4 霊魂と幽霊

「そんなことまで判るんですか――凄いなあ」

 しきりに感嘆する明畠に、沙綺羅さきらはなぜか苦笑するように、

が教えてくれるのよね」

 と言った。

 つまりは感受性ってことか。

 多少引っ掛かる言い回しだが、それがつまり霊能力――ということなのだろう。霊感がないわけではない明畠あけはたでもレベルを超えた世界だ。


「すげえ。あんたが追い払ったの」

「ちょっと、タケシ」

 前の方に座っていたカップルが興味津々な様子で近づいてきた。

 彼らもまた、のだろう。

 もう一人の乗客、お婆さんはどうしているのか。

 やけに落ち着いているなと思ったら、目を閉じてこくりこくりと舟を漕いでいた。

 なるほど、動じるはずもないか。


 タケシとミチルの話によると――ほぼタケシが一方的にしゃべっていたのだが――トンネルの噂を聞きつけて肝試しに乗ってみた、ということらしい。

「テーマパークのアトラクションじゃないんだから、素人が興味本位で近づくのは感心しないわね」

「ホント。怖くて泣きそうだったんだから。もう」

 ミチルが肘でタケシを突いた。

「俺もションベンちびるかと思った。大丈夫、こちらのセンセイが追っ払ってくれたよ。あれお経っすか? 坊さんには見えないけど」

「仏教じゃないわ。私は神道の巫女よ」

「ああ、寺じゃなくて神社のアレか。ハカマってやつ着なくていいんだ? 手袋してるの何か意味あんの?」

「タケシ」

 恥ずかしそうにミチルが制する。

 明畠は会話に割って入った。

「きみたち、この方はその方面ではとても有名なんだよ。日本でも三本の指に入る――」

「明畠さん」

 沙綺羅が睨んだ。

 ワカモノは二人そろってスマホを取り出して――。

「写真いいっすか! インスタに上げるんで!」

「……駄目です」



「本当にとか、ないんですか……?」 

[大丈夫。そもそも幽霊って何だろうって考えたことある?」

「うーん……霊魂?」

「そうね。あなたが考えたり感じたりできるのは<心>があるからよね。じゃあその<心>――あなたの言う通り<魂>と言い換えてもいいけれど、それはどこにあると思う?」

「……頭の中?」

「昔は魂は心臓に宿ると考えられていた。現在は脳の研究が進んで、『心は脳の働きに過ぎない』と主張する人もいる。でも、私たちは違う」

 二人とも黙ってしまった。普通世間で話題にするものでもないからな、と明畠は思った。

 沙綺羅は続ける。

「人間はに肉体として生まれるけれど、同時にに霊魂も生まれる。それは脳を媒介としてつながっていて、。そうして肉体が死ぬと霊魂もまたとの接点を失い、<大いなる流れ>の元に戻って緩やかに分解されてゆく。ただそれは肉体の死と同時ではなく、タイムラグがあるの」

「それが幽霊ってわけか!」

 突然タケシが叫んだので、全員びくっとなった。

 寝ていた婆さんですら目を覚ましたようだ。

「この世との接点がなくなってしまったので、霊魂はこの世に干渉することはできないわけ。いうなればガラスの壁一枚越しに眺めている感じかな。だから、たいていの幽霊は実害をもたらせない」

 ミチルは気づいたようだ。

の、ってことは……例外もあるってことですか?」

「霊魂も成長するって言ったけど、最初から霊魂のサイズが大きく生まれてくる人がいるの。そういう人が恨みをつのらせて募らせて、とんでもなく大きくなるとね……壁を越えてこの世にのよ。何百年に一人って確率だけどね。それが<怨霊>」

「怨霊って……平将門みたいな?」

「有名よね。そのクラスになるとこの世の物理現象に干渉できちゃうから、ちょっと手に負えないわ。だから私たちは怨霊を封印する――あの世から出てこないようにする――術を昔、それこそ平安時代の昔から研鑽けんさんし続けているの」

「……すげえ」

「言っとくけど、そんなのは例外中の例外だからね」

「前に言ってた妖怪というのはどこに入るんです?」

「妖怪っていうのは二種類あって、ひとつは不可解なに名前と姿を与えたもの。典型的なのは鎌鼬かまいたちね。もうひとつはが怨霊並みに育って悪さをするケース。あんまり話が通じないから厄介だけど、ほとんどは悪戯レベルだから無理に封印はしない」

 沙綺羅はふう、と大きく息をついて、言った。

「とにかく、幽霊を見ること自体は問題ない。気をつけなきゃいけないのは、怖がりすぎて精神的に参ってしまうこと。偶然に起きた不幸と勝手に因果関係を見出してしまうとか」

「お祓いをする、のは精神的にはいいことなんですよね?」

「そうね。要するに、引きずられないこと」




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