第30話

ブラッドは平原を歩く。

ラディア国は比較的温暖な気候に属し、さらに言えば空気もカラッとしていて良い気候にあると言える。


湿度は低い。現在は日中だが、春が開けて間もない。


少し寒いと言える気候だった。


「……」


だが、ブラッドの肉体強度は計り知れない。

元の肉体強度もそうであるが、女神を取り込んだ今は更に肉体強度が上がっていると予想される。


実際、ブラッドは何が変化したかイマイチ実感が湧かないのだが。


「……しかし」


ブラッドは独り言を呟く。

それは、愚痴。


「…三千キロは、遠すぎるな、流石に」


ブラッドは常に走って移動していた。

魔力を使って転移テレポーテーションを使用するのも良いが、何せ転移テレポーテーション系統の魔法は使用魔力が計り知れない。


それに自分の知らない場所へは行けないという制約もある。


どの程度詳しく知っているかで使用する転移魔法は変わってくる。


その空間を把握しているならば、最も消費魔力が少ない空間転移スペーステレポーテーション


なんとなく、具体的にこんなんだったなー、と分かっているなら上位転移グレートテレポーテーション


全く分からないが、行ったことはある、知ってはいる。


この時は次元転移ディメンションテレポーテーション


のように使い分けが出来る。

しかしどれもその使用する魔力が回復するまでかかる時間は一日などでは無い。


基本魔法は身体に纏う魔素を取り入れ、それを魔力へと昇華する。昇華された魔力は魔法へと変換され、それと同時にそれに使用された魔力が出ていく。


魔法には魔力が込められている。


そして、使用された魔法が霧散して消える。消費すればもちろん消える。


その消えた魔力はどう回復するのか。


それは単純だ。

自動回復。

何かを食べる必要もなく、何かを飲む必要もない。

空気中から自然と失った分の魔力が補われていく。

その個人個人で保有できる魔力の量は決まっている。多少の増減はあるが、基本は最小値と最大値が決まっている。

個人個人というより、万物に魔力は宿る、ので全てのものがそうであると言える。


地から魔力は溢れる。

この惑星から、魔力は星の命ある限り出続ける。


ブラッド達は例外なく、みなそれに従い生きている。


とは言え、魔力が無くなったといっても何か肉体へ支障がある訳でもないので、魔法使い以外は困らないのだが。


閑話休題。


「……森か」


デスベルの森。

死地となるハズの森は何故か生きている。

そこを抜けると──


「…また平原か」


無間地獄のように平原が続く。

だが走る。走るしかない。

時速八十キロ程でブラッドは走る。


肉体を魔法で持続強化し走る。


「っあぁ〜っ!」


ブラッドは疲労した。


「だめだ、歩こう」


ブラッドは母親と違い、そこまで身体能力が高い訳では無い。その代わりと言っては何だが、魔法の能力だけは無駄に高い。


「……」


ずっと歩き続けていると、ブラッドはあるものを見つける。


「…ん?川か」


それなりに大きい川がある。


そして、その傍には──


「──村か」


村があった。小さな集落とでも言えようか。




とは言えそんなものに構っている暇はない。


無視してブラッドはフィリア国へ進む。


「…そ、そこの御方!」


「…あ?」


「よろしいか」


ブラッドは村から男に呼ばれる。


「……なんだ?」


「旅のお方とお見受ける」


「…まぁそんなものだが」


「…無礼を承知で頼む。これを、持ってはくれまいか」


「…あぁ。ん?手紙…?」


「それは、魔族の国に渡して欲しいのだ…いや、渡して欲しい人がいる」


「魔族の国…」


名前までは正確に覚えていないが、そんな国もあったなぁ、とブラッドは思う。


「手紙程度なら良いが、俺は魔族の国を通らないぞ?」


「良いんだそれで。貴方が持っているだけで」


「?変なやつだな。とにかく持っておけばいいんだな?」


「あぁ」


「……ふーん、で報酬は?」


「……飯奢るよ」



質素な作りの家には、それ特有の何か風情があるようにさえ思えた。


「……木造か、すぐに壊れそうだな」


「…まぁそんなことは言わずに」


村に入ってみると驚いたことに、この男以外人がいない。


「…何故ここまで人がいないんだ?」


「…ここは、ラディア国には属さないが、かなりかの国に近い。だから、そこへ向かう商工人などと貿易することもあった」


「ほー」


「だがこの村は、土地があるのはいいが魔物があまりにも多くてな」


「…魔物か」


「ギルドなどもない故に、ここは襲われやすい。そのせいか、みんな出ていってしまったよ」


「…」


「……さぁ出来たぞ」


グツグツと音をたてて出てきたそれは、何でもシチューという名前だと、ブラッドは聞いた。


「…貿易が多いゆえに出来る様々な具材を作った料理だ」


「スンスン」


ブラッドは匂いを嗅ぐ。


「牛の乳を使っているのか」


「あぁ、是非食ってみてくれ」


──危険視デンジャービジョン


毒味などをせずとも、ありとあらゆる危険を見抜く力。(ありとあらゆるなどと言ってはいるがせいぜい食べ物に毒が入っているかどうかを見極めるくらいが限界)


「…大丈夫みたいだな」


「いやぁ、何でも」


「…」


「いただきます」


木のスプーンで具材をスープとともに掬う。


何かの肉だろうか。とブラッドは訝しむ。


「はむ」


それを口へ運び、ブラッドは思い切って口内へそれを入れる。


「…」


何度か咀嚼し、飲み込む。舌の上の味を、──


「うまっ」


──それがブラッドの純粋な感想だった。


「おぉ、そうか!」


「なんじゃあ、こりゃあ」


ブラッドは手が止まらなくなる。

初めての美味さだった。温もりとも言えるかもしれない。


「ほぅ」


とブラッドは息をつく。


うめぇぇぇえ!という心の叫びをなんとか押さえる。


「…喜んでもらって何よりだ」


「これは、確かに報酬に見合ってるな」


それ程の美味しさだ。とブラッドは感じる。


「……もう行くのだろう」


「そう長くも入れないが──これはおまけだ」


「?」


「──守護の結界シールオブプロテクト


「一体何を?」


「じゃあな」


ブラッドは歩き去る。

平原へ足を踏み入れる。


「ありがとぉぉおお!」


歩き出すと、後ろから感謝の言葉が送られる。


ブラッドは振り返らず、空に手を振る。


そして、感謝の言葉は聞こえ続けた。



何時間か経って、夜になり、ブラッドは空中へ飛ぶ。

飛行フライ


「…今日は空で眠るか」


空中での睡眠。


なんと快眠出来るのだろう、とブラッドは思う。

まぁ相当な魔力を保有していなければ出来ない技だが。


そして──



──翌朝。


「…んぁ?」


ブラッドは目覚めるとともに何かを見る。


「あれは馬車か」


効率が悪いのでブラッドは馬車は使わないようにしているのだが。


(しかしあの馬車…何かに襲われていないか?)


よく見れば何かに追われているように見える。


それは、


「なるほど」


──盗賊か。

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