第三十五話 「負の解放」
「お、おいおいおいおいおい! ちょっと連戦は流石に体力持たないよ!?」
もう俺はさっきの決闘で疲れ果てている。
クイックチェンジはまだ可能だが、武器を振る事はもう無理だ。
「『
ラウドの頭上に槍状の風が生成される。
勢いよく回転し、そのままこちらに放ってきた。
速い。
何時ぞやの悪夢を蘇らせる攻撃だな。
って! そんな事考えてる暇なんてないわ!
「何とかしないと……」
「役に立たねえなら引っ込んでろ」
トウギが俺の前に割って立ち、その風槍を魔法剣で撃ち落とす。
凄まじい正確さだ。
先程の剣術よりも速く感じる。
「……なあ、お前疲れてないのか?」
「お前はあれが全力だったのか? ならそこでずっと突っ立ってろや」
………いやいやいや。
「それで俺に負けてるじゃん。もしかして油断してたのか?」
「俺が決闘で全力を出す相手は決まってんだよ。あのいけ好かない
一位? って誰だっけ?
そう言えばまだ知らないな…って違う!
え?
コイツやばくないか?
そんな理由で俺に敗北したのかよ!
「……おかげで勝てましたよありがとうございますね! せめて本気だった方がまだ良かったよ!」
手加減されて、勝った。
俺はそれがどうも気に食わない。
まあ、今は目の前の事に集中しよう。
さてどうしたらアイツらは撤退してくれるだろうか?
まず第一に勝てる気はしてない。
疲労困憊の中戦うのは無茶だと俺でも分かる。
どう考えてもあの世界共大悪が壁となってくるな。
おそらく闘技場外の生徒や先生にもまだこの状況は伝わっていない。
駆けつけてくる気配が全くしないからな。
「まだこれは遊びの段階だ……。せいぜい最後までもがけよガキども、『剣』」
今度は風の剣を数本頭上に作り出す。
あの威力の攻撃をポンポン出してくるとは…。
「はあっ!」
だが槍と同様、トウギが光の剣で打ち消す。
平気そうに見えるが、まだ防戦一方だ。
俺もそろそろ何かしなければ。
「スナイプブレード!!」
武器庫から狙撃剣を呼び出し、ラウドに向けて放つ。
そのまま一直線に向かって行くが…。
「そんなおもちゃは効かねえなぁ?」
「なっ!?」
当たる寸前で何かにぶつかったようで弾かれてしまった。
スナイプブレードはそのまま地面に落ちてしまう。
ラウドはそんな事を気にせず、トウギに遠距離から攻撃し続けている。
「ど、どうなってんだ? 攻守共に最強クラスとかイカれてるだろ!!」
アイツの纏う風が原因だろうか。
風がラウドをまるで守るように渦巻いている。
これでは俺の攻撃も一切届かない気がするな。
「なら、一番最適解なのは……」
俺はカクアの方を見る。
勝利に繋がるのは、カクアを落としてみんなを起こす。
そうすれば、一気に動きにくくなってくれるはず!
「あら? こっちに来るのかしら?」
武器庫からライト・ジェネラルを取り出す。
ちょっと厳しいが、クイックチェンジはあと二、三回はいけるだろう。
速力を上げて一気に近づいて落とす!
「『イダーー』」
「ーーはい、させないわよ。『パラライズ』」
「っ!!」
イダテンを発動させようとした時、俺の体が強烈に痺れて行動できなくなってしまった。
「みんなの支配維持で大変だけど、あなたくらいは足止めできるわよ?」
カクアの魔法か!
「ぐ、あ……!」
大変?
こんな強い麻痺を繰り出せるのにか!?
今までに食らったことの無い行動不能攻撃。
ホロウ・ナイトメアの比ではない状態異常だ。
「ベイカー! ……ちっ!」
「おいおい、そっちに構うんじゃねえよ」
トウギが駆けつけようとするが、刃の突風が襲う。
ラウドはそこから一歩も動いていない。
攻撃は増すばかりだ。
ど、どうする?
俺は状態異常に対する耐性も、武器も作れていない!
「ク………ソッ……!」
あ、これは本気でヤバい。
疲労も相まってかなりキツい。
ここ数年で一番の恐るべき事態だ。
グサッ。
俺はトウギの方を見る。
そこには風の剣、槍が刺さって跪いているトウギがいた。
…ああ、やっぱり強がりだったんじゃねえか。
お前も魔力の残量が少なかったんじゃないのか?
「はあ、つまらねえ。まだ三割もいっていないんだぞ? 期待外れにも程があるぜ。もっと、もがけって言ったよな?」
まずいまずいまずい。
何か策を……。
ダメだ、何も出来ない。
指先一本すら動かす事もままならない。
簡単に越えようって考えたのは、馬鹿だったからか?
そりゃそうか、相手は世界が恐れる
俺達みたいな学生が立ち向かえる奴らでは決してないのだ。
「もう良いでしょラウド、もう私疲れてきたわ。魔法の維持って結構疲れが溜まるんだから。さっさとこの子持ち帰って食べさせましょう?」
ーーああ、負ける。
この
五年前と同じ、何も出来ないまま。
だってしょうがないじゃないか。
俺は…鍛治師なのに。
戦う相手がどれも強すぎる。
これはハードモードどころの騒ぎではない。
ゲームバランスのインフレが激しいんだよ…。
これまで何とか受け流してきたが、とうとう限界が来てしまったらしい。
これでも必死に頑張って生きてきたつもりだ。
鍛治師の技も磨いてきた。
ラバンの言う通り、諦めないに執着してきた。
なのに、負ける。
ああ何という
弱者が死ぬのはもう当たり前、ずっと変わる事はない。
俺は転生してきたイレギュラーとしてこの
俺はこれからどうなる? 連れ去られるのか? 何で俺なんだ。俺が何をしたって? これまでの人生を否定されるようで怖い。前世で俺は最低だった。それを挽回しようとこの世界に来たのに、それも出来ないまま死ぬのか? それは、最大の屈辱だ。五年前と同じ感情。あのクソ悪魔にされた事を繰り返される。せっかく、守ってもらったのに。才能に恵まれなかった事を棚に上げて武器に頼る始末、自分の弱さと未熟さが俺の心から離れる事はない。五年経っても変わらない。俺は前世でも今世でも同じ人間だったんだ。決して成長なんてしていなかった。クラウスやトウギが羨ましい、俺にそんな力があったのなら、この状況を少しでも変える事が出来たのではないだろうか。ああ、悔しい。辛い。悲しい。惨めだ。この
【ーー真・モード、解放条件を満たしました】
そんな声が、突然脳内に聞こえてきた。
【ーーとの遭遇、達成。極度の負の感情、摂取完了。
負のスキルボードの覚醒上限の解放により、体力、状態異常を回復】
何を…言って…?
【また、心情と体の容態の不安定を確認。一時的にーーに操作主導権が移りました。これにより全ステータスのパラメータが大幅に上昇します】
それを聞いた瞬間、すっと俺の中の何かが消える。
心が徐々に落ち着いてくるようだ。
ーーーー
俺は立ち上がる。
だが、それは
「あら? 何であなた、急に立てるようになってるのかしら…まだ『パラライズ』効いてるわよね?」
確かにかかっている。
もう、それを感じる事はなくなっているが。
「それに、眼の色が……」
眼の色?
何か変わっているのだろうか。
まあ、そんな事はどうでもいいだろう。
取り敢えず、敵を消さなければ。
ストレスの原因を取り除こう。
俺は異次元武器庫から武器を取り出した。
何の変哲もない、ただの鉄剣だ。
杖をそこらに捨てて、腕をだらりとさせて持つ。
「ああ? まだ立てんのか? やめとけよ、エバン・ベイカー。お前じゃどうやっても…」
「ーー俺がどうやっても、何だ?」
俺はラウドの目の前で問う。
イライラはしない。
そんな事はすでにわかっているからだ。
「!? ラウド!!」
「……誰だ? お前」
ラウドが風の剣で俺を攻撃する。
先程見たよりも速い。
俺はそれを鉄剣で受け流してみせる。
「いきなりどうしちゃったのかしら!? すごい動きが速くみえるわ!!」
やけに心が落ち着く。
恐怖や痛みを感じない。
立て続けに剣撃が襲うが、俺はその全てを受け流す。
上、横、下にと二つの剣が交差する。
前の俺とは比べ物にならない程に、全てのステータスが上昇しているのが分かる。
鉄剣をラウドに振りかざす。
だが振り落とす前に上から二本の槍が降ってきた。
仕方ないので、俺はそれを避けて一旦距離を取る。
「誰だなんて、さっきまで俺の名前を呼んでいたじゃないか」
「いいや、お前は違う。エバン・ベイカーに似せた誰かだ。これは間違いない」
訳の分からないことを言っているな。
俺は俺だ。
それ以外に何がある。
「ラウド、ここは退きましょうか。だって校内から大勢来てるのが分かるんだもの」
カクアがラウドの元へ駆け寄って言う。
「お前こそ何言ってんだ、コイツを殺さねえと俺の気が収まらねえ」
「殺すんじゃなくて連れて帰るんでしょうが……。なんかよく分からないけど元気になっちゃってるし、捕まえるのは難しいと思うの。今回の食事は諦めてもらうよう頼みましょ?」
「……俺に指図すんな、殺すぞ」
「もう、そんな怖い顔しないで頂戴な。可愛いお顔が台無しよ?」
「ちっ、気持ち悪りぃな!」
何か話してるが、今が好機だな。
俺は鉄剣と新しい剣をクイックチェンジする。
「……ほら、あの子ヤバそうな武器持ち出したわよ。いくらあなたでもあれは効くんじゃないかしら?」
「はあ? あんなんが俺にか?」
「ええ、私鑑定スキル持ちだから、武器の能力もある程度なら分かるわ。あれは別格ね」
剣を構え、走り出す体勢に入る。
今ならこの武器を扱える。
「あの剣の能力、おそらく『防御貫通』ね。他の武器とは比べ物にならないほどのランクの高さよ。あなたの風も、断ち切るかもしれないわ」
「……へぇ」
勢いよく踏み込み、ラウドとカクアに向かって駆け出した。
すると、ラウドが手をこちらに向けてきた。
「『
俺がもう一歩と踏み出そうとした場所に風の刃が襲う。
それは地面を大きく抉り取る。
「……」
凄まじい威力だ。
近づく事は叶わず、大きく距離を取る形となった。
「ちっ、虫が湧いてきやがる。面倒くせぇ」
闘技場の入り口に武装した人達が現れた。
もしかして聖騎士団か?
中にはクラウスらしき人物も見える。
その人は俺を見て驚いていた。
「はあ……殺し合うのはまた今度にしておいてやるか」
「そうしましょ。他に再臨者もいないみたいだし、またの機会に会いましょ?エバン?」
ラウドとカクアは俺にそう言って魔法陣を足元に展開した。
淡い光を放っている。
「……おい、待て……」
その光と共に、二人はどこかへ消えていってしまった。
転移の魔法か?
あれはかなり難しいとか言われていたはずだが。
闘技場に誰かが上がってくるのが分かる。
クラウスだろうか。
ああ、取り敢えず……。
生き残った…。
世界共大悪と対面して、自分が生存した事に嬉しさが込み上げてきた。
そんな気持ちになった途端、全ての力が抜けていくのが分かった。
ーー俺はその場で意識を失い、倒れ込んでしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます