Quotidian assault delivery



     ◇



 ルクシア王国では、初夏が最も過ごしやすい季節とされている。温暖で雨も少なく、1日の日照時間も長くなるこの時期になると、街往く人々もどこか活気付いて見える。


 一方、闇とねんごろなせいで光が苦手になりつつある私にとっては、厳しい季節の到来だ。

 闇魔法の体系を簡単に表せば、『契約』の一言に尽きる。闇と契りを交わした我が身には、こういうぽかぽかの陽気はむしろ健康に悪い。日常生活に支障をきたすほどではないが、しっかり気怠くなるのだ。


 新学期が始まって1ヶ月そこそこ。ドタバタとしたスタートだったけど、最近はそれなりに慣れてきた。


 いつも通り登校して、いつも通り授業を受け、いつも通り下校する。


「《プロミネンス・バースト》!」


 そして、そんな下校の道すがら、草陰から現れた変態リオンにへんてこな魔術を撃たれる。空恐ろしいことに、これもいつも通りだった。


「まるでこりてないし……ってうわ、まぶし」


 どうやら、目くらましか何からしい。放たれた光球は、私の目の前で弾けて、眩いばかりの閃光であたりを覆った。


 閃光を作り出す魔術は、この時代にもいくつかある。先の魔力測定で私が使った《火閃弾》もその一つだ。しかし、リオンの《プロミネンス……なんだっけ。とにかくそれは、火によるものでも、風によるものでもなさそうだ。もしかして、光魔術だったりするのだろうか。


 それにしても、目がしぱしぱする。


「チェックメイト、だ」


 視力が正常に戻った時に目に映ったのは、私の脇腹にあの"銃っぽいの"を突き付けてご満悦のリオン君だった。


「…………」


「……驚きに言葉も出ないか」


 その顔がちょっと……いや、かなりムカついた。


「『コロロ』」


 だからというわけでもないが……彼が引き金を引く直前、銃口にしこたま闇の塊を詰めてやった。正当防衛だよ、正当防衛。


「なにッ!?」


 ボガンッ!


"銃っぽいの"が冗談みたいな音を立てて暴発した。そのままリオンもろとも数メートル吹っ飛んでいく。これは確かに……魔杖というより、銃に近いのかもしれないなあ。


「うわ……。だいじょぶ?」


 刺さるように地面へと激突し、土埃を巻き上げていたリオンに歩み寄り、声をかける。正当防衛だとしても、相手が変態だったとしても、人を殺めてしまっては多少目覚めが悪かろう。


 ……動かない。ピクリとも、だ。


 これは……ついにやってしまったか?


「おーい……おいおい、おーい」


「やめろ、つっつくな」


 頭の中で地図を広げて病院の位置を確認していたところで、リオンは何事もなかったかのようにむくりと立ち上がった。


「……ケガとか、してないよね」


「貴様に心配される筋合いはない。……受け身はとった」


 はてさて。私の常識の中では、頭から地表に突き刺さることを『受け身』とは言わないはずなのだが。さしものリオンも、まさかそれが未来の受け身だとは言うまい。……言わないよね?


「魔術の出力タイミングを着弾後に設定しておいたのが幸運だった……。少しでも機を違えれば、街もろとも吹き飛んでいただろう」


「なんで私が責められてんの……?」


「糾弾しているワケではない。事実を言ったまでだ」


「あっそ」


 悪態をつけるくらいには元気なようだった。普通、爆発に巻き込まれたら人は死ぬと思うんだけど。


 まあ、死なれても困るんだけどね……私も私で、こいつなら何しても死なないか、なんて徐々に対応が雑になっていることは自覚している。そろそろ気をつけなきゃまずいかなぁ……。


「しかし……そうか、また失敗か……」


 制服についた土汚れを手で払い除けながら、なにやら噛み締めるように呟く。


「もうじゅーぶん試したでしょ。そろそろ未来、帰ったら?」


 因みに、昨日は爆弾で一昨日は狙撃だったか。いやはや、精が出ますなあ。


「そうはいかない。任務の放棄など、できるものか。それに……作戦は失敗続きだが、確かに得るものはあった」


 私には、考えなしにただただ失敗しつづけてるようにしか思えないんだけど……これが噂の、戦闘のプロが持つ勘とやらか。……ほんとかよ。


「今日もそうだ。貴様の厄介な防御魔術……その攻略の糸口を掴めた」


「へー。たとえば?」


「光魔術だ」


「あー、あの光ってたやつ?」


「そうだ。通常ならば直視すれば失明は免れない強烈な閃光だが……。それはさておき、貴様はあの魔術を完全に打ち消さなかった。いや、違うな。打ち消すことができなかったのだ、違うか?」


 どうだ、図星だろう? とでも言いたげな顔だった。


 そんだけ頑張って特大の閃光魔術を撃ったリオンに申し訳なさすぎて、『昨日の西日よりちょっとキツいくらいだった』なんて言い出し辛い。


 そもそも、私はなんでもかんでも片っ端から《朏の繭》で打ち消してるわけじゃないのだ。そんなことしたら、明暗もつかないし風も感じないから日常生活に困ってしまうではないか。


「更にもう1つ。"距離" だ。俺の魔銃による零距離攻撃に対して、貴様は直接的な反撃に出た。即ち、貴様の身体そのものは、あの防御魔術の範囲外ということだろう」


「うん、その……すごいね。えらいえらい、さすがは【銀獅子】」


 得意満面のリオンをめいっぱい褒めてやる。褒めたらそのままおとなしくなんないかな、なんて思いながら。


「……貴様、ひょっとして俺をバカにしていないか?」


「いや、べつに」


「どうだかな。……まぁいいさ。貴様がそうやって斜に構えていられるのも今のうちだ」


 いかにも負け犬ちっくな捨て台詞を吐きながら、リオンは道端に放り投げたカバンを拾いに行く。


 その後ろ姿を見ながら、私はふと、級友のギャルのことを思い出していた。たぶん、リオンが光魔術だなんだと言ったせいだ。お忘れかもしれないが、ギャルは光魔術をコスメ感覚で使うタイプの子なのである。


「そういえばさ」


「なんだ」


 そう、それは今日の授業と授業の合間。


 ギャルが珍しくアンニュイな雰囲気でため息を漏らしていたものだから、思わず何があったか聞いたのだった。


 そして、どこか大人の色気にも似た艶やかな吐息を漏らし、切ない思い出を回顧するかのような遠い目をして、ギャルはぼそりとこう言ったのである。


『試験マジやばいんだけど』


 マジやばいらしかった。


「リオンさ、中間試験の勉強とか、ちゃんとやってんの?」


 ガスト魔術学院の春学期最初の定期試験は、もうあと10日というところまで迫ってきていた。


「なんだと?」


「いやだから、べんきょーだよ、べんきょー。このガッコ、試験の成績悪いと、編入生でもなんでも容赦なく留年になるよ?」


「聞いていない。……機密情報か」


「いや、ふつーに先生言ってたじゃん」


「くッ……座学は貴様の監視でそれどころでは……。その中間試験とやらはいつだ!」


「まぁ……あと1週間ちょっとかな」


「……まさか、筆記試験か?」


「そりゃね。実技は年に一回だけ、学年末だし」


「そう、か……」


 焦った様子で私に矢継ぎ早に質問を飛ばすリオンの顔にはみるみる脂汗が滲んでいた。深刻さ具合でいえばギャルよりよっぽどである。


「勉強、苦手なの?」 


「いや……これでも、学識はそれなりにあるつもりだ。だが……それも、100年後の知識だ、この時代にどれだけ通用するか、わかったものではない。それに」


 リオンは苦々しげに続ける。


100年前いまの書体が俺の知っているものとかなり違う。正直、会話は可能であっても、読み書きにはかなり難儀している」


「あー……なるほど」


 言われて納得、そこは盲点だった。


 しかし、考えてみれば当然か。時代とともに言葉なんていくらでも変わる。


 100年先を生きているリオンにとって、彼の最近の日常は、大体わかるがなんとなく違う言語に囲まれた生活と言って差し支えないものだったろう。


 これは、1週間かそこらでなんとかなる問題ではないかもしれない。


「ジル・ソーリス。……あー、」


 やがて途方に暮れた表情で、リオンは私を呼ぶ。さっきまでの威勢なんてこれっぽちも残ってなかった。間違いない、これは他人に縋ろうとする目だ。


「……やだよ」


「なに!? まだ俺は何も──」


「教えないよ、べんきょー」


「くッ……!」


「てゆーか、なんで私を殺そうとしてる人のめんどう見なきゃいけないわけ」


「……それは……違いないが……」


「私を殺す計画練るひまがあったら、まじめに勉強した方が身のためだと思うよ」


 すっかり青ざめて立ち尽くすリオンを置いて、私は家路を急いだ。これでしばらく、あいつも大人しくしてくれるといいんだけど。


 ……と、私の中で、ふと小さな疑問が生じた。


 なぜ彼は、わざわざガスト魔術学院の生徒になったのだろうか。私を殺すだけなら、無理して授業を受ける必要もなし……そもそも、どうやって入学したのかが謎すぎるのだけれど。


 ……でもまあ、あいつバカだしなあ、なんて一人で納得したりして。


 特に何事もなく、いつも通りの一日は終わった。

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