第7話・一途と一方通行は別のもの
「………たいっへんもうしわけありませんでしたっ!!」
事情を説明され、納得した後のアスちゃんの恐縮っぷりときたら、説明したヴレスの後ろ頭を一発はったおしておかないと気が済まない程だった。実際にそうしたら涙目で睨まれたけど。だってこんな健気な子にぺこぺこさせて何がしたいってのよ。もう。
「僕の責任じゃないだろっ!…まあいいや。アス、そういうわけだからユズハは環の外の民としてカナの客分になる。君も何かと顔を合わせることになるから、よろしく頼むよ」
「はいっ!…あの、ユズハ様。本当に申し訳ありませんでした…」
「あはは…そう何度も謝らなくてもいいってば。ヴレスの頭で気は済んだし」
僕の頭はユズハの苛立ち解消の道具かよ、とかぼやいてたけど、あたしはツーンと知らん顔。大体、「このような綺麗な方をお側に置くなど……ヴレス様は罪作りすぎです!」…ってアスちゃんが言ったらしばらくして、そんなわけないだろっ!!って全力で否定してくれやがったし。例え事実だとしても女の子にそんな言い方すんじゃねーっての、もう。
「はい。何卒お手柔らかに願いますね?ヴレス様はわたくしの大切な主ですから。ではご案内いたします」
「う、うん……」
なんて、ヴレスに無体なことを考えてたら妙に迫力のある口振りで釘を刺されてしまった。
まああたしのことをヴレスが説明している間の様子を見る限り、随分と心酔してる様子ではあったから、この子の前では少し気をつけた方がいいかなあ、とは思う。
「…なんだい?」
「うん?んー、まあ罪作りは事実かなあ、と思って」
「どういう意味だよ」
先に立って歩き始めたアスちゃんについていくと、並んで歩いていたヴレスがあたしの視線に気付いて文句を言ってきた。結局こいつの問題は、自分の外面がいいという自覚があんまりないことと、中身がそれに反比例してぽんこつなことなんだろう。
初対面の時は顔のよさにちょっと胸高鳴らせたものだけど、カルヴァエルに乗ると性格が変わることが分かってから、大分あたしの見方も変わってしまってる。
…でもまあ、いいか。男の子ならそれくらいでも、欠点ってわけじゃないだろう、って思うし。
と、自分の中で結論づけると、幾つか気になることも出てくる。さっきヴレスの言っていた、妹が村長とかどうとか。どういうことなんだろう。
塀と柵に囲まれた一帯は、思っていたよりも広いし人も多い。お城みたいな高い建物こそないけれど、二階建てくらいの高さの石造りの建物なんかもあって、それほど寂れたという雰囲気じゃない。
そして今は遠征から戻ってきた皆を迎えにきていることもあるのだろう、それ相応に賑わっていて、あたしたちと並んでいたり追い越していく人よりも、逆に外側に向かう人の方が多いみたいだ。
だからすれ違う中にはあからさまにあたしたちに好奇心丸出しの目を向ける人もいて、なんとなく据わりの悪い心持ちもする。
で、黙っているのも落ち着かないので、隣を歩いているヴレスに声をかけてみた。
「ね、ヴレス」
「なんだい?」
少し心細さを演出するようにして声をかけると、言い争いとも言えないちょっとした口論の後にしては穏やかな反応が戻ってきた。チョロいと言えばチョロいけど、これは彼の美点として甘えさせてもらう。
「さっき言ってた…えーと、妹さんが長とかってどういうことなの?いろいろ大丈夫なの?」
「ああ…まあ実際に他の邑と折衝したり、邑の中の揉め事を収めたりするのは他の大人がやってるけど、カナは指示に迷いがないっていうか、頼られると応えてしまう性格で、あてにはされてるうちにそうなったというか…あと機獣の製造に天才的な才能があるしね。そういう実績みたいなものがあって、なんとなくそういうことに」
いいのかなあ、そういうことで。ヴレスの妹ってなるともっと年下なんでしょ?
「十三だね。僕とは父親違いだけど」
「可愛い?」
「…どういう意味?まあ身内ということでなら可愛がってるとは思うけど」
眇目で睨まれた。また何かヘンなことを言い出すとでも思われたんだろうか。いやそういうことじゃなくて、ヴレスの妹ならさぞかし美少女だろうなあ、って思っただけなんだけど。
「ユズハ様。カナルェティ様は整えておられればとてもお綺麗な方なのですけれど、その何といいますか……ヴレス様の前で申し上げるのは多少申し訳ないですが、大層変わった方なんです……」
あたしとヴレスの会話が聞こえたのか、アスちゃんも歩調を変えてヴレスの隣に並ぶと、割と言いにくそうに参加してきた。なんというか、ヴレスにそれを言わせるのが悪いから、みたいな感じだ。
「……まあ、ね。妹ながらなんでああなったのか不思議でならないよ。別に悪い子じゃないんだけどさ」
「それはそれで興味が沸かないでもないけど。まあ取り入らないと寝床の確保も出来ないようなら少しくらい慎ましく大人しくはするわ」
「そういう意味の心配はしてないんだけどね。あとユズハはそれとは関係無く慎ましくして欲しい」
よけーなお世話よ。
足がもつれたフリでヴレスの脛に一発お見舞いしておくあたしだった。
村長、って感じの人の居場所にしては、随分物々しい…というか仰々しい…でもないか。なんていうか、材木で組まれたそこそこ大きな倉庫!って感じの建物だった。
「実際倉庫みたいなものだよ。機獣の整備や開発もしてるんだし」
「へー…やっぱりそういうものはあるんだ」
「ユズハ様の住まわれていた環の外にもこのようなものが?」
どうなんだろ。あんまり工場とか基地とか興味無かったし。でもテレビとかで見たそういうものと似てるような気はする。用途が同じならどんな場所に行っても同じようなものになるのかもしれない。
「まあそれはいいよ。中は後で案内するから、とりあえずカナに会いに行こう」
「そうね」
建物の中に入ると、中はだだっ広い空間でしかなかった。不思議に思って尋ねたら、中身は一緒に帰ってきただろ、って呆れ顔で言われてしまった。そうか、シルドラやカルヴァエルも普段はここにいるんだ。道理でここまでの道がやけに広いと思った。でもシルドラはともかく、カルヴァエルが入るには天井が低い気がするなあ。
「カルヴァエルはこっちじゃないよ。まあそっちも後で案内するから」
「ふーん」
倉庫は木製かと思ったら、所々は金属のような板で覆われていたり、あるいは壁がまるごとカルヴァエルの装甲みたいな材質で出来ていたりする。
あたしたちはそんな外側をぐるりとまわって裏に向かい、あまり日当たりのいいとは思えない場所にあった小屋に案内された。小屋、っていうか…ロッジ?みたいな、丸太を組み合わせた小さな建物。
きょろきょろしてるあたしがはぐれてないか確認するためにか、ヴレスは一度振り返ってから「こっちだよ」と小屋の入口で呼ばわる。大人しく後ろにつくと、ヴレスはドアノッカー(地球にあるのと同じようなのだった)を叩いて、「カナ、いるかい?」と小屋の主を呼び出した。
「…………」
「………いないの?」
返事は無かった。まあ忙しいならどこかに出かけてるのかも。
「おかしいな」
「おかしいですね」
…と思ったら、部屋の主の正体を知ってる二人は似たように首を傾げてる。いったい何ごと?
「いや、出不精でひきこもりのカナが出かけるなんてこと、滅多に無いと思うんだけど」
「です。カナ様に限って日光に当たって無事とも思えません」
どーいう扱いなの。ヴレスはともかく、アスちゃんまで大概なこと言っちゃってるし。あたしこれからそんな人にこの身を委ねないといけないの?
「っていうか、寝てるんじゃないの?」
「まあそれが一番あり得るんだけど……はあ」
なんでため息。もう面倒だからさっさと入ればいいじゃない。知らない相手でもないんだし。
「分かったよ。カナ、入るよ」
意を決したヴレスが勢い良く扉を開けた。勢いつけないといけない気分にしても、女の子の部屋にそーいう入り方はどうかと思…
「にいさんっ!!」
「わあっ?!」
…うんだ、けどー………何が起こった。
「にいさんにいさんにいさんっ!!ご無事でよかったですお怪我などありませんでしたかっ?!あの、人のいうことを聞かないカルヴァエルは駄々を捏ねませんでしたかっ?!にいさんに恥などかかせませんでしたかっ?!」
ぽかーん。
扉を開けるなりヴレスの胸に飛び込んでまくしたてた少女を、あたしはともかくアスちゃんまで唖然と見守るしかなかったわけで。なんなんだこの子。
「ああ、ああ…にいさんの無事のご帰還をカナは一日千秋の思いでお待ちしておりましたとにかくにいさんに大事が無ければカナはもう何も申し上げることはありませ…………………ようこそ。ピネリュエスピカの旗騎士ヴレスィード・バナントの妹、カナルェティ・バナントです。お客さまですね?今お茶などお入れしまいたぁっ?!」
あたしとアスちゃんの姿を認めて矢庭に態度を改めた少女に、これまであたしにツッコまれるばかりだったヴレスがデコピンをかましていた。それが力無く、だったのは妹かわいさからだったのか、ツッコむ気力も絶え絶えだったからなのか。本人ならぬ身には想像する他無い。たぶん、後者。
「…お話は分かりました。環の外の民、ということであれば我が邑でお迎えすること吝かではありません。カナルェティ・バナントの名の下に保護いたしますので、ご安心くださいな、ユズハ・カミムラ様」
折り目も正しく嫋やかに微笑む少女の姿に、今ほど兄に激突かまして甘えまくっていたシスコンの面影はない。いやシスコンなんて単語がこの世界にあるとは思えないんだけど、他に言い様が無い。
一頻り兄の無事を喜んだあと、カナルェティさん…まあカナちゃん、だなんて言える雰囲気でもないからこう呼んでおくとして、落ち着いてみれば十三歳、っていうのが「ウソでしょ?」と言いたくなるくらい落ち着いた子だった。
「…それにしても、いくら環の外の民とはいえ、遠征先でこのような美しい方を拾ってくるなど…にいさんもなかなか隅に置けませんね。わたしというものがありながら」
「…あのね、カナ。僕は君を妹としてしか見ていないんだから他人の前でそういうこと言わないの」
「では二人きりの時ならよろしいのですね?ああ、わたしの永遠の伴侶、旗騎士ヴレスィード…あなたこそ真の戦士…」
「そういうのいいから」
「…兄と妹でこういうことしていいの?」
「ユズハ様の世界の常識ではどうか分かりませんが、父違いの兄妹がつがうのは別に問題ないんです。父母を同じくする兄妹では論外ですけど」
「あ、そ…」
カナルェティさんの兄への懐き方がどー見てもそーいう風だったので、隣に席をとったアスちゃんに小声で尋ねてみたら、そーいうことのようだった。なるほど、さっきアスちゃんがヴレスを罪作り、と言ったのはこういうことか。確かにこれは犯罪者の行状だ、と対面のヴレスを睨む。
あたしたちは、小屋の一室の応接間?みたいな小さな部屋で、低い木製の簡素な長椅子に腰掛けている。
あたしとアスちゃんが隣になり、その向かい合わせにヴレスとカナルェティさんが座っている。座っているというか、明らかに距離が恋人同士のソレだ。
二つの長椅子の間にはやっぱり低いテーブルが置かれ、その上には飲み物がのせられている。中身は何か、というと、薬草を干して粉末にしたものをお湯に溶かしたものだった。抹茶のようなものかと思ったけど、殊の外香りは穏やかで苦くも無く、むしろ甘味すら感じたから、そういう飲み物なんだろう。さっきまで水かお湯ばかり飲んでいたから、こういう嗜好品があることにちょっと感動を覚える。
「…それでカルヴァエルの不調をユズハ様がお解きになったとのことですが」
で、いつの間にか話は真面目な方に向かっていた。どちらかというとヴレスが困ったようにカナルェティさんを叱ってようやく脱線から軌道修正した、ってとこだったけど。
「カルヴァエルと会話をした、という認識でよろしいのですか?」
「会話、ってほどのものじゃないと思う。あたしは普通に怒鳴りつけただけだし、それで動き出したからってあたしの声でどうにかなった…って言われると、ちょっとね…」
「なるほど…」
兄にしなだれかかってるトコなんかは年齢相応のあまえんぼ、って感じだけど、真剣に考え事をしているカナルェティさんは理知的な光を瞳に宿す、可愛いというよりは格好いい女の子、という感じだ。キャリアウーマン?みたいな。いや十三歳のコを例える表現じゃないんだけど。
そんな感じの話の内容は、というと主に機獣の話に関してだ。
あまり突っ込んだことを聞いたわけじゃないし、あたしもそう難しい話なんか理解出来ないんだけど、それでも掻い摘まんでみると。
嘗て人間や亜人といった、この世界の住人を支配していた神々がいたこと。
その神々の尖兵として、言うことを聞かない人間を懲らしめるために遣わされていたのが獣神だということ。
二百年前ほどに、神々は力を合わせた人間や亜人たちに滅ぼされ(どうやって滅ぼしたの…)、後に残った獣神がいまだに人びとを苦しめていること。
そして、どうにか倒した獣神をいろいろ調べるうちに、神々とのやりとりを行っていた仕組みがある程度わかり、それを横取り…というか、獣神に指令を下すところを乗っ取って人間が操作出来るようにしたのが、機獣だということ。
あたしが見たところのものだとシルドラがその典型みたいなもので、一つの種類の獣神を機獣として作り替えるやり方は決まっているので、シルドラのもとになった獣神を機獣にした、いわばシルドラ型の機獣っていうのはあちこちで使われているみたいなのだ。
その他にも機獣っているのかと聞いてみると、近隣の邑にあるらしいけれど、シルドラほど大きくも力強くも無いみたいで、あの狼みたいな獣神はこの辺りではかなりの脅威になっていた、ってことだった。
「…じゃあ、そのすごく強い獣神をあっさり倒したカルヴァエルって、やっぱり凄いの?」
「あの子は普通の機獣とは異なります。わたしの父がこの邑に残しておりました獣神の残骸を、たくさんの方の協力を得てどうにか戦えるように仕立てたものなんですが…とにかく謎の多い機獣なんです」
「そもそも二本の足で立って走ったり、手に武器を持って戦うことが出来る機獣なんて、ほとんどの人は見たことが無いしね」
「その割にヴレスは素手で獣神を叩きのめしてたじゃない。見てて野蛮だなー、って思ったわよ」
「うるさいな。それどころじゃなかったんだから仕方ないだろ」
「にいさんも相変わらず無茶をしますわ…」
まあ帰り道で盾と剣で武装したカルヴァエルを見たけれど、アレを使っていればもう少しスマートに成敗出来たんじゃないかなあ。頭に血が上ってたヴレスでは無理もないんだろうけど。
「…大分時間が経ちましたね。そろそろお開きにしませんか?」
話が一段落したところでアスちゃんがそう切り出した。そういえば帰って来た時の片付けとかほっといてここに来たんだけど、いいんだろうか?
「あ、カルヴァエルを戻さないと」
「ですわ。にいさんしかあの子を動かせないんですから」
「それって何か理由あるの?」
立ち上がったヴレスにそう問いかける。いや忙しいのは分かるんだけど、シルドラみたいに、片付けくらいなら他の人が動かせばと思ったから。
そしたら。
「…僕とカルヴァエルは繋がっているからね。いろいろと」
だって。
そんな思わせぶりな言葉で煙に巻かれるのは面白くはなかったけれど、カナルェティさんが少し辛そうな顔になっていたから、その先を尋ねるのはなんとなく躊躇われた。
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