第19話 運命の夜

 三ヶ月を過ぎたある日。


 もう何度目かはわからない、いつもの報告会と称したデートのようなもの。


 相変わらず、トモミはタメ口で俺が敬語だ。



「白い手紙に書いてあった三ヶ月ってさ、とっくに過ぎたよね?」


「手紙がきてから、今日が99日目ですね」


「あ、そうなんだー。どうなってるんだろうねー?」


「イラストはどうですか? 描けてますか?」


「時間が足りなくってなかなかねー。でも、時間が無い中で工夫しながら描いてるから、時短の修行って思えば楽しいかな?」


「修行が楽しいんですか?」


「トモミちゃんは? 小説書いてるの?」


「サラリーマンと違って時間はありますからね。毎日書いてますよ」

 

「おおー。エライねー。書き終わったら読ませてよ。勉強はしてるの?」


「してますよ。ちゃんと」


「元の私は勉強しないで絵ばっかり描いてたから、センセーびっくりしてるでしょー?」


「学生の本分は勉強の筈ですよ?」


「イラストだって勉強の内だよー?」



 他愛もない日常の話をしながら二人で歩いていると。


 前触れは何もなかった。


 カッ!と、突然の光。


 光。爆光。閃光。


 俺達は、あの夜に体験した眩い光に包まれた。


「うわっ!?」


「きゃあっ!」


 いきなりが過ぎやしませんかね。

 誰に文句を言っていいものかわからないまま。


 俺達は白い光に呑み込まれた。



           ◇



 気がつくと俺は、見慣れた場所に立っていた。


 ここは……? 駅の改札口?

 ん? 目線が高い。

 

 視線を足元にやると、ヨレヨレのコートに安物のスーツとやつれた靴が目に映った。

 顔に手をやると骨ばった感触。

 

 ……俺の身体に戻ってる!?


 これは。


 金曜の夜……?

 三ヶ月前の、あの夜だ。


 イケメンだけど安物スーツのアイツと、ブサメンなのに高級ブランドスーツのアイツがいる。


 メガネのOLさんと、タイトスカートのスレンダーなお姉さんも同じく。


 間違いない。


 俺とタカノトモミが死ぬ、運命の夜だ。


 だが、タカノトモミとして過ごした三ヶ月間の記憶は残っている。


 書きためた小説はどうなった?

 消えてしまったか?


 スマホは俺の物だから確認できない。

 今は、まあ、いいか。



 タカノトモミの身体で自動追体験した時と同じように、俺の足は。

 

 ふらふらとトモミのマンションの裏路地の方へと向かって行った。



 思考は正常だ。


 俺は知っている。

 マンションの上からJKが落ちてくると。


 死ぬとわかっている筈なのに。

 俺の足は歩みを止めない。


 そのままゆっくり、ふらふらと、薄暗い裏路地に入っていく。


 あの場所に来た。

 間違いなく、ここだ。


 あと数歩で、これまでの人生で体験した事のない衝撃が俺を襲う筈だ。



 だが。



 あれ?


 落ちてこない。

 俺はマンションの下を、運命の場所を素通りした。


 その場所を三歩ほど通りすぎて………


 俺は、ふと我に返った。



 あれ? ナニが落ちてくるんだ?

 運命の場所って、何のコトだ?



 たまたま迷い混んだ裏路地じゃないか。

 小説の事ばかり考えててアタマがイカれたか?


 何気なく夜空を見上げると。


 うっすらとだが星が見える。


 ぼんやりしてる内に知らない道に迷い混むなんて、小説のネタになりそうだ。


 たまにはこんな夜があってもいいかな。


 俺は薄暗い裏路地を後にして、アパートへ向かった。

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