第十七話 「幼馴染と校長」

 俺はユナに連れられて、青色学園付近の喫茶店に来た。

 

「私の行き付け。ここのショートケーキと紅茶は最高に美味しいのよ」


「……カフェとか行くのな」


「私、年頃の女の子なのよ? 当然でしょ」


 あの横暴で幼かったユナが行くとは思えないような、それはそれはお洒落な喫茶店だった。


 俺たちは近くの席に座り、定員にショートケーキと紅茶を頼む。


「こうしてお前と食事するなんて久しぶりだな」


「本当よ、エバンってば何も言わずに村からいなくなっちゃうんだから」


「あの時は――」


「知ってるわよ、お父さんから話は聞いてるわ。……悲しい話はあんまりしないようにしましょうか」


「……ああ、そうだな。ユナお前優しくなったなあ」


「私は元々優しいわよ、あなたは少し強気になったわね」


 お互いの印象の変化に感想を言い合う。


 女子とはほとんどメアリとしか話してこなかったからか、いざ面と向かって会話をすると少し緊張するな。

 

「なあ、聞いてもいいか?」


「なに?」


「どうやって俺が青色学園に入学したって知ったんだ?」


「ん〜、それは――」


「もしかして、す、ストーカーしてきたとか!?俺の事を密かに……」


「ちっがうわよ! 中等部で一緒だった友達に聞いたのよこのバカ!」


 なんだよ違うのか。


 期待しちゃったじゃないか。


「あなた、初日から有名人よ? 青色学園校長の推薦者エバン・ベイカーが入学式に遅刻して出席していなかったって。成績も下の方らしいわね?」


 いや情報広まるの早いわ。


 入学式終わってまだ二時間だぞ?


「しっかりしなさいよ? 一応私の幼馴染なんだから」


 そんな事言われましてもねえ。


「ユナは、やっぱり白色学園に?」


「ええ、余裕の合格よ! 私くらいになると朝飯前になってしまうのよね」


 余裕、朝飯前、ね。


 お前の目の前に座る俺はそんな中で死闘を繰り広げて落下したんだが。


 校長先生が推薦させてくれなかったらユナに会うこともなかったかもしれない。


「はあ、俺と真逆の優等生ってわけか」


「そう、私は劣等生のあなたと真逆ってことよ。まったく、ビックリしたんだからね? 昔は私より賢かったのに」


「それはどうもすいませんね。こちとら勉強もまともにしていなかったもんで」


「ラバンのおじさんにあなたのこと頼まれてるんだから。学園で落ちこぼれたりしたらタダじゃおかないわよ」


 ……ラバンを出してくるのはズルい。


「今の時点でだいぶ落ちこぼれてると思うが、肝に銘じておこう。名匠の鍛治師になる道と途中なんだ」


 俺は少し溜めて言ってやった。

 

「――こんな所で諦めるわけがない」


 すいません、ちょっと格好つけてみました。


 そんな事、ユナに言われなくても分かってるって事さ。


 数日後には戦闘訓練の授業もある。

 何か策を考えておかなければ。


「ま、せいぜい退学しないように頑張りなさい? 夏に『四争祭』も控えているから、そこでの活躍を楽しみにしてるわね。じゃあまた会いましょう、見習い鍛治師」


 ユナはそう言って十分もしない内に喫茶店から出て行ってしまった。


 結局わざわざ校門の前まで来て俺を待ってた理由ってなんだったんだ?


 ただ単に俺がちゃんと元気に生存しているか確かめに来たのだろうか。


 まあいいか。

 少しだけど、久しぶりにユナと話せて嬉しかったからな。


 あいつもきっと余裕とか言っていたけど努力はしっかりしているに違いない。


 俺もそろそろ帰ろう。


 流石にもう道は覚えたから安心してくれ。


 屋敷に帰ったら、みんなに謝って後で新しい武器の製作に取り掛かろう。

 まだ昼前なんだ。時間を有効に使うとしよう。

 

 さて、会計を…………。


「……ユナのヤツ、ちゃんと払って帰ったよな?」


 ここのケーキちょっと、いやすごい高かった気がするんだが。


「まさか、俺の顔見るついでに、ここのケーキ代払わせる為に待ってたわけじゃ、ないよ、な……?」



**



「誠に申し訳ありませんでしたーー! クラウス様ーー!!」


「ま、まあまあ。顔を上げたまえよエバン。これは私のミスでもあるからさ」


 俺は高いケーキ代を金欠気味の財布の中身でユナの分まで会計した後、屋敷に帰って早々にクラウスに深い土下座をしている。


「馬車を手配しなければ良かったのかな? しかし、その中でも君は必死に勉強をして――」


「一ヶ月の猶予は貰っていたのでしょう? その期間の合間に道くらい確認することはできたのでは」


「………………………」


 ずっと朝昼晩鍛冶場に入り浸ってましたすみません。


 あのクラウスまでもが、メアリと同じ可哀想な人を見る目になっている気がする。


 見るのが怖くて頭が上がられません。


「……そう気を落とすことはないよエバン。たかが遅刻だよ? そんな事で私が怒るわけないじゃないか。あと、そろそろ顔を上げてくれ」


 その言葉に俺は土下座を解除した。


 そう言ってくれてはいるが、内心ではどう思っているのだろう。

 変なことはするなよと言われていたのに、入学式に遅刻なんて中々ないぞ。


「ローレンスからも連絡は来ている。今後気をつけてくれれば何も問題はないだそうだ。ただ、明日校長室に足を運ぶようにと言われてはいるけどね」


「いや怖いです行きたくないです」


 何の用があるんだ?

 推薦入学者を紹介する際にいなかったから怒ってるパターンじゃないのこれ?


 今日エウリアからも言われたのだ。


 お前の遅刻は連帯責任だって。

 ソーマからも謎に怖がられてしまったようだし。


 ……学校に行きづらくなってしまったな。


「そう怖がらなくてもいい。おそらく君の入学許可の詳細を話してくれるんじゃないかな? それ以外に言いたい事もあるだろうが…」


 俺の推薦理由、か。


 確かに気になるが、鍛治師の腕がなんたらとか、武器の製作の依頼がなんちゃらとかそんな理由な気がするけどな。


 校長室に二日目に呼び出しを食らうとは。


「また有名になっちゃうかもなあ」


「……悪い意味で有名になるのやめてもらってもいいですか?」

 

「……さて、新しい武器の生成に取り掛かろうと思うんだ。用があったら呼んでくれ」


「無視しないでください」


 …………………………。


「期待外れにならないよう、気をつけてください」


 メアリがいつも通りのジト目で俺に言ってくる。


「……はい」


 期待されているなら、なんとか頑張れる気がします……。



**



 翌日、午前の授業を終えて時刻は昼時。


 初日の授業は基本的に簡単な授業だった。

 まあ最初はこんなもんだろうな。


 でも、魔法使えないヤツが魔法学を学ぶのは果たして意味があるのか?


 どうやら魔法が使えないのは全学年で俺だけのようだった。


 ショックがすぎる。


 魔法適正が無いのは本当に珍しいことらしい。

 ラバンはこんな環境で学園生活を送ったのか?

 やっぱりすげぇぜ。


 俺はそんな事を考えながら、校長室と思われる部屋に到着した。


 昨日昼に来いとお呼ばれされたので教室とは別の棟の校長室に足を運んでいたのだ。


 ここまで来るのに結構な距離があった気がする。


 確か、部屋に入る前に三回ノックをしてから入るのがマナーだったような。


「失礼します」


「はい、どうぞ。お入りください」


 俺はノックをして入っていいか確認した後、許可を頂いたので校長室に入室した。


「君がエバン・ベイカー君だね。初めまして、この青色学園の校長を務めているタリア・ローレンスだ」


 おお、校長結構若い……。


 いや待て、クラウスと同じ類の人間かもしれない。

 この世界の大人は若作りが多いのか?


「エバン・ベイカーです。先日は入学式に遅刻をしてしまい、申し訳あり――」


「ああいや待ってほしい。その件に関してはもう大丈夫だ。それで君を呼んだわけではないからね」


 そうなのか?


 じゃあやっぱり鍛治師関連か?


「君の作った武器をちょっとだけ見せてほしくてね。わざわざ来てもらって悪いけど、どれか一つ私に貸してくれないか?」


「はあ、大丈夫ですけど」


 なんだよそんな事か。


 それで済むならさっさと見せよう。


「……これでいいか」


 俺は武器庫から槍を取り出す。


「……驚いたな、本当に何も無い所から出すとは。まるでアイテムストレージのようだね」


 アイテムストレージとは大きさを問わない物の出し入れが可能な便利なスキルだ。


 まあ異次元武器庫もあんまり変わらないようなスキルだが。


「では、しばらく出来を確認させてもらうから、そこでお菓子でも食べながら待っていてくれ」


 俺はすぐそこにあった高そうなソファーに座り、タリアが満足するまで待つ。


 お菓子は……またケーキか、やめておこう。


 昨日のケーキのバカみたいな支払いを思い出してしまう。


(これほどの腕前とは……。生成スキルはS−だったな。能力は理解出来ずとも、この槍がゆうにB+は超えていることはわかる)


 ……? なんだ?


 何か校長がこっち見つめてくるんですけど。


(やはり、緑色に渡さなくて正解だった)


 ちょっと、怖いからこっち見んな。


 思ってたのと違ったとか考えてないだろうな?


「エバン君、ちょっとお願いをしてもいいかな?」


「何でしょうか?」


「君にクラスメイト達のの武器の新調を頼みたいのだが、出来るかな?」


 ……クラスの奴ら、ねえ。


「君は私が思っていた通りの腕前だった。是非、戦力アップの要となってほしい」


「でも、俺昨日の一件とか成績底辺の問題でまだ誰とも仲良くないんですが」


 今日だってまだ一言も会話を交わしていない。


 俺が作った武器を喜んで使う奴は果たしているのだろうか?


 自分の持っている武器で充分だとか言ってきそう。


「そうか、なら仲の良い友が出来たらその子に手を貸してやってほしいな。今はそれだけで良いからさ。その内クラス全員と打ち解けてくれると助かるよ」


 こいつ、俺が問題児なの思い出してハードル下げて来やがった。


「槍、ありがとう。もう大丈夫だ」


 タリアはそう言って俺に槍を返そうと近づいてくる。


「ああ、持って来なくてもいいですよ」


「?」


 俺は異次元武器庫のスキルを使い、タリアが持っていた槍を一瞬で自分の手に移動させる。


 武器庫戻し、それをまた取り出したのだ。


 スキルのちょっとした応用だな。


 離れていても所有権があれば手に持っていなくとも収納できることに気がつき、それ以来ずっと使っている。


 わざわざ歩いて行って取るの面倒だと思った矢先にこの早技は生まれた。


 慣れれば、簡単にできる。


「……本当に便利なスキルだね」


「まあそれだけですけどね。他に用件は……?」


「ああ、もう用は済んだよ。伝えたいことは伝えられたからね。今日はありがとう。また会う機会があったらその時はよろしくね」


「そうですか。それでは、失礼しました」.


 もう用は無いようなので教室に戻ろうとする。


 腹減ったな、早く戻って昼飯食べよう。


「この学園でどう暴れるのか楽しみにしているよ」


「……?」


 そんな言葉が、去り際に聞こえた気がした。

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