7 出逢う

 

 ひゅう、と笛のような鳥の鳴き声のような、音。

 トンネルの中程である。なぜそのようなものが聞こえるのだろう? 風であれ鳥であれ。

 ああ、静かなのだ、とミチルは思った。

 バスのエンジンが止まっている。


 ミチルは気づいてしまった。

 沙綺羅さんの言葉に従っていればよかった。たとえナイフで刺されても。ここに残るよりは。

 膝が震えて、立っていられない。

 先ほどの幽霊とは全く異質の何かを放っていた。

 怖い。叫びたいが声が出ない。


「おい、どうした」

 腕をつかんでいる大男――飯島の横にしがみつくと、ミチルは腕を伸ばした。

 震えた指先――バスの最後部にある窓ガラス。


 ガラスいっぱいに巨大な眼が映っていた。

 血管さえ浮き出た眼が、こちらをている。

 

「うっわああっ」

 ドオンと、今までの静寂を破る大きな音が響いた。

 まるで巨大な何かがバスを殴ってでもいるような。

 

 窓のガラスが次々と割れる。

「なんじゃこりゃあっ――」

「ミチル!!」

 タケシが飯島の顔を殴った。

 奪ったミチルの手を引く。

「外に出るぞ、ここにいたら駄目だ」

「で、でも外には」

「燃料タンクをやられたら火が出る。賭けるしかねえ」

「……うん」

 バスから出る直前、ミチルはバスの後方をちらりと見た。巨大な眼は消えていた。



 田舎のトンネルの照明はそこまで明るくないが、バスのライトがまだいている。

 七つの人影が揺れていた。

 

 タケシとミチルは逃げようとした。しかし宝田の「おい」という一言に足を止める。

「離れるな。固まっていた方がいいぞ」

「ヤクザの言うことが信じられるかよ!」

「こんなことになっちゃあ、もうお前らをどうこうする気はねえよ。カタギにはわからねえかな……この殺気」

「兄貴、兄貴……」

「なんだ、あいつに殴られたのを気にしてるのか」

「違うよ、この女――両手から先がねえ」

 沙綺羅の一目見たら忘れられない黒い手、それが両方とも消失している。

 宝田はうめいた。

「あの動きは絶対に義手じゃ出来ねえ。いったいどういうことだ」



 ミチルはさっき見た光景が気になっていた。

 影が七つ――?

 ミチルあたしとタケシ、婆さん(に変装していたボス)、大柄な飯島と対称的に背の低い宝田とかいうヤクザの二人組、まだ動かない沙綺羅さん。

 運転手はとうに逃げたし、沙綺羅さんと話してた男の人は――確か明畠さん――ダッシュで消えた。


 

 あのひとはいったい誰?


 それは少女のように見えた。


 しかしその眼は――同じだった。さっきガラスに映った巨大な眼と。



「おめでとう。



「誰だおめえ」

 宝田が呻く。


「あたしは<わざわい>。老いも若きも男も女も、分け隔てなく平等に殺すわ」


 ミチルは考える。

 ――この世の物理現象に干渉できちゃうから、ちょっと手に負えないわ。

 沙綺羅さんはそう言っていた。

 。沙綺羅さんでさえ手を焼く相手。今彼女の意識はない。


 しかし彼女はこうも言っていた。

 ――低級な霊ばっかりで大物がいないの。


 なら、は、いったい何処どこから来たの?





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