罪と罰 

ヨルノ チアサ

序章

第零報 ザイとバチ

 今まで多くの人が罪を犯し、それが法により裁かれてきました。その判決は正しかったのでしょうか? 被害者は果たしてそれで満足できたのでしょうか?




「お前ら何なんだ、この縄ほどけよ。このクソ野郎! おーい、誰か助けてくれ!」


「……」


「あーバチ、こいつ殴っていい?」


「駄目だ。ザイはあの方をお連れしてくれ」


「了解」


 背が高くモデルのような体形で、少し茶髪で耳が隠れる程のショートヘアーの男の名は ザイ

 背は人並、ガッチリとした体形で少し癖毛で短髪の男の名は バチ


 互いに本名は知らない。


 二人の前には 両手・両足を縛られ、椅子に固定された小太りの男が暴れながら声を荒げていた。

 さらに 小太りの男は目隠しをされている。

 

 突然、何者かに襲われ気が付けば、薄暗く何もない部屋に監禁されているこの状況を小太りの男は理解できていなかった。


「ここは防音設備がしっかりしているんだ。いくら騒いでも誰も来てくれないよ」

 バチは優しい口調で男を宥めるように言う。


「おい、お前ら何者なんだよ」


「……」

 

「なんとか言えよ」

 小太りの男は強がってはいるものの、異様とも言えるこの部屋に恐怖し小刻みに体を震るわせていた。


「おーい、バチ連れてたぞ」


「ああ」

 

 ザイが連れて来た40代半なかばの男の右手には、刃渡り25㎝程の包丁が握られていた。


「これより再審を行います」

 バチはテーブルに置いてあったノートを開き、ザイは小太りの男の目隠しを取った。


「おい、お前らこんな事してただで済むと思ってるのか?」

 小太りの男は大声で怒鳴りちらすが、バチは冷静に「静粛に」と、答えた。


理由わけはなんだよ、金か? ここは一体何処なんだ! 言えよ‼」


五月蠅うるさい!」

 あまりの騒がしさに苛ついたザイは男の頭を殴る。


「ザイ!」


「あ、スマン。つい……」

 バチはザイに注意され、微笑しながら謝る。


「俺達は平等でないといけない」

 バチが言う。


「はいはい、じゃあ ちょっと大人しくしてようね」

 ザイは軽く返事をすると小太りの男の口に詰め物をした後、布で口周りを縛った。


「ムゴ、ムグ、グム……」

「はい、静かになった」


「それでは始めます」

 バチは再度、話し始めた。

 

 13年前一人の女性にストーカー行為を行い、再三に渡る警察の通告を無視した挙句その女性を監禁し、殺害したとして刑事起訴。

 当時女性の体には23カ所もの刺し傷が見つかり、残虐性極まりないとの検察側の訴えに対し心神耗弱状態であったと弁護側が主張。初犯という事もあり禁固12年という比較的軽い実刑判決が科された。


 被害者の女性は 新島にいじま つばさ18歳。

 新島翼は地下アイドルとして活動しており、そこで加害者である安藤あんどう たけしと出会い気に入られた。そして、安藤武は新島翼のファンとなる。

 以降、安藤武は一方的な恋愛感情を抱き、執拗にストーカー行為を繰り返した後、逆恨みにより新島翼を殺害した。



「安藤武、これに間違いはないか?」

 バチが話終えるとザイは安藤武の口の詰め物を取った。


「お前らの目的は、翼の復讐なのか? アイツを俺がどれだけ面倒を見てやったと思っているんだよ。アイツのためにいくらつぎ込んだと思ってるんだ。それなのにアイツ翼は、「もう来ないで」ってぬかしたんだぞ。だから殺してやったんだ。もういらねーってな!」


 いきり立つ安藤とは裏腹にバチは冷静に話を進める。

「罪をお認めのようです。それでは翼さんのお父様、彼に相応の処罰を与えてあげてください」


「おい、俺は悪くないだろ?なぁ、そうだろ?」

 しかし、バチは安藤の言う事に聞く耳を持たなかった。


 ザイの連れ氏て来た50代半ばの男が、安藤武に歩み寄る。

「11年間、これだけを只々待っていたよ。日本は間違っている。巨悪犯罪が蔓延はびこる今の社会では、復讐を認めるべきなんだ!」

男が振り下ろした包丁が安藤の右膝に刺さる。


「なっ、あああああぁーー」安藤の叫び声が部屋中に響き渡る。


 50代の男の名は新島にいじま 俊雄としお安藤に殺された、新島翼の父親だった。

「こんな事をお前は翼にやったんだ。何度も! 何度も! 何度もおおおおぉ!」

 俊雄はそう言いながら一回一回力を込めながら、安藤の右膝・左膝・両肩と次々と包丁を刺していく。


「ああああああああああ。すいません、すいません。許して……」


「お腹も痛かったよな、翼」


「があああああぁーずみばせん……」


 刺された安藤の腹部からは大量の血が噴き出す。

「あっ……ダメ、死んじゃう」

 その言葉に耳を傾ける事なく、俊雄は無我夢中で安藤の体中をめった刺しにする。


 突然、バチが俊雄の腕を強く掴み復讐行為を止めた。

めないでください」

 鳴きじゃくりながら、鬼の形相で安藤を睨みつける俊雄にバチは冷静且つな穏やかな口調で話す。


「お父様、次で23カ所目です。これが最後になりますので、どうぞお気持ちを込めておりください」


 それを聞いた俊雄は少し冷静になり、「フーッ」と吐息を洩らし、

「そうですか、次で最後ですか。待つ時間は長くても、待ち望んだ時間は短いものですね」と、小さく重い声で言った。


「ええ、ですが罪と罰は平等でないといけない」

 バチの言葉に諭され、俊雄は包丁をありったけの力を込め握りしめる。

 次の瞬間、俊雄は安藤の首元に最後の一刺しをする。


「あ……安藤、ここが娘の傷の中で一番深かった箇所だ。苦しんで逝け、そして翼に詫びろ。」


「うぎぎぎぃ、あがががが……あばぁ……」


 安藤武は恐怖と苦しみの表情を浮かべながら、そのまま息を引き取った。


「翼……、ううぅ……」


「お父様、お疲れ様です」バチはそっと俊雄の肩に手を置いた。


「翼……あああああぁーー」俊雄はその場に泣き崩れた。




 つみばつは平等でないといけない。



―――――――――――――――――――――――――――――――

明治六年二月七日 太政官布告第三十七号

復讐ヲ禁ス(敵討禁止令)


憲法第三十一条  何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。


国際法における自力救済の禁止

自力救済(じりききゅうさい、じりょく )とは、何らかの権利を侵害された者が、司法手続によらず実力をもって権利回復をはたすことをいう。







 













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