるように力を込める。

「痛い痛い、離せ」

 順三の手からこぼれ落ちそうになった包丁をザイは取り上げた。


 黙って見ていたバチが再度、口を開く。

「静粛に。田原様、どうかお座りください。」

 ザイは、順三をなかば強引に椅子に座らせた。

「ちょっと 失礼。」

 そして、椅子に座った順三の手を後ろに回し手錠をかけた。

「なっ、何をするんだ貴様」


 バチは胸元むなもとから15㎝程のメモ帳を取り出した。

それは可愛らしいクマのキャラクターが表紙を飾る、ピンク色のメモ帳であった。

「あっ、それは」

 山下雫は思わず声をらした。


 雫に見向きもせずバチは話をし始める。

「ここから反証を申し上げます。田原恵の父である順三様も知らない真実でございます。この出来事を順三様がした上で、それでもまだ復讐をしたいと望むのであれば双方に、相応の裁きを与えましょう。」


 ザイはバチが話し終えるタイミングを見計みはからい、別室から移動させてきた畳半畳分程ある大きなコロ付きテーブルを転がし順三の前に置いた。


 テーブルの上には、日付の書かれた黒袋が山積みされた箱が置かれている。

「あとはこれだな」

 さらにバチは、80cm程の水槽とバケツをテーブル下に置き、水槽に水を張った。


「スタンバイ完了!」

とザイが言うと、バチは手にしたメモを読み始める。



「2005年4月8日、中学2年生となった私は窓際の一番後ろの席になった。クラス替えで半数以上が新しい人達だけど、みんな和気あいあいとしてとても良い雰囲。私も早くみんなと友達になりたい。前の席の田原恵さんが、私に話しかけてくれた。家が近所という事もあり今日は一緒に帰った。」


中略


「2005年6月1日、恵はたまにお金を貸して欲しいと言ってくる。200円・300円と毎回多い金額ではないけれど、貸して返ってきた事がない。返してって言うのも言いづらいし、どうしたらいいだろう?」


中略


「2005年6月13日、勇気を出して、お金の事を話したら恵はおこりだした。逆ギレされて嫌な気持ちになった。」


「2005年6月14日、恵に無視された。昨日の事が、原因だろうか? 私は悪くないので、今はそっとしておこう。」


「2005年6月15日、恵のグループに呼び出された。校舎の裏で「最近、調子に乗ってる。」と言い、顔を叩かた。5人がかりで四つん這いにされた私は、足や体を蹴られ無理やり土下座をさせられた。」


「2005年6月17日、トイレに入ってる所を狙って上から水をかけられた。ずぶ濡れになった私を見て、恵達は大笑いしていた。これの何が楽しいのだろう。」


 一旦、メモ帳を読むのを止めたバチは順三に問う。


「この内容はその一部です。2005年6月13日の出来事をきっかけに恵さんは、山下雫さんを執拗しつようにいじめるようになりました。このメモ帳にはさらに度を越えたいじめの内容が、事細かく記されております。耐え切れなくなった雫さんは精神的疾患を抱え、通院されていました。そして、あの事件が起こった。これを聞いても順三様の気持ちに変わりはありませんか?」


「ふざけるな!」

 順三は声を荒げ、怒鳴り散らした。

「いじめを受けたからと言って人を殺していい訳ないだろ。俺はお前らの依頼人だ! お前らは俺の要望に応えればいいんだ」


 バチは山下雫の前まで行くとこう話した。

「私共は正義とは言いませんが、それなりの信念があり行動しています。罪と罰は平等でないといけない。山下雫様、私達に依頼しませんか? 依頼料は、田原順三様と折半で250万円です。順三様は、当初の請負代金である500万円から250万円を相殺させて頂きますので……」


 雫にバチの意図は分からなかったがすぐに承諾した。

「わかったわ、好きにして」

 刑務所を出てからの雫は自暴自棄になり死すらも考えていた。その雫にとって今、この現状がどうなろうがどうでもよかった。


「おい! 私はまだ承諾していないぞ。何を勝手に決めているんだ」

反論する順三を置き去りにし、バチはザイに告げた。


「契約成立です、ありがとうございます。ではザイ始めてくれ」


 待ちくたびれた様子で床に座り込んでいたザイは あくびをしながら立ち上がった。


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2000年 刑事処分の年齢が「16歳以上」から「14歳以上」に引き下げられた。

2007年 少年院送致の年齢下限が現行の14歳以上から

「おおむね12歳以上」に引き下げられた

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