第二十七話 「負けられない理由とさらなる壁」

「全くとんだ目にあったよ」


「いや、ほとんどはエバンのせいだと思うよ?」


 学校が終わり、オーグナー邸に帰ってきた。


 ちょうどクラウスが仕事を終えて寛いでいたので今日あった事を説明してみたのだ。


「話を聞く限り、君が暴走した原因は恐らく負のスキルボードのせいなんじゃないかな」


 あのマイナーユニークスキルか?


 確か効果は負の感情を込めて行動すると一定のステータスが上昇する、だったか。


 成長補正の役に立つスキルだが嫌な気持ちや恐怖、痛みなどを感じないと発動しないものだ。


「でもそんな例は聞いた事が無いよ? 自分の感情を制御出来ないほどの強い行動力を与えるなんて……。本当に病んでないかい? 無理しないで私に遠慮なく相談してくれて構わないよ?」


「病んでなんかないわ、大変な事はあったけどそれなりに元気に生きてるつもりなんだが! というか、クラウスでも分からないのか? 大事な場面でまたあんな衝動が起きたら困るんだけど」


「そのスキルはまだ解明されていない事が多いんだ。元々鬱病や精神障害の人が主に持つものだと言っただろう? 村の襲撃であんな目に遭ったとはいえ、特に異常の見られないエバンが取得する事は珍しいケースでね」


 との事らしい。


 スキルは生命に宿った奇跡のような力だ。

 同じような力、その者にしかなし得ない力、非常に危険な力など人それぞれ。


 我々はまだスキルの全貌を理解できていない。


 大体は似た能力のスキルを持つ事が多いがユニークスキルと言った難解なものも存在している為、日々研究者達は困難を極めているらしい。


 はあ、スキルを無くす方法とかないの?


 正直もうステータスとか上がらなくてもいいんだが。


 再びあの状態になったのなら後々面倒な目な事になるかもしれないからだ。


「まあその何も分からない状況で手を上げないでいられたのは偉い。相手は貴族だ、リンベ家の長男に喧嘩を売るのは良い判断とは言えないからね。決闘をしなかっただけ運が良かったかな」


 へー、トウギ先輩って貴族だったのか。


 貴族といえばこの世界では上品な振る舞いをしている人達が大半だったが、トウギのような乱暴な奴もいるらしい。


「トウギ・リンベ君の良い噂はあまり聞かないな。それどころか、絶聖決闘を申し込まれたんだろう?あんな子は私が学生の頃にしか居なかったよ」


 そりゃそうだろう。


 あんなのが沢山居たら溜まったもんじゃないわ。


 それに学生序列でも八位のトップランカーなんだろ?

 改めて戦わなくてよかったと心から思う。


 まあ俺がでしゃばらなければ何事も無かったんですけどね?


「そう言えばエバン、君四争祭の選手に立候補したんだって? いやあ精が出るね! 君がそんなに積極的だぅたとは。そんなに功績が欲しいのかい?」


「違うわ! どこぞの悪役令嬢が俺を貶めようとしてんだよ! 何が悲しくてあんなのに参加するんだ、審査試合は初戦で少し奮闘して適当に負けるつもりだよ」


 審査試合は四争祭の種目である『武の聖戦』に出場する選手を決める試合だ。


 言わば、この学園を代表する者を選出するもの。


 それはもう学園中の猛者達が集まる事だろう。


 俺は皆んなの評価をなるべく落とさないくらいに戦ってトンズラしようと考えている。


 まあ、アルフレッドとソーマには悪いが痛い目に遭いたくないのだ。


 せめて、巻き込んでしまったアイツらを少しでも強くしてあげようと思――。


「でもいいのかい? 負けてしまうとエバン、学園に居れなくなってしまうかもしれないが……」


「………え?」


「君は今学園序列のランキング、学年と全校順位の一番下にいると聞いた。私の記憶が正しければ、審査試合は安易な気持ちで望まないようにと成績の評価点が下がる方式だった筈だ」


「えーと、つまり?」


「減点の割合はかなり大きい。成績優秀で学園側に認められたランキング上位者には痛手にもならないが、君は違う。校長推薦者だけど、劣等者の烙印を押されればそれは無効となり、認められなかった人材として見なされる。このままであれば、――勝負に一度敗北しただけで退学があり得てしまう」


「………リアリー?」


 待ってくれよ、これは本当に深刻な問題では?

 い、一回でも負ければ、た、退学?


 この青色学園の評価基準はこうだ。

 知識・技術・才能の三つ。


 俺はこの三つとも全てが低い。


 勉強は出来ず、技術は鍛治師のスキル、才能は魔力・戦闘に適する能力がない。


 元々魔王軍に対抗するべく建設された学園である為、俺のようなイレギュラーな存在はラバンを除けば他にいない。


 ラバンはというと鍛治師であったが魔剣士の家系だ。


 それなりに武術を会得し、ある程度の知識を詰め込んで入学、卒業を果たしたに違いない。


 それに対して俺は自分自身で発揮できる才能がなかった。

 武術もろくに学べず、唯一の取り柄である能力付きの武器を使ってもなお入学試験を突破する事が出来なかった人間だ。


 校長の助けがなければあの場にはいなかった半端な奴。


 この評価は当然っちゃ当然なんだが……。


「そっか、俺負ければ退学かあ……。もう無理じゃん、クラウスどうすればいいと思う?」


「簡単さ、審査試合で勝ち残ればいいだけだよ。選手になれるのは二組だけど一度も負けなければ万事解決さ!」


「簡単じゃねえわ! 俺たちのチーム舐めてんのか、滅茶苦茶弱いんだぞ!?」


 どうやら洒落にならない事になっていたらしい。


 俺で退学ならアルフレッドとソーマも危ない位置にいる。

 後々俺に続けて退学なんて事もあるかもしれない。


 もしかしてエウリア奴これを狙っていやがったのか?


 ……流石にそれはないか。


「はあ、じゃあ諦めるわけにはいかない状況ってことか…。一応何試合あるか聞いていいか?」


「全部で三試合かな? 代表を決める戦いだ、それほど参加する人数は少ない。皆自分の身は大切だからね」


 ……三試合、俺達以外に三組いるという事だな。


 通常二回負ければ終了が定番だが、俺達の場合は一発退場となる。


 一体どんな人達が出てくるんだろうか。


 油断できないな、一刻も早く剣士の二人に特訓を頑張ってもらって剣を持たせるようになってもらわなければ。


「エバンなら心配いらないさ。何せ他の人には持ち合わせていないユニークな戦術を使えるんだからね」


「そんなに珍しい戦い方か?」

 

「当然。そもそも武器専用のストレージなんて君以外に聞いた事がないからね。それを戦いの際に利用するなんて、本当にユニークだ」


 まあ大半は武器の性能のおかげでもあるが、確かに

俺の戦術は特殊かもしれない。


 様々な能力の武器をクイックチェンジで駆使する。


 こうでもしないと『戦う鍛治師』にはなれないからな。


「それに、今力を入れている武器もあるんだろう?エバンが作る武器は逸品なものが多い。相手を驚愕させてやるチャンスだ」


 ……いつ鍛冶場を覗いたんだ?


 その武器はまだ誰にも見せていない筈なんだが、まあいいか。


 作業中の剣はより力を入れているのは確かだ。

 アルフレッドとソーマにあげる為に製作しているものだからな。


 俺も鍛治師だ、中途半端な武器は渡したくない。

 あと二ヶ月、丁寧に慎重に作るつもりでいる。


 いよいよ逃げ場がないんだ。


 ならいっそ開き直って、


「……仕方ない、退学は本当に勘弁だ。ここは通過点のつもりで入ったんだから、負けちゃいけないなら全力で足掻いてやる」


「その意気だよ、頑張ってくれエバン」


 クラウスとの話を終えた後、高まった気持ちを糧に武器を完成させる為鍛冶場に入った。



**



 翌日の午後の授業終わり。

 再び二人を連れて人工森林にやってきた。


 俺達『お荷物組』は学園内に設備された訓練施設に出入りすると白い目で見られる。


 実際に俺がこの前入ってみたのだが、みんな嫌そうな表情をしていた。

 なので、あまり人気のない人工森林の方がやりやすいのだ。


 オートバトルマタなるものが気になったが、こっちの訓練に集中しなければ。

 

「とまあ、負けられない戦いだったんだよね。お願いします真剣に特訓してください!」


 アルフレッドとソーマに土下座をして懇願する。


「俺は構わねえけど……」


 アルフレッドは困った顔でソーマを方を見た。


「? なんだよどうした」


「――申し訳ないんだけど、僕はこの特訓、そして君達のチームに参加出来なくなってしまった」


 ………は?


 俺はソーマのその言葉に思わずばっと顔を上げる。


 えっと、意味がちょっと分からないんだが……。


「な、何でだ!? 審査試合に出れなくなったとか……?」


「正確には違うよ。別のチームに移動するように言われたんだ。そうしないと、また負担が掛かる」


「……誰に言われたんだ?」


 なんとなく察しがつくが一応尋ねてみる。


「リンベ先輩だよ。先輩も審査試合に出るらしいんだ。その際に囮兼数合わせで入るように言われたんだ」


 またあの不良かよっ!!


 どんだけ人に迷惑かければ気が済むんだ?


 よく見てみると、ソーマの体の傷がさらに増えより酷くなっているのに気がついた。


 治療系の魔法を使った痕跡も無く、包帯と消毒液で処置したのがわかる。


 ……昨日また暴力を振られたのか?


 剣などの武器は訓練や試合の際にしか使用することは許可されていない。


 そんな奴が何だって?

 何に出るって言ったんだ?


「どうやって審査試合に……?」


「多分だが、貴族の権利やらを行使したんじゃないか? そうでもなければあの『不適合者』に許可が下されるわけがないからな」


 て、テンプレじゃん。


 貴族の特権とやらを本当に使ってくる生徒がいるなんて思いもしなかった。


 あいつ、そんなに地位の高い貴族だったのか。


 だってあの不良だよ?

 まさかそんなゴリ押しな話が通るとは……。


 と、待てよ?


 それじゃあ俺達あのヤンキーグループと戦うことになるんじゃ。


 ……変な反感買ってた気がするんだが?


「お、お前大丈夫なのか? 全身傷だらけだし、日に日に増えてるだろ。負担がかかりすぎじゃあ…」


 そんな事は後で考えよう。


 今はソーマの安否が心配だ。


 このままトウギ・リンベの所に居ればその内力尽きてしまうのではないかと考えてしまうほどに、会った時よりも明らかに元気が無いのだ。


「僕は全然平気だよ。負担がかかってしまうのは……僕の家族の方だからね。挫けるわけにはいかないんだ」


「家族?」


 ソーマは笑って自分が大丈夫だと俺達に言う。


 平気そうには到底思えないが、気になる単語が出てきた。


「何で家族が出てくるんだ?」


「……もう言ってもいいかな。僕らハディッド家は今多額な借金を抱えているんだ。そして、借りている相手がリンベ家という訳さ」


 マジか、初めて知った。

 別に絶聖決闘に敗れた訳ではなくて家絡みの問題だったのか。

 

 ……借金かあ。


 こればかりはオレ達にはどうならないかもしれない。

 リンベ家に金を借りているなら口出しは出来ないからな。


 手を出すのは納得できないが、何よりソーマが自分で平気と言っている。


 ならば、彼の判断に任せるほか無い。


 全く、どれだけ弱者に厳しいんだ。

 この考えはいつになったら忘れられるのだろう。


「とにかく、僕はリンベ先輩の言う事を聞かなければいけない。そうすれば、少し借金を減らしてくれると約束してくれたんだ」


「……それは信用できるのか?」


「それは分からないさ。たとえ嘘だとしても、機嫌を損ねないようにしなきゃ」


 だから、あんなにボロボロになってまで言う事を聞いているのか?


 それはあまりに可哀想ではないか。


 これは親達の問題ではないのか?

 何故、ソーマが傷つかなければいけない?


 怒りを外に出したくても、ソーマの偽りの笑顔に制止されてしまう。


「じゃあそろそろ戻るよ。先輩がもう行くなって言うだ。もう少しなら、耐えられるしね」


「……本当に辛くなったら俺に言え。ボコボコにしてやるから」


「それは、元気の出る言葉だね。いざとなったら頼らせてもらうよ」


 また無理矢理作ったような笑顔を浮かべて背を向ける。

 ゆっくりと人工森林の出口に向かってソーマは歩き出した。


 それを俺とアルフレッドは見守る。


 こんな立て続けに壁が立ちはだかるとは……。

 

 ソーマの事情は仕方ないと言えるが、こちらの問題はどうにかしなければならない。


 さて、どうするか。


「ソーマの奴、大丈夫じゃないよな?」


「当たり前だろ、大丈夫な訳がない。学園が止めないのはこういう事だったのか?」


「……いなくなっちまったな。これからどうするよ?」


「ひとまずフレッドは特訓を続けてくれ。いいか?今は組み手をしてくれる相手がいない。その間は素振りでも何でもして重剣に慣れてくれ。この特訓の次は実際に使ってもらう武器でやってもらうからな」


「それは、分かった。でもよ、その間お前は何してるんだ?」


 アルフレッドは俺が言った事をしてくれるらしい。

 そしてその合間に何をするのか聞いてきた。



「メンバーが減ったんだ、このままじゃ確実に負けて崖から真っ逆さまだ。その為には、何とかして誰かを俺達のチームに引き入れるしかない」

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