第5話・宵の星闇はとても優しくて

 「……なんなの、コレ」


 なんていうか、終わってみれば無残の一言だった。

 カルヴァエルによって解体された狼は、体のあちこちのパーツが散らばっていて、それに人が群がってあーだこーだと話している。

 …なんでも、倒した獣神は使えそうな部分を持って帰って、機獣(人が乗って使うロボットのコト。後で聞いた)の部品として使うとかなんとか。獣神は動物っていうより、まあこれも後で聞いた話なんだけど、人間たちに敵対するようにかつての神さまが作った道具っていうか兵器みたいなもので、ずる賢い人間がそれを自分たちが操れるように作り替えてしまった存在が、カルヴァエルやシルドラみたいな機獣、ってことのようだ。

 でもまあ、それはいい。まだ今の時点では聞いてない話だったし。

 あたしの頭を痛くする光景っていうのは、だなー…。


 「お前ってぇ奴はぁ…まともにカルヴァエルが起動すりゃあ大して苦労する相手でもねえってのになんでこうも大暴れしやがんだ!ちっとは反省をしろ反省を!!」

 「なんだよ!あれだけ痛めつけられたんだから少しくらい暴れたっていいだろっ?!」

 「そのお陰で仕事が増えるこっちの身にもなれってんだ大馬鹿野郎!」


 …カルヴァエルが目を覚まして危機を脱したのはいいんだけど、操ってた方は鬱憤晴らしとばかりに狼の獣神を相手にやり過ぎてしまい、後片付けが大変なことになっていたのだった。

 それにしても、目を覚ましたとかいうのはあたしの感覚でそう思った、ってことにしても、どうしてそういうことになっていたんだろ。それに、ケンカしてる二人の言い分だと、これが初めての戦いってわけでもないのに、いつもこんなことしてるのかな。

 まあそういうことは追々知っていかないといけないんだろう。とりあえず今やることは、っていうと。


 「ねー、とにかくこの場は収まったんだからいいじゃない。それに出て行ったシルドラ…だっけ?あっちがどうなっているかも気になるんじゃない?」


 胸ぐら掴んで睨み合いをしているおじいさんと男の子を仲裁するように割って入ると、二人とも大人げない真似をしている、って自覚が生まれたのか、互いの手を離し、気まずそうに襟元の乱れを直していた。そして一足先に体面を取り繕ったおじいさんの方が、あたしに向き直って答える。


 「…まあ、出て行った連中はそのうち戻ってくるだろうよ。今日の相手はさっきヴレスがバラバラにした奴だしな。手ぶらは残念だが、無事に越したことはねえよ。いやそれよりも…嬢ちゃん、何モンだ?」


 やっとか。やっとこーいう話が出来るのか。

 あたしはわけも分からず迷い込んだ世界でようやく自己紹介が出来ることに安堵し…。


 「環の外の民なんじゃないかな。どうも獣神のことも機獣のこともよく分かってないみたいだし」

 「なんだ、それなら仕方ねえやな。儂はエムヤ・クブルトってぇもんだ。あの駄々っ子の面倒を主に見ている」

 「僕はヴレスィード・バナント。じいさんの言う駄々っ子は僕が乗ってる。きみは?」

 「………神邑柚子葉。柚子葉、でいいよ」

 「ユズハ、な。環の外の民ってのは本当みてぇだな。聞いたことのねえ名前だ」

 「だね」

 「………」


 なんていうか、もう少し勿体ぶりたかった。それに環の外の民?どうもあたしが何者か知っているみたいな感じなんだけど。


 「その辺は少し落ち着いたところで話そうか。ヴレス、天幕を一つ確保してこいや。お客さんだ」

 「これでも大したケガしないで済んだのが不思議なくらいの身なんだけどね…」


 自分で言った通り、ヴレスは大分疲れたような背中を向けて行った。そういえば日も傾いて、夕方が近いことを思わせる空気だった。寒くなりそう。




 「ま、湯冷ましの水しかねえんだが。腹は減ってねえか?」

 「あ、うん。大丈夫。それより後片付けの手伝いしなくてもいいの?」

 「カルヴァエルはまた眠りについちまったみてえだし、今のところやるこたあねえよ。鎧の修理もこんなとこじゃあ出来ねえしな」


 あれやっぱり修理とかするものなんだ、と手渡された陶器のカップを口にする。確かに水だ。なんか妙な金属臭がするけど、文句言ってる場合じゃないか。


 「それよりいろいろ聞かせて欲しいんだけど。環の外の民?っていうのは一体何なの?」


 天幕は…まあ要はテントなんだけど、屋根のような覆いが支柱とロープで支えられているだけで、外と隔てられてるわけじゃない。だから忙しく立ち回ってる人たちの雰囲気と、それが通りすがりに物見高い視線を向けてくるのが分かって、落ち着かない気分だった。

 その中であたしは、いろいろと助けられたエムヤじーさんってひとと、現在あたしの中で評価が下降中のヴレスィード…ヴレスと呼べといってたから、これからはそうする…と、空き箱をひっくり返した椅子代わりにしたものに腰掛けて話をしている。

 どうもあたしの方から話をするというより、あたしの知りたいことを教えてもらう、って空気なんだけど、まあそれはそれで大事なことだから、話の流れにはのっかっておくことにした。


 「内とか外とかってのは後で話すとして、まずお前さんのことから確認するとするが…異界からやって来た、ってことで間違いねえか?」


 そしたら、いきなり核心を突かれた。まあ隠すようなことでもないから、あたしは素直に出自を明らかにする。


 「うん。地球、って星の日本て国から。聞いたことある?」

 「いや。儂はないな。ヴレス?」

 「僕も初めて聞くね。まあ外の民自体が珍しいんだから、ユズハ以外にそこから来た民がいて、僕らが知らないだけかもしれないけど」

 「だな…どうした?」

 「あっ…う、うんなんでもない…」


 …うー、いきなり名前を呼び捨てにされてどきどきしてました、なんて言えるわけがない。

 当初の印象と違ってやんちゃな少年、って評価になりつつあるあたしから見たヴルスだけど、基本的に顔はいいもんね。


 「お前さんの身姿は、アノウェイ族っつう、辺鄙なところにいる種族のモンだ。環の外からこっちに来た時にそういう体になったみてえだな。儂はアノウェイの連中のことはよく分からんが…」

 「特別に耳がいい、とは聞いたことがあるよ。あと美男美女ばかりだ、とも。直接会ったことはあまりないけど、まあ言われている通り美人だよね、ユズハ」

 「ありがと。まだ慣れないけど、そう言われて悪い気分じゃないわ。この耳だけはなんとも困りものだけどね…」


 ぴこぴこ動いている長い耳に触れて、改めて思う。耳がいい、と言われてもあまり実感は沸かないけれど、まあ確かに遠くの気配とかも、注意深く聞き取っていれば分かるような気はする。


 「それで、肝心なことだけど。環の外の民、っていうのは、この世界の外からやってきて、この世界で生まれ変わった人や亜人のことを指すんだ。聞いた話では、転生、っていうものらしいね。僕はユズハ以外に会ったことはないけれど、何か特別な力や役割を持たされて、そういうことになる、ってことらしい」

 「特別な力?あたし別にそんなものないけど…」

 「そうでもねえやな。カルヴァエルをどやかして起こしただろ?あれだけでも儂らにとっちゃあ特別な力、ってもんさな」

 「だね。僕が何度叩き起こしても全然反応が無かったんだ。ユズハの一喝で急に機関が起動して、目の前に獣神の巨大な顔が見えた時には流石にたまげたよ」

 「……それって凄いことなの?」

 「凄いっていうかなあ…最初に衝突する時、かろうじて外殻は閉じられたんだけど、その後は真っ暗なところで何度も何度も打ち付けられてさ。とうとう最期には外殻のヒビから外の光が漏れてきて、いくらなんでもこれは死んだな、って思ったらユズハの大声が聞こえて。目を覚ませー、ってのが。そしたらカルヴァエルが目を覚まして雄叫び上げて、途端に全部の機関が機能を取り戻して、その後は見たとおりさ。だから僕にとっては命の恩人だよ、ユズハは。ありがとう」


 なんの衒いもなく、無邪気にそう微笑んで礼を言われると、あたしとしても…まあ、なんだ。顔が赤くなって目を逸らしてしまうのを押さえられない。くそー、行動が残念でなければなー。勿体ない。


 「ま、あとは帰ってから追々話をすればいい。夜になりゃあシルドラで出かけた連中も帰ってくるさ。メシの支度もするし、嬢ちゃんはその辺を見て回ってりゃあいいさ。他の連中には話つけとくから好きにしてていい」

 「…いいの?」

 「環の外の民、ってことなら邑の立派な客分だよ。ユズハが嫌でなければいていいよ。それとも他にあてがある?」


 あるわけがない。どこに向かうのかすら知らされず、体一つで連れ込まれただけのところなんだから。

 この夜をどう過ごせばいいのかすら分からない身の上で、でも話が出来て、助けてもくれた人たちの提案だったから、特に疑問にも思わずに厚意に甘えることにした。とにかく疲れてもいたことだし。



   ・・・・・



 その後、エムヤじーさんに案内されて、動かないカルヴァエルのところに戻ってきた。ヴレスは何だかんだいってケガの具合を心配されて治療を受けている。元気に見えたけど、話が終わったらふらふらしていたから、全くの無傷ってわけでもないんだろう。


 「……結局、あなたは何なのかな」


 道すがらエムヤじーさんに教わったところによると、機獣は人間のものになった時点で据え付けられる、機関っていう操縦席を介してしか人間とは関わりを持てないらしい。だからあたしが呼びかけて目を覚ました、なんてのは例えにしても相当に荒唐無稽な話、ってことだった。

 ただ、獣神ってものの仕組み?正体?を完全に把握してるわけじゃない以上、そういうことがあってもあり得ない話じゃない、とは言っていたから、その意味であたしの存在には価値がある、ってことなんだろう。

 崖を背にして座り込んだカルヴァエルの正面に立つ。足を曲げて投げ出し、両手は地面についてまるで眠っているようだ。操縦席のところは開きっぱなし。ヴレスが引っ張り出された時のままだ。

 別に登ったりするな、とも言われてなかったから、あたしは股間のところからよいしょっと這い上がり、胴体のその部分ににじり寄る。装甲というか鎧の手触りは金属と石の中間みたいにひんやりとしてて、早くも肌寒くなってきた薄宵闇に溶け込むみたいだった。

 開いているところから、操縦席を覗き込む。立ち気味に設置されたシートがあって、ペダルとか操縦桿とかそんな感じの装置もある。飛行機や車の運転席と、そう違った印象はない。変わっているとすれば、思ったよりもずっと狭いことくらいだろうか。これ、中に入り込んで扉閉めたらほとんど身動きもとれないんじゃないだろうか。


 「……いいよね?」


 別に見咎められる心配なんかしなくてもいいんだけど、なんとなく秘め事をするような気分になり、あたしは周囲を確認すると、ヴルスみたいに操縦席に乗り込んでみた。


 「…座席、固いなあ」


 乗り心地になんか一切配慮してなさそうなシートだし、それ以前にあたしの体格に合っていないせいか、体のあちこちに固いものが押しつけられて痛い。よくこんなところに座って戦ったり出来るものだ。相当動き回ってたのに。

 ここに乗ってみれば、さっきあたしのしたことがどういうことだったのか分かるかと思ったけれど、そんな都合のいい展開は起こりそうにない。

 でも、この子に向かって叫んだ時に前後して、頭の中に流れ込んできた何ごとかのことは、思い出せた。

 人の手で作り替えられた、獣神。何の前触れもなく、そんな知識があたしの経験と一体化していた。というより、「そうなのだ」と思い出したみたいな感じだっただろうか。


 「体が作られたんだから、そーゆー記憶だって与えられていても不思議じゃあ、ないのかもね…」


 よく分からない。でも、そういうものだと思って納得するのも、なんとなく面白くはない。

 だって、誰かにそうなるよう誘導されてるみたいじゃない。実際そうなんだろうけど。

 操縦席の外に広がる、満天の星空を眺めながら独りごちると、夜の寒気が身の内に流れ込んでくるようだ。

 そういえば、昼間のあの騒ぎの中、いろいろとあたしの中に入ってきたものはあって、それは面白くないものばかりででもなかった。

 誰かの、意志のようなもの。それに反応した、あたしの中の喜び。繋がったものの手応えは、お腹の上にのせている両手に今も残っている。


 「…カルヴァエル。聞こえているなら答えて?あなたは、あたしの声を聞いたの?あたしに声を、届けてくれたの?」


 それが分かれば、少なくとも今晩は穏やかに眠れそうな気が、する……。


 もぞもぞ動きながら楽になれる体勢を探していると、不意に訪れる、睡夢の誘い。

 そういえば随分忙しい一日だったなあ…あたしの感覚だと、今日一日で朝起きて学校に行って、家が火事だって知らされて慌てて帰ってきたら、ドジ踏んで死んじゃって、母さんの泣き顔を見ながら事切れて、そして見たことも聞いたこともない世界に飛ばされて。で、なんか巨大なロボットの中で横になっている。


 …なんだか起き上がるのも億劫になってきた。いいよね、ここで寝てしまったって。どうせ誰かが…ヴレスか、エムヤのじーさんが探しに来てくれるだろうし。

 そんな確信は、胸の内にひどく可笑しい。嬉しいような、安心するような。

 だから、あたしは眠りに落ちる際に聞こえた何かに気がつくこともなく、本当に久しぶりに、静かで穏やかな夜を迎えられたんだ。




 (……おやすみ、ユズハ) 

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